そして事件は動きだす

犯人は夜動く

「マジで、子守かよ……」


 ジョーが上質なクッションのソファに座り、天井を仰ぎながら不満の声をあげる。


 ここはメキサラの城の一室。キリに用意された寝室である。

 もともと来客用に作られた部屋は広く、調度品もかなり凝ったものがそろえてある。部屋にはシャワーとトイレもついていて、食べ物さえあればこの部屋だけで暮らしていけそうなくらい快適だ。


 部屋の中には、四人の人がいる。ベッドに寝ているキリ、ジョーとクーリス、そしてキリ担当の付き人のメイドの女性である。


 キリの寝ているベッドが部屋の奥にあり、部屋を半分に区切るようにテーブルやイス、箒や花瓶などが並べられている。ここからこっちに入ってこないよう、領土を主張しているようだ。その領土の真ん中に、脱いだ鎧がまるでガーディアンのように置かれていた。そのたたずまいは堂々としていて、まるで星座モチーフのいやなんでもない。


「このまま朝まで大人しくしてろってか? やってられんぜ」

「声が大きい。キリが起きるとまた面倒だぞ」


 壁に背をあずけたクーリスがたしなめる。彼も鎧を脱いで身軽な服装になっているいる。その鎧は部屋のすみにきれいに並べて置かれていた。


「やめだやめだ、後はお前に任せるわ」

 言いながら部屋から出ようとするジョー。

「どこに行く気だ?」

「適当に城ん中散歩してくる」

「あ、でしたら、誰か案内の者を呼びましょうか?」

 メイドが声をかけるが、

「勝手にやらせてもらうわ」


 後ろ向きに手を振りながら、あっさりと部屋を出ていった。

 所在のなくなったメイドに、クーリスが話しかけた。


「すまないが、何か飲み物を頼めるか?」

 メイドは微笑んで頷いた。

「温かいお茶を煎れますね。少々お待ちください」


 クーリスは、座る者のいなくなったソファに腰を下ろした。

 メイドは棚からカップと紅茶を取り出すと、ポットのお湯を注いで手早く煎れ、砂糖とミルクを添えてクーリスの前のテーブルへと運んだ。

 クーリスはそのまま一口飲むと、静かに驚いた。


「良いお茶を、そろえているのだな」

「お館様の趣向で、まずは形だけでも整えるところから始めようと。見た目や物で心を掴めるなら安いものだとおっしゃってました」


 なるほどそういうものかと、メキサラの思惑にはめられそうになっていたクーリスは、素直に頷く。


「奴も相変わらずのようだな。そうだ、少し話を聞いてもいいか?」

「はい、私でわかることなら」


 気さくな感じに会話するクーリスに、メイドも緊張を解く。

 クーリスは、メイドの女性を、少し失礼なくらい見つめて言う。


「君も、死人なのか?」

「はい。そうですよ」


 あっさりと認めるメイド。


「綺麗なものだな。あ、いや、そういう意味ではなくてだな……いや、そういう意味なのか?」


 ふふっと微笑むメイド。クーリスは続ける。


「ここでの暮らしはどうだ? メキサラのわがままは相変わらずか?」

「お館様は、とてもよくしてくださっています。みんな、第二の人生をはりきって活動していますよ」

「そこだ。君達は、つまり、ここで働いている死人達は、いったい何をしているのだ? エースから状況の説明を聞いたときに、メキサラの研究目的も聞いたが、君個人としてはどう思っているのだ?」

「えーと、簡単にいえば、このお城は学校みたいなものなんです」

「学校?」

「はい、ここではみんな、町に出たときに役に立つ知識や技術を身につけるために、色々勉強しているのです」


 クーリスの頭に、可能性がいくつか浮かぶ。が、考えて答えが出せるものでもなく、あっさりと本人にたずねる。


「君達の出自は、どういうものなのだ?」


 気分的なものだろう、メイドの女性は説明のために、少し姿勢を正す。


「魂的には、元々普通に生きて生活していた人間です。ぶっちゃけ幽霊ですね。私自身も、死因は老衰ってくらいは生きていたんですよ」

「それが、どうしてこうなっている?」

「本物の死体だとか、クローン技術で培養した肉体だとかに、お館様の術で憑依してるんですよ。私も、やり残していることがありそうで、成仏していいものかどうか迷っているときに、声をかけていただいたんです」

 クーリスは先をうながす。


「このお城の中で働けるのは、見た目に人間と同じくらいでないといけないんですけど、いくら防腐処理をしても、いずれは肉体が朽ちてきます。そうなると、町へ出て生活することになるのですが、そのときに仕事にあぶれないように、お城にいる間に勉強するんです。生前の知識を生かしてもっと技術を磨く人や、逆に全く新しいことを始める人もいます。私も、生前は田舎で農業を手伝っていたんですけど、昔から都会へあこがれてて、今は電子工学やプログラミングを勉強しているんです。ここの図書室は、専門書がなんでもそろってるんですよ」


 楽しそうに話すメイドに、クーリスは好感をもつ。


「では、ここで働く者達は、みんなそのために?」

「はい。皆さん夢を持っていて、生きる意欲に燃えた死者ばかりですよ」


 『『生命に執着するアンデッド』を、どれだけポジティブに現せるか大会』があったら、上位を狙える表現だな。


「メキサラの研究も、時には人の役に立つのだな」

「お館様には、いくら感謝しても足りません。だから出来るだけ勉強して、お役に立ちたいんです」


 クーリスは、お茶を一口飲む。

 こうやって聞く限りでは、研究理念にやましいことは無いように思える。研究自体がグレーゾーンというか、ダークゾーンであることに目をつむればだが。

 死者の国と聞いて真っ先に警戒するべきは、その軍事力だ。一体一体の戦闘能力はそれほどでもないが、死なない軍団というのは、経費と兵士の精神への負担が大きい。もしもメキサラにそのつもりがあるなら、国の軍事をまとめる者として、最大限の警戒と監視をしなければならないだろう。

 だが、このメイドの様子を見る限りでは、そこまで気にすることは無いのかもしれない。


「そうだ、そう言えば、エースと執事から今の状況を簡単には聞いたが、メキサラ本人にはまだ会っていないな。ジョーが戻ってきたら、アイツに会えるように手配をしてもらうことはできるか? せめて挨拶くらいはしておきたい」


 ついでに探りも入れておきたい。軍事関係もそうだが、今回のこのエースにまつわる事件に対して、どういうアプローチを仕掛けるつもりなのか。打ち合わせは必要だろう。


「えーと……もう夜遅いので……今すぐには無理だと思います」


 先ほどまでの勢いとは反対に、口ごもるメイド。


「どうした? なにか問題が?」

「はい、あの……多分この時間はもうお休みになられていると思いますので」

「なに? 深夜こそヴァンパイアの時間だろう。どういうことだ」


 思わぬ答えに身構えるクーリス。状況に矛盾があるなら、これまでの会話全てを疑う必要が出てくる。細かい違和感を無視するわけにはいかない。


「それがその……お館様の研究が今、ノリにノっているということで……」

「いうことで?」


 メイドは、はぁ、と一息おいてから言う。


「生活が昼夜逆転してしまっているんです」

「昼夜逆……なに?」


 思わず聞き返すクーリス。


「お館様は『死者の王』とか名乗ってますけど、ヴァンパイアは生命活動の根源が普通の生物と違うだけで、死んでいるわけじゃないんです。成長もすれば老化もします。ちゃんとご飯を食べなければ衰弱だってするんです。昼夜逆転なんて不健康な生活してたら、体をこわすことにもなりかねないんです。でも、いくら注意しても全然聞いていただけなくて。明日のお昼くらいには起きてこられると思いますから、クーリス様からも言ってあげてください」


 メイドの勢いに、一瞬あっけにとられたクーリスだったが、すぐに笑いがこみ上げてきた。


「っくっくあっはっは! そうか、そういうヤツだったよアイツは! 見た目と逆に理屈っぽくて、そのくせマイペースで気分屋で、憎めないヤツなんだが扱いづらい、そんなヤツだった、思い出したよ」

「う……ん……」


 寝ているキリが、寝返りを打つ。

 思わず大きな声を出してしまい、クーリスは慌てて口を閉じる。

 キリの寝息が安定すると、クーリスとメイドは顔を見合わせて声を抑えて笑う。


 メキサラに対する意見の一致をみた二人は、そのあとも他愛のない話題で盛り上がった。三年前の大災厄戦の時に、初めてメキサラに会った時のことや、道中の価値観の違いでのメンバー内の軋轢や、嫌いな食べ物を食べないための定番の言い訳や、歩いているときの変な癖など、結構どーでもいいことの方が話がつきない。


 どれくらいたっただろうか、間もなく夜明けも近いかというころ、やっとジョーが戻ってきた。

 すごい不機嫌な様子で、なぜか埃や煤、機械油のようなもので汚れている。まるで天井裏や床下にでも入り込んだみたいだ。


「ジョー、貴様は一体なにをしているのだ?」

「どっかのだれかさんが女を口説いてる間に、この城の構造を把握してきたんだよ」


 クーリスは、セリフ前半の冗談に反論しても建設的ではないと考えて、聞かなかったことにした。


「それで、何か分かったか?」

「わざとかどうか知らねーが、増築改築がひどすぎて、まるで迷路だぞ」

 ジョーは不機嫌さを隠さない。


「それでも行けるとこまで行ってみたが、マップの空白部分が埋まらなくてな。絶対そこに何かあるって区画に、どうしても入れねー。道がつながってねーんだ」


 ジョーの頭の中にはオートマッピング機能でもあるのか、基本バカだけど、記憶力は良いらしい。ていうか、他人の城でどんだけ自由なんだ。


「で、変なことはしてないだろうな?」

「はぁ? ムカつくから、隠し通路が無いかどうか、天井裏や床下を探ってただけだ」


 壁をぶち抜かなかっただけましだと思え、と言わんばかりの態度だ。ていうか、汚れた理由はまんまかい。


「そこは多分、お館様のプライベートエリアだと思います」

 メイドの女性が言う。


「『研究内容がコレじゃけぇ、危険や秘密がぎょうさんあるけぇのぉ』とおっしゃってました」

「そりゃまぁそーだろーけどよ、ムカつくもんはムカつく。メキサラのクセに」

「他には何かあったか?」


 クーリスがうながす。


「一応、エース三人とメキサラの寝室は分かった。全部バラバラの階で、それぞれ意外と離れてる。どういうつもりか知らねーが、結構めんどくせーぜ」

「そこまでよく分かったな」


 それなりに大きなこの城は部屋数も多い。よく特定できたものだ。


「部屋の前にそれぞれ付き人が待機してたからな。聞いたら教えてくれた」


 教えてもらったんかい。

 ジョーはそれだけ言うと、シャワールームへ向かった。


「あ、お着替え用意しましょうか?」


 メイドが声をかける。

 ジョーは服の汚れを確認すると、指を鳴らした。

 するといきなりジョーが炎に包まれた。ひぃっ、と悲鳴をあげるメイド。

 しかしその炎は、ものの数秒で鎮火した。

 ジョーは何事もなかったかのように服をバンバンと叩くと、燃え尽きた汚れが落ち、焦げ臭いにおいが漂う。先ほどの炎が幻ではなかったとわかる。


「いや、まあ大丈夫だろ」


 ジョーは再度服を確認し、メイドに応えた。大きな汚れが目立たなければ、細かいところまではこだわらないようだ。

 耐火素材の服とはいえ、ダイナミックな洗濯だな。

 ジョーはそのままシャワールールに入った。さすがに肌の汚れまで焼き尽くすとはいかないらしい。


「なんていうか、豪快な方ですね」

「ただ粗雑なだけだ。王様になってからさらにわがままになったな」


 メイドの脳裏に単語が浮かぶ。

 わがまま……王様……シャワー……あぁ。


「まさにはだかの」

「オイコラ聞こえてんぞ! 悪口か? 悪口言ってんのか? シャンプー中で命拾いしたな。両手が空いてたら死んでんぞコラ!」


 地獄耳だな。でも内容までよくわかってなくて言ってるっぽい。雰囲気だけでとりあえず威嚇しておくなんて、お前はチンピラか。

 そんなこんなでジョーがシャワーからあがったとき、部屋の扉がノックされた。その慌てた勢いに顔を見合わせる三人。メイドが扉を開ける。


 そこには、白い顔をさらに蒼白にした、あの執事風の男が立っていた。


 クーリスが声をかける。


「なにがあった?」


 執事風の男は、落ち着こうと一度深呼吸して答えた。


「我が主が、殺されています」



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