疑惑疑心疑念

情報整理

 ここは次元の交差点。

 世界と世界の狭間の吹き溜まり。様々な異世界が重なる場所である。


 ある時、ここに《勇者》と呼ばれる程に優れた者が現れた。


 一説によると、その能力の源には《特異点》が大きく関わっているという。


 《特異点》とは、この天地球においても稀な現象であり、異次元、異世界などとはそもそもの性質の異なる、《高次元》による干渉の影響によるものだと言われている。


 今回の特異点は、幸か不幸か、その顕現が弱き存在である人間に対して現れたのだ。


 そのため、複数の次元において、《同一人物》が存在するという程度の現象しか起こらなかった。


 しかも、元はお互いがお互いを認識しておらず、本人達も天地球に集結して初めてその存在を知ったほどだった。同一人物でありながら別々の個人である彼らは、他の自分に何かしらの問題が起こっても、超感覚でそれを察したりすることはない。仮に異世界の誰かが、もしくは本人以外の全ての自分が死んでしまっても、肉体的にも精神的にも影響を受けることなく、なにも気付かないまま普通に生活しているだろう。それは天地球でお互いを認識している現状でも同じことだ。当然、知り合い、もしくは家族が亡くなってしまった時のような悲しみにくれることはあっても、それだけの話である。


 それだけの、別々の個人の同一人物である。


 それでも天地球に集結した、一人であり十三人である彼らは、被害は出しつつも『大災厄』を解決するほどには優秀であった。


 そんな《勇者》が、いまや世界の敵と疑われ、そして命まで狙われている。奪われている。


 世知辛い世の中である。



時は夕刻、キリの部屋に二人の青年と一人の少女がうつむいて座っていた。


青年の一人はソファに、片足の膝を抱えるようにして。

もう一人は床で体育座りを崩したような、気怠げな姿勢だ。


少女はなぜか完全武装の戦闘態勢で、部屋の隅に正座を崩した女の子座りで座っていた。

青年は二人とも顔に影を落とし、そのアンニュイな表情はどこかしら色気を醸している。

戦友を亡くした悲しみからか。


事件を解決出来ない己の不甲斐なさからか。


この日の朝行われた、ジョーとクーリスによる疑惑の二人への尋問は、結果的には確定的な証拠は得られなかった。

 手っ取り早く、専門技術を使ってもらうことで確認しようとしたが、簡単なものならともかく、勇者専用レベルまでとなると城内では危険すぎて使用は無理だった。かといって、城外に出て試すとなると、万が一犯人だった場合、即座に逃亡される危険性があるため、そこまで追い詰めるのも逆に危険だった。つまり、頑張って自分の専門以外の技術を練習した別人、の可能性が捨てきれない。

 不意打ちで、それぞれを抱え上げることで、見た目通り一人ずつしかいないことがわかったくらいだ。


 そして次に、ここにいないエース達に連絡をとってみたものの、こちらもうまくいかなかった。エース同士であれば情報さえ伝われば問題ないため、音声のみの通信機だったのだが、どいつも同じ声なために聞き分けがつかないのだ。


通信機の先にいるのは《剣士》《武闘仙》《サイボーグ》《超科学》《魔法師》の五人だと言ってはいたが、実際はたった一人で五人分の受け答えをしていたとしても確認のしようがなかった。


 とりあえず、同時に五つの音階でハモらせてみたり、輪唱をさせてみたりはしてみたが、なんとかすれば出来ないこともないかもしれない、かもしれない。


 結局、具体的な確証を得られぬまま、午前の時間を使ってしまった。


 執事風の男が用意した簡単な昼食をとり、午後からは城内の情報収集を行った。

 詳細を伏せたアンケートのようなもので、普通であればこんな胡散臭いことに協力は得られなかっただろうが、ここでは比較的よくあることらしく、むしろ積極的に参加してくれる人……死人が多数だった。


 その結果をまとめ終わったのが、つい一時間ほど前。


 ただ、この時には、昨夜一睡もしていないジョーとクーリスは、疲労困憊、体力の限界であった。


 そこで登場したのが、メキサラ特製の覚醒ドリンク。


 これを飲めば、体力全快、眠気スッキリ、さらにもう一晩でも完徹できるほどの優れもの。


 ただし副作用が一つ。


 一時間ほど、超ハイテンションになってしまうのだ。


 ジョーとクーリスがはっちゃけまくって騒いでいる間、キリの付き人になっていたあの女性は早々に部屋の外に退避。完全武装のキリが部屋の隅でガクブルしていた状況を鑑みれば、その程がうかがえるだろう。


 ボケやツッコミ、寸劇からダンスをおりまぜ、一瞬も止まることなくはしゃぎ続け、普段見られないくらい楽しげな二人の様子は、今回の事件とは全く関係ないので、割愛させていただく。


 いや~残念。


 その二人は、薬の副作用の切れた途端に、ソファや床に座り込んで、顔に影を落としながら自己嫌悪に陥っている。←いまここ。



 二人が動かなくなって十分もしたころ、部屋の隅の人影が動いた。


 キリは、恐る恐る二人に近づくと、小さな声で告げた。


「お風呂、入るね」


 それだけ言うと、シャワールームへ向かう。そして入り口の前で立ち止まると、念じて鎧を解除した。鎧はシャワールームの扉の脇で自動的に組み上がり、あたかも最初からそこにあった風呂場の門番かのように収まった。キリは、二人を気にするようにしながらシャワールームに入り、ゆっくり扉を閉じた。


「こんな時に、よく風呂なんか入れるよな。エースのことがあった後だぜ?」

「気持ちを落ち着かせるために、普段の行動をトレースするのは効果的だ。それに、なんだかんだ言っても女の子だ。風呂に入らないわけにも……」


 ガチャっと、シャワールームの扉が少し開いた。


 その隙間の向こうから、キリが覗いている。

 ソファと床から動いていない二人を見ると、改めて扉を閉じた。


 クーリスがセリフを続ける。


「逆に、私達がいることで犯人が近づけない、安全という判断も……」


 ガチャっと、またも扉が開いて、キリが覗き、二人を確認している。


「テメーみたいなちんちくりんをのぞかねーよ! おとなしく入っとけ!」

「ちんちく……?」


 キリは呟いてジョーをにらむと、ことさらゆっくりと扉を閉じた。


 ふぅ、とため息をつくジョー。


 しばらくすると、シャワーを使う音がかすかに聞こえてきた。


「とりあえず情報をまとめよーぜ。あの一時間を無駄にしたくない」

「ああ、あぁそうだな」


 今まさに刻まれた新たなる黒歴史から立ち直り、クーリスがジョーの方を向く。


「まずは、メキサラだ。あいつの事件から確認しよう」


 アンケート結果の資料を見ながら、クーリスは用意してもらったホワイトボードにペンをはしらせる。

 多くの情報の中から有効なものを抜き出し、深夜の状況の輪郭を見極める。

 確実となったものから書き出していく。

 ジョーも資料に目を通す。


「まずは犯行時刻からだ。専門知識が無いため、死体の状況からは死後どれくらい経っていたのかは判断出来なかった。最後に生存を確認したのがほぼ零時。そして夜明け、大体六時少し前に事件が発覚。その間の六時間ほどが犯行推定時刻だ」

「広いな。目撃情報は……?」


 ジョーがページを捲りながら、うなるように呟く。


「直接部屋の出入りを見たものは無しか。部屋の鍵は元々開いてたわけだし、誰でも自由に出入り出来たわけだ」

「出入りするだけならな。実際にはあのメキサラを起こさず、一瞬にして息の根を止めるだけの技量を持つ者である必要はある」

「そりゃそうだけどよ、技でも術でも薬でも、使いようによっちゃあなんとでもなんだろ」


「次に凶器だが、あの槍は外部から持ち込まれた物だと考えられる。首を切った物は発見されていないが、技や術であれば、物体として存在しない可能性はある」

「少なくとも槍に関しては誰かが見ていてもおかしくねーわけだが、そっちも具体的な目撃情報は無しか」

「手に持っていれば気づかれないはずはないからな。見えなくしたか隠したか、巧妙に隠蔽していたのだろう」

「つまりアレだな、『深夜に自由に行動できて、槍を隠し持っていた人物』が犯人なわけだ。逆に誰にでもできるんじゃねーかコレ」


 クーリスがジョーを見ながら言う。


「槍をどう隠していたかが問題だな」


 ジョーが、書き出したものと資料をもう一度確認してから、次の資料を手に取る。


「次はエース殺しだ」


 クーリスも思考を切り替える。

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