情報整理2

「まずは死亡推定時刻だが、死んでからずっと熱いシャワーを浴びていたために、正確な時間はわからないらしい。最低でも三時間以上は経っているらしいが」


 ボードに書き込みながらクーリスが続ける。


「現場はシャワールルームで間違いないだろう。部屋の中には血痕などのそれらしい痕跡は無かったし、部屋の外ではないと考えられる。死体を持ったまま出入りの機会をうかがうことになるし、そんな危険をおかしてまでシャワールームまで運ぶ利点が無い」


 ジョーも頭の中で、殺害現場が部屋の外の場合のシミュレーションをしてみたが、反論は無いようだ。


「奇しくも、メキサラと同じ部分に外傷をつけた凶器だが、背中の傷はナイフのようなものを三本、鉤爪の形に並べたものだろう。生物的な爪や角にしては、厚みが均一だった。首を切ったものはまた別の刃物で、そうとう良い切れ味のものだそうだ」


 ん? とジョーが疑問を挟む。


「誰がエースの死亡鑑定をやったんだ?」

「ここには定期的に死体が集まるからな、解剖を研究しているやつもいるんだ。詳細は伏せて、調べてもらった」


 ゾンビが死体検分するとかシュールだな。


「お、そういえば、ここにネクロマンシーを使えるヤツは他にいねーのか? メキサラでもエースでも、喚び出せば直接聞けんじゃね?」

「残念だが、死人造りはメキサラが一人でやっていたようだ。ここまでやっていても、まだまだ研究段階なのだろう。安全装置の意味もかねていたようだ」


 感染でゾンビが増えるのも問題だけど、頭のいいゾンビが計画的にゾンビをつくるようになったら、それはそれで大変そうだ。


「チッ、シケてやがんなあ。次はなんだ? 目撃者か?」


 クーリスがジョーの様子をうかがうように見た。


「なんだよ、さっきからチラチラこっち見んじゃねーよ」


 クーリスは、軽く肩をすくめて資料を見直す。


「一番重要な情報は、部屋の前にいた付き人の証言……になるはずだったんだが」


 クーリスが厳しい顔をする。眉間にシワがよる。


「全然アテにならんとか、何やってんだよ」


 ジョーが愚痴りたくなるのもしょうがない。付き人の彼は、しょっちゅう持ち場を離れていたのだ。


 元々の指示自体が、客人の要望がある時だけ対応すればいい、程度のものだったので、深夜は自分の勉強を自由にしていて良いことになっていたらしい。実際に、昨夜の十一時頃にお茶の替えを用意した程度で、その後は日付が変わるまで何もなかったので、寝てしまったのだろうと思ったそうだ。そうなると朝まで何もせずに待機するのも暇なので、自分の勉強をしていたわけだが、資料が必要になったり道具が必要になったりすると席を離れる、ということが何度もあったようだ。

 ちなみに彼は、児童保育の勉強をしているらしい。その知識を活かせるのはいつの日か。


「なんのためにいるんだよ! ゾンビなら微動だにせず見張っとけよ!」

「結局、様子さえ伺っていれば、誰にでも犯行は可能だったってことだ」


 見張りもなく、鍵もかかっていない。犯人が寝ている時間を狙って入ったとき、被害者がシャワーを使っていたのは偶然か。なんにしても、こっそり入ってこっそり殺してこっそり出て行くことは、誰にでも出来た。


 そのとき、突然二人の後ろから声が聞こえた。


「それってさあ、その見張り役が犯人なんじゃない?」

「うわ!?」

「コンちゃん!?」


 それは、『神出鬼没』で現れた魔法少女クォンだった。


「だって、その人ならいつでも部屋に入り放題だし、場所を離れても疑われないなら、メッキーを襲いに行っても問題ないでしょ」

「確かに、状況だけでみれば……」

「スルドイ! さっすがコンちゃん!」


 ジョーは手放しでクォンを褒め称える。


「しかし、そいつがメキサラをなぜ裏切る? メキサラも、身内に敵の侵入をゆるすようなヘマはしないだろう。それより、何をしに来た?」

「オイコラテメー、口のきき方に気をつけろ。オレ様の助けになるために決まってんだろ」


 唐突にクーリスにからむジョー。クォンのことになると、本当に見境が無い。


「できればそうしたかったんだけどねー。ほら、アタシあんまり長居できないからさ、エース様に相談して、伝令役を仰せつかったわけさ」


 そう言って、取り出した手紙をクーリスに渡す。


「アインヘルのかなり近くまで迫ってるみたいでさ、限定発動型広域結界魔式クレイモアの中に入ったから、警戒するにこしたことはないってさ」


 限定発動型広域結界魔式クレイモアとは、町一つを覆うほどの大きな結界で、一度だけその中の任意の場所で、爆発などの攻撃魔法を発動させることが出来る罠タイプの結界だ。扱い方に注意は必要だが、時間をかけられるぶん、威力の高い魔法を仕込むことが可能だ。直撃すれば、たとえエースでもただではすまない。ただし、探査系の魔法と相性が悪く、敵の位置を知るには他の方法が必要なのが玉にキズで、今はそれに助けられているともいえる。


 手紙には、『盗聴されない手段に使う』とあり、五人分のエースのサインが書いてあった。意味あるのかこれ?


「そんなことより、犯人探し、続けようよ。エース様に害なす犯人を」


 クォンはいつも通りの笑顔をしている。が、その瞳の奥には深淵を覗く闇があった。それに気付いた二人の背中に鳥肌がたつ。


「これかな~?」


 クォンが、まとめられた資料の一つを手に取る。ジョーがハッとするが、クォンの手を止められなかった。


「なになに? 『やたら挙動不審な、赤髪の男を見かけました』『普段見ない、目つきの悪い男がいた。関係者以外立ち入り禁止の区域に堂々と入って行った』『何も無い壁を叩きながら横移動する怪しい赤い髪の男がいました』『天井の、配線用のスペースに上半身を突っ込んで何かしている奴がいた』」


 その後も、不審な行動をする目つきの悪い赤髪の男が各所で目撃されていた。


「これはアレかな? 全部ジョーちゃんかな?」

「完全にお前だな」

「まてまて! オレ様じゃねーぞ! いや、それはオレ様なんだが、やってねーからな!」

「言いたいことは、それだけなの?」


 クォンが深淵を宿した目でジョーを見た。ジョーは、恐怖からか声が出せず、必死に両手を振って否定する。

 クーリスが間に入って止める。


「まあまあ、ジョーが犯人なら、犯罪者の心理と矛盾する。《勇者》と《英雄》を暗殺するつもりなら、もっと疑われないように自然に振る舞うだろう」

「それもそうか。じゃあクーちゃんは、誰が犯人だと思うの?」


 クーリスはしばらく考え込んでから答えた。


「今回の実行犯は、城に侵入したアインヘルの手下だろう。だが、アインヘルへ情報を流している者は他にいると考えている」

「それは誰? エース様をつけ狙い、陥れようとする狼藉者は」


 クーリスは、シャワールームを見て言う。


「キリだ」


 その言葉に、ジョーとクォンが顔を見合わせる。

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