館の主

 エレベーターから降りて通路を進む。豪華な調度品こそないものの、綺麗に清掃され、城主との会見の雰囲気を演出する、シックなデザインになっている。エースとキリは、生きている人間を探してやろうと意気込んでいたが、ここでは誰とも会わなかった。

そのうち大きな扉の前に立つと、執事風の男がその扉を開けて客人を中へうながす。


 中は、いわゆる謁見の間だった。


 天井の高い大広間に均等に柱がならび、一番奥の一段高くなったところに玉座がある。ただ、なぜか左手側の壁がなく、バルコニーのように直接屋外に続いている。そのためか、床に絨毯のようなものはなく、真ん中だけ色の違う床石が玉座まで続いている。そして、その玉座には、人が座っていた。


 エースとキリは、玉座までまっすぐ進んだ。キリは玉座に座る人物を見ながら、しかしエースはやたらとキョロキョロと周りを見回しながら。行儀が悪いというか、落ち着きがない。

 二人が部屋の真ん中を過ぎた辺りで、玉座の人物が立ち上がった。


「久しぶりじゃのう、エースちゃん」


 名を呼ばれたエースは、しばらくその人物を見て苦笑い。まあ、クォンにならともかく、ムサいおじさんにちゃん付けで呼ばれれば、そうもなるか。でもまあ年の差を考えたら、子供扱いもおかしくはないのか。

 その人物は立ち上がって客人に歩み寄り、キリの前で立ち止まると、手を伸ばしながら話し掛けた。


「はじめまして、君がキリちゃんかな。話は聞いとる。ワシがメキサラじゃあ。因縁のある仲じゃああるけど、ま、仲良くしようやぁ」


 ヴァンパイア訛りの強い言葉に驚いたのか、キリはエースの後ろに隠れる。世界翻訳システムは、訛りを個性として残すことができる優れものなのだ。


 メキサラと名乗ったその男は、二メートルほどある上背にガタイの大きい身体。長いストレートの金髪に同色の立派な口髭。そして赤い瞳。色白の顔は彫りが深く精悍な顔立ちだが、千をこえると聞く歳のためか、結構老けて見える。おじさんとおじいさんの間くらい。あと三十年……いやいや、三百年分も若い姿であれば、吸血相手に困ることはなかったろう。


 彼は所在をなくした手を引っ込めると、エースに向き直った。


「長旅で疲れとるじゃろうけぇ、とりあえず部屋で一休みしてくれ。食事の用意ができたら、使いをやるよ」


 エースはじっと大男を見上げていた。


「状況は、わかってくれてるんだよな?」

「話は聞いとる。安心せぇ、手は打ってある。わかるじゃろ?」


 エースは肩をすくめて頷いた。

 大男は、自分の顎を指でなでながら続ける。


「で、だ。一つ確かめにゃあいけんことがある」

「なんだい?」

「エースよ、今お前さんは何人おるんなら」


 それはつい昨日、ジョーが《獣魔人》エースにたずねたことと同じ内容だった。

 エースは、ある程度予想していたのか、ニヤリと笑って三人に分かれた。


「《次元士》だ」

「《精霊使い》」

「《付与魔術師》、以上だ」

「三人? たったの? 証拠はあるか?」


 《次元士》エースが代表で答える。


「証拠はないな。それぞれの技を見せて、その本人だってことは証せるけど、そこに他の俺達が重なってない証拠にはならないな」

「そしたら、他の奴らはどこ行ったんなら」

「アインヘル退治とか、いろいろ」


 うーん、と顎に手を当てて考え込む大男。


「せめて半分、最低でも四人はおると思っとったけぇな。部屋が余るな……」


 つぶやきながら考えをまとめると、ニカッと笑う。


「まあええわ。とりあえず休めや。すまんけど案内してやってくれぇや」


 セリフの後半は、執事風の男に向けたものだ。


「仰せのままに。では、こちらへどうぞ」


 待機していた男が、キリと三人のエースを広間の出口へとうながした。



 さて、その日の夜。剣山帝国の会議室では、ジョーとクーリス、そして《獣魔人》エースが、今後のことについて話し合っていた。

 他のエース達からの連絡待ちとはいえ、準備できることは色々ある。

 《獣魔人》エースが知っているエース達の共有知識から、アインヘルをおびき出すための罠の大まかな計画。それらのことを三人の意見を交わしながら……え? 前日のあの後、いったいどうなったのかって? いや、別にたいしたことはなかったよ。要点だけになるけど簡単に説明すると、野良猫を拾ったジョーにキジネがキレて、三人とも会議室に閉じ込められて夜を明かし、仲直りしたってわけさ。わけがわからない? でも本当なんだって。信じてプリーズ。


 そんなわけで、話し合いを続けている三人の後ろに突然現れた人影があった。


「みんなおひさー、昨日ぶりだねぇ」

「うわっ、ビビったぁ」

「コンちゃん! また来てくれたんだ! とりあえずこんなものしかないけど、どう?」


 クォンが特殊能力でやってきたのだ。ジョーは小躍りしながらジュースをすすめている。


「ありがとジョーちゃん。んっ…んっ…ぷはぁ」


 クォンはジュースを飲み干し、おかわりを注ごうとするジョーにグラスを返した。


「エース様から急ぎの用事を頼まれたから、急ぐね」

「なんの話だ? どこのエースだ?」


 クーリスが疑問をなげかける。


「えーと……さあ?」


 なぜか首をかしげるクォン。


「で、どんな用事なんだ?」

「キリっちが寂しがるから、すぐに二人を連れてきて欲しいって」


 顔を見合わせる三人。


「コンちゃん、二人ってだれ?」

「だから、クーちゃんとジョーちゃん」


 二人を指差しながら答えるクォン。


「なんで? 俺は? 俺は?」


 エースが自分を指差して聞く。


「他のエース様はいらないって」

「まてまて、最初から説明してくれ。話が突然な上に曖昧すぎる」

「だから、キリっちの一人寝が寂しいから、誰か知り合いが欲しいってこと」


 クォンがザックリしすぎの説明をした。


「それでなんでオレ様とコイツなんだ? キリと一緒のエースはどこいった?」

「なんかねー、タイガイテキに無実を証明するために、バラケないとダメなんだって。キリっちも疑われてるから、ホントは一人がいいんだけど、どうしても一人は無理だってことになっちゃって」


 なんのことだかさっぱりわからないが、このままクォンの話を聞いていても、ラチがあかないことはわかった。


「だからクーちゃん、またゲート環貸してね」



二人が去ったあと、様子を見にきたキジネが、気まずそうに一人たたずむエースを見て色々な予定の変更の手はずをとり始めたのは、このすぐあとのことであった。

 いやまあ、皇帝がいなくなったことを誤魔化すってことだけどね。よくあることなのか、やたら手際がよかったことを追記しておく。


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