最初の殺人
執事風の男が早足で歩く。その後ろにクーリスとジョーが続く。
まだ寝ていたキリは無理に起こさず、メイドの女性に面倒を見てもらっている。
三人は、歩きながら話していた。
「本当に死んでんのか? ヴァンパイアだぜ、死んでるようで生きてんじゃねーのか?」
「さすがに、あの状態で生きているとは思えません」
「確認はしてねーのかよ」
「それは……とにかく、実際に見ていただいた方が早いと思います」
「殺されたと言っていたが、それは確かなのか?」
「凶器が片方しか残されていませんでしたので、犯人がいるはずなのです」
「片方? 死因となる傷が二つ以上あるのか?」
「はい、多分……いえ、もうすぐ着きますので、ご覧になって判断していただければ」
ジョーの言っていたとおり、城内はやたらと入り組んでいて、初見では迷子必至。
それを一切迷うことなく執事風の男は進む。
ヴァンパイアの寝所といえば、地下の薄暗い墓地か死体置き場にある棺桶、というのが期待されるところだが、実際には普通に城の上の方にあるようだ。
しばらく進むと、大きな扉の前に立つ人影が二つ。
「エース! お前達も話は聞いたか」
「いや、とにかく大変なことになったらしいから、すぐに来てくれって連れてこられただけで。いったい何があった?」
「鍵も掛かってて入れもしないし」
部屋には入らず待っていた彼らは、執事風の男に扉の前をゆずる。
「普段は鍵を掛けていないのですが、今は現場を保存するために、鍵を掛けさせていただきました。すぐに開けます」
男は、鍵束から鍵を探している。その間にクーリスが二人に状況を説明する。
ジョーは、鍵を探す男に声をかけた。
「てめーは、なんで寝室に入った? しかもこんな時間に」
「本日はお客様がいるため、夜明けには起こすようおおせつかっていたのです。しかし、いくらお呼びしても返事がなく、仕方なく入って起床をうながそうとしたのでございます」
やっと見つけた鍵で、カチリと錠を外す。
扉が開かれる。
「中はご覧の通りでございます。物には一切触ってはおりません。わたくしはすぐに人を呼び、エース様達を呼びに手配すると共に、わたくし自身はキリ様の部屋へ急いだのでございます」
部屋の中は、基本的には、広い広い寝室だった。入って左側の壁よりに大きなベッドがあり、他の壁際にはキリのいた部屋と同じように、トイレ、シャワールームへの扉や、お茶がしまわれた食器棚やテーブル、ソファなどがある。
しかし、唯一、キリの部屋とは決定的な差があった。
ベッド自体が、大きな檻で囲まれているのだ。いや、四角い檻の中にベッドがあるというのが正しいのか。床と天井は、縦横七、八メートルはある鉄板でできており、それを三メートルほど高さの鉄格子が支えている。格子の隙間は、腕がなんとか通る程度。例え小さな子供でも、通り抜けることは出来ないだろう。
「これは、どうなってやがんだ?」
ジョーが檻を握って揺すってみるが、ビクともしない。
中のベッドを見てみる。
シーツや布団はほとんど乱れておらず、人が寝ていればお腹のあたりで掛け布団が折られている。
その上半身の位置に、斜めに槍が突き刺さっていた。そしてその周りには、なにやら黒い屑のような物が散らばっている。最初はそれがなんなのか、なにを現しているのかわからなかった。はじめに気付いたのはクーリスだった。
「これは、死体か? ボロボロに腐食した骸骨、のようだな」
「まさかこれが、ヴァンパイアの……メキサラの死体なのか?」
ジョーがうなるように呟き、執事風の男を振り返る。
執事風の男は首を横に振り、残った同じ顔の二人に視線で問いかける。
「わからん、ヴァンパイアの死体は残念ながら見たことが無い。が、状況的にそうとしか考えられないな」
二人のうちの片方が応え、もう片方が続ける。
「そう考えると、あの槍はちょうど心臓の位置に刺さっているな。それが死因か?」
「いや……」
クーリスが檻の反対側に回りこんでいた。
「首の辺りを見ろ。わずかだが隙間が開いている。枕にも切れ目がある。首も、切り離されていたようだ。首を切り離して心臓を杭で貫く。教科書に書いてある吸血鬼の滅ぼし方だな」
クーリスが槍に手を伸ばすが、届かない。
と、ジョーが錬金術で鞭のようなものを作り、槍に絡めて引き抜いた。
そのわずかな衝撃で死体が、数年かけてカラカラのミイラにしたあと、丹念に丹念に焼いたようなボロボロの死体が、さらに崩れた。
槍は、携帯性を増すための、柄が伸び縮みするギミックがあるが、穂先は特別大きな物ではない。
「この槍で、あんな感じに首を切るのは無理だな。これの他に凶器があるはず、それがここには無い、さっきの話はそういうことか?」
ジョーが執事風の男にたずねると、男は頷いた。
「この槍に見覚えは?」
「いえ、初めて見ます。城内にあった物ではないと思います。少なくとも、使おうと思ってすぐに取り出せるところにはありませんでした」
「それよりも、中に入って調べんことには、話が進まねーだろ」
ジョーが、檻の入り口を見つけて開けようとするが、押しても引いても開かない。
「おいそこの、早くコイツを開けろや」
声をかけられた執事風の男は、首を横に振った。
「わたくしはこの檻の鍵を持っていません」
「あ? さっきの鍵束の中にあるんじゃねーのかよ」
「ありません。それ以前に、この檻に鍵は掛かっていないのです」
ジョーが男に詰め寄る。
「ふざけてンのかテメー。実際開かねーじゃねーか」
「説明いたします」
執事風の男は、目の前のジョーに臆することなく姿勢を正して話し始める。
「この檻はメキサラ様の作品で、ある理論によって作られた、メキサラ様にとっては最高傑作なのです。作品名は『完全に不完全な檻』」
男は檻の棒を握って力を込めてみせる。
「この檻は、なにがあっても動きませんし、壊れません。なぜなら、メキサラ様が一時期趣味で研究していた『次元設定の定理』によって、空間に固定されているからです」
ジョーは突然、剣を作り出して檻を斬りつけるが、傷一つつかない。
クーリスは握った手応えから、状況を確認する。
「確かに、空間に固定するよう設定してあるようだ」
「しかし残念なことに、メキサラ様はこの檻を設定したあと、『次元設定の定理』をつかうことを止めてしまわれたのです」
「それではこの檻が開けられないのでは? 閉じたままで開かないのでは、用をなさないだろう」
「まさにその通りです。見てのとおり、この檻の中に入ることが出来るのは、ヴァンパイアのように肉体を霧化でもして隙間を抜ける必要があります。しかし中に入れる者は、自由に出ることも出来ます。出られない者はそもそも入れることが出来ません。つまり、完全に不完全なのです。不良品です」
クーリスは、納得出来ない顔で男を見ている。
「なぜそんな物を作った?」
「これが、メキサラ様の技量の限界だったからです」
「つまり?」
「メキサラ様は『次元設定の定理』への適性が低く、下手だったということです。それ以来、次元に関する研究はスッパリ諦めたと聞きます。ただ、せっかく作った物を利用しないのももったいないということで、棺桶の代わりに寝床に使うことにしたと聞いておりました」
「そんなのどーでもいーから。クーリス、お前なら開けられんじゃねーのか?」
ジョーがイラついた様子で檻を蹴っている。
「『
「専門家ったって……あ」
ジョーとクーリスが、残った二人を振りかえる。
二人は、互いに顔を見合わせて眉をひそめる。
「俺は『精霊使い』」
「俺は『付与魔術師』だから」
「えぇ? カンジンのヤツはどこいったよ」
「そういえば遅いですね。さすがにこんなに遅くなることは……」
そのとき、ココココンと、焦った感じに扉がノックされた。
執事風の男が、扉を小さく開けて、スルリと外へ出る。扉の隙間から、かすかに会話が聞こえる。
……のお客様の返事が全然なくて……どうしたものかと……では……で対応しま……ました、ご自分のお仕事に戻っ……。
会話を終えた執事風の男が、部屋に戻って扉を閉じる。
「もう一人のエース様になにかあったようです。様子を見て参ります」
『精霊使い』と『付与魔術師』が、檻の中のベッドを振り返る。
「まさか、『次元士』になにか……」
二人は顔を見合わせる。
「俺も行こう」
「いや、俺が行く。付与魔術でここに人を近づけさせないようにしてくれ」
「待て」
ジョーがさえぎる。何か考えているのか、一拍おいてから続ける。
「オレ様とコイツで行く」
ジョーが、クーリスの肩を叩いた。
「万が一を考えれば、直接見るのはショックがデカいだろう。お前らはここをもっと調べといてくれ」
ジョーが有無を言わさぬ勢いで、クーリスの腕を引いて、すでに扉の外にいる執事風の男の後を追う。
早足で進む執事風の男に、なんだか怖い顔のジョーと、多少戸惑った感じのクーリスが続く。
「ジョー、どうした? なにが気に入らない?」
「わからん。なんとなくイラつくんだ。オレ様の頭が悪いせいか? どこか、なにかがズレてる感じがする」
「私も同じだ。話が急すぎて、まだ考えがまとまっていない」
「そうじゃねー。もっと根元の部分で、可能性に気づいていないような……」
そこまで言って、ジョーはしばらく黙ってしまった。
クーリスは、考え込むジョーを追い越し、執事風の男に小声でたずねる。
「メキサラのことは、まだ他の者には話していないようだな。大丈夫なのか?」
「今回の、エース様に関する計画を聞いた時に、もしもの場合についても指示を預かっているのです。仮に我が主の身に何かあっても、計画は続けて裏切り者を見つけるようにと。でなければ、主は無駄死にになってしまうと」
「しかし、このあと情報を集めようと思えば、城の者に不信に思われるだろう?」
「それは大丈夫でしょう。ここでは様々な研究が日夜行われています。アンケートの一環だと言えば、大抵のことは疑われません」
雑だなおい。まあそれだけ、メキサラへの信頼と存在が大きいってことなのだろう。
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