まさかの二人目

 しばらく進むと、扉をドンドンと叩く人が見えてきた。


 「お客様!」と声をかけながら扉を叩くその男は、『次元士』エース担当の付き人だろう。早足で近づく三人に気づき、男がそちらを向く。

 執事風の男が声をかける。


「どうしましたか?」

「それが、全然返事がなくて」

「鍵は?」

「開いてると思います。呼ばれればすぐに入れるようにしていましたから。ただ、勝手に入ることは禁止されていたので、今の中の状況はわかりません」

「そうですか。では、あとは我々で対処しますので、本来のお仕事に戻ってください」


 男は、三人に軽く会釈をすると、背を向けて去っていく。


「ああ、後でお話は聞かせていただくと思いますので、そのときはまたご協力願います」


 執事風の男の言葉に、一度振り返って頷いた。その後、男の姿が見えなくなるのを待って、執事風の男が扉を観察する。


 造りのしっかりした木の扉だ。これといって大きな傷は無い。鍵穴、蝶番も調べるが、不自然な傷や細工の跡も無い。


 ノブを回して引くと、あっさりと開く。


 ジョーが突然、開いた扉の隙間に手をかけると、一気に引いた。

 さっさと中に入るジョー。執事風の男とクーリスは、何者かの襲撃を警戒したが、特に何も起こらなかった。


 ジョーが部屋の中を見回す。一見、他の部屋と同じごく普通の寝室に見える。テーブルにはお茶を飲んだあとのカップ。少し引かれた椅子。ベッドの布団も多少乱れているが、上に座ったか寝ころんだか、その程度のものだ。争った様子は無い。


 ふと、なにか物音に気付く。


 水の音。シャワーだろうか。


 ジョーがシャワールームへ向かおうとすると、入り口の扉を閉じたクーリスが声をかける。


「まて、まずは誰かいないか、部屋の中と窓を確認する。後ろから襲われても逃げられても困るからな」


 ジョーがシャワールームを警戒するなか、クーリスと執事風の男が手早く部屋をチェックする。


窓は鍵がかかっている。

トイレもクローゼットも無人だ。

ベッドの下など、他に身を隠せそうなところを探っていくが、誰もいないし罠も無い。


 結果、一目見て怪しいところはなにもなかった。


 改めてジョー、クーリス、執事風の男の三人が、シャワールームへと向かう。

 扉の前に立つと、中からシャワーの音が聞こえる。一定の音量で、乱れもない。

 執事風の男が、ノックし、声をかける。


「エース様、大丈夫でしょうか。なにかございましたか?」


 しかし、返答は無い。


「どけ」


 ジョーが男を押しのけ、扉を開ける。


 まずは脱衣所。洗面台があり、エースの服がカゴに入れられている。

 横手の半透明の扉、その向こうがシャワールームだ。


 ジョーが脱衣所をざっと見回して異常の無いことを確認すると、そのまま半透明の扉を押し開ける。


「くっ……」

「これは……」


 三人が中を確認すると、そこには、首を切り離された、男の死体があった。


 シャワールームの中に小さめの湯船があるが湯は入っていない。他にはシャワーと体を洗うための道具があるだけだ。


 死体はうつぶせに倒れ、背中の真ん中、心臓の辺りに三つ並んだ傷口がある。鉤爪のような武器で刺せば、こんな風になるだろうか。


 その脇に頭部が転がっている。


 首の切り口はきれいで、鋭利な刃物で一撃で斬られたようだ。


 死体にはシャワーが当たっていて、そのためかあまり血は散っていない。


 クーリスがゆっくりと中に入り、シャワーを止める。


 そして、落ちている頭部を優しく拾い上げた。


「エース……」


 それはエースの顔だった。


 シャワーを浴びてリラックスしているところを襲われたためか、驚愕の形に口と目を開いていた。

 クーリスはその重さを確認し、目と口を閉じさせて倒れた体の頭の位置に繋げるように置いた。


「一人分だな」


 死んでさえもピッタリと重なっているとは考えづらいが、もし二人以上のエースが重なった死体の場合、重さはその分重くなる。


 三人は、シャワールームから部屋へ戻った。


「まさかとは思ったが、一体どーなってやがる」

「メキサラだけでなく、エースまでも……」

「誰だ? 誰がやった!」

「落ち着けジョー。考えをまとめる」


 ジョーがクーリスにつかみかかる。


「落ち着けだあ? 一晩に勇者と英雄の二人もだぞ! そんな手際と行動力のあるヤツがうろついてんのに、ノンキにしてられっか! 油断していたとはいえ、メキサラとエースだ。簡単にやられるとは思えねー。犯人も、勇者や英雄並の実力を持っているヤツだ」

「そんな奴がそこら中にいると思うか?」


 ジョーが一瞬思案する。


「それだ。ここにいる実力者で、オレ様でもテメーでもなければ誰だ?」

「……エースの中に裏切り者が?」

「それなら実力的な問題はクリアだ」


 ジョーはもっとよく考えるため、ベッドに座って片手で髪をかき乱す。


「だがあの凶器。使えるとしたら《剣士》か《魔獣人》か。《魔獣人》はまだオレ様んチにいるから、あとは《剣士》だろうけど、ここにいねー」

「いや、そうとも限らん。私達は、ここにいるエースを完全には確認していない」

「あの二人が嘘ついてるってのか」

「二人なのか一人だけか。だがそれが一番ありそうだって話さ」


 ジョーが立ち上がり、扉へ向かう。


「戻ろう。アイツらと、ここにいない他のエースへも連絡をとらせて、確かめる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る