死者の国
そんな喜劇が行われていたころ、城壁の内側の町の大通りを、国の奥に向かって歩いている人影があった。
エースと、キリだ。
辺りには普通に家や畑や店があり、通りを歩いている者や、畑仕事をしている人影もあった。
ただ、そのすべてがアンデッドだった。
ゾンビにミイラにスケルトン。状態は様々だが、どう見ても生きているようには見えない。それらが、まるで普通の人間のように生活しているのだ。エースとキリに対しても、珍しそうに眺めてくることこそあれど、襲いかかってきたり、群がってきたり、仲間に引き入れようとしたりすることはなかった。
「ここはアレかな、ホラー系の異世界の国なのかな?」
すれ違ったゾンビのカップルを目で追いながら、キリがたずねる。
「いや、そういう国も天地球にはあるけどな、ここは違うよ」
「エースの仲間がいるんだっけ?」
「前の決戦の時には野暮用を頼んでたからキリは直接会ってないけど、英雄の一人、メキサラが統治してるんだ」
「メキサラ……『死者の王』メキサラ・ジストア……」
「わかりやすく言えば、ヴァンパイアだな。まあ、変わった奴だよ」
「ふぅん……」
キリはわかったようなわからないような、曖昧な返事をする。その顔は兜に隠れてわからない。
その後は特に何もなく、町の向こうの霧に浮かぶ影となった城に向かって進んだ。
まるでラスボスの住まう城に、周りを徘徊する無数の死者。これだけお膳立てがされた、何がおきてもおかしくない状況で、何もなかった。
町の奥まで誘い込まれた二人に、アンデッドが突然襲いかかってくることもなかった。
知らぬ間にゾンビウィルスに感染し、徐々に狂気におかされていくこともなかった。
ゾンビ達が騒いでいるので見に行くと、生きた人間の子供が追いかけられていて、助け出して逃げ回るうちに子供がゾンビウィルスに対して抗体を持つ感染者とわかり、爆発的に広がるゾンビウィルスに対抗するために、子供の命と全世界の人間の命とを天秤にかけられ、運命の決断を迫られる、こともなかった。
何事もなく城に着いた。
堀にかかる跳ね橋を渡り、骸骨騎士の守る城門を抜け、正面の大扉、の脇の通用門の前に立つ二人。エースがノックしようと手を伸ばしたとき、扉の横にある貼り紙とボタンに気付いた。
『御用のある方は こちらのボタンを押してください』
貼り紙にはそうあった。
首をかしげながらエースが押すと、ピンポーンとやたら家庭的な音が響いた。
数秒と待たずして、扉が開かれた。
姿を現したのは、タキシードに身を包んだ、執事風の男だった。黒い髪に白い肌、切れ長の目が印象的な、若い男。
まるで生きている、ように見える。
「何か、ご用ですか?」
「えーと、メキサラに会いに来たんだけど、聞いてない?」
執事風の男は、値踏みするように二人を見る。どうやらメキサラ本人ではないらしい。
「……中へどうぞ」
言って男は城の中へひっこむ。
エースとキリが続いて中に入ると、そこは大広間だった。広間の真ん中に大きな階段があり、壁へ突き当たると左右に分かれて上階へと続いている。広間は二階まで吹き抜けになっていて、二階の通路には扉や奥に続く通路が並んでいるのが見える。
執事風の男は、階段の横の通路へと二人を導いた。
驚くことに、そこには意外とたくさんの人、に見えるものがいた。掃除をするもの、荷物を運ぶもの、悩みながらインテリアの位置をかえているもの。年齢も性別も服装も様々だったが、共通しているのは、生きている人間に見えることだ。
キリは、町中の時よりも興味をひかれたようで、それらの人とすれ違うたびにマジマジと観察している。
執事風の男は通路を進み、少し広くなっている場所で立ち止まった。そこには壁に三つの扉が並んでいた。その扉には取っ手も何もなく、ただ壁に切れ込みがあるだけだ。男は、扉の横にあるボタンを押す。
これはアレだな、エレベーターだな。
しばらく待つと、ポーンという音とともに扉が開いた。執事風の男が先に入り、扉の横に立つ。続いてエースとキリが入ると、男は並んだボタンの一つを押した。階数表示がないのでよくわからないが、上の方のボタンだった。
扉が閉じて、エレベーターが動きだす。
「なんか、外と全然違うね。明かりは電気だし、監視カメラもあるし、エレベーターまで」
キリがエースに話しかけた。よく見てるなこいつ。
「それは、メキサラの趣味のせいだな」
「趣味? 電化住宅が趣味なの?」
「いや、今のあいつの趣味は『ネクロマンシー』、死霊術さ」
「えーと……ん?」
キリの頭の上にハテナマークが浮かぶ。
「ヴァンパイアは長生きでな、数千年単位で生きるらしい。メキサラはまだ若い方だって話だけど、それでも千年は生きてるって。でもそれだと、暇をもてあますらしいんだな。それで、興味を持ったことを趣味にして研究してるんだと。ただそれでも二、三十年もしてれば飽きてきて、別の趣味に乗りかえる。今まで教師、医者、会社経営、芸能人から料理人と、どんな異世界でも共通する技能から、魔法、気功、神術、錬金術に超能力といった、それぞれの異世界の特徴的な技能まで、いろいろ研究したんだってさ。得手不得手はあるみたいだけどな。それで、二十年くらい前から研究してるのが、一番ヴァンパイアっぽい技能の『ネクロマンシー』ってわけだ」
「町のゾンビの人達が、それ?」
「多分な」
「じゃあ、このお城の電化住宅化は?」
「今までの趣味を生かして、住処に快適性を求めた結果だろうな」
そうか、とつぶやくキリ。
「じゃあ、このお城の中の人達は?」
「それは……なんだろな」
エースが執事風の男を見ると、男は顔だけ少し振り向いた。
「そこまでご存知でしたら、お話ししてもかまわないでしょう」
執事風の男が、会話に入ってくる。
「館の主の具体的な研究内容は、『アンデッドによってなる国は、普通の国と共存できるか』なのです」
「マジで? またきわどいことやってんなぁ」
「外のアンデッド達は、一般的な国の人間と同じ生活をすることで、国の生産性や経済活動を担えるかどうかを試しています。作物の栽培や料理もしていますよ。本人達は食べないことが多いですけど」
「いずれは他国と交流も?」
「視野に入れているはずです。そのためにこの城の中では、他国の方を招いた時になるべく警戒をされないようにするため、生きている人間が働いているように見えるように、外見に気を使った状態を作っています」
「じゃああの人達、みんなゾンビさん?」
キリが疑問をはさむ。
「ほとんどはそうです。でも、比較するために生きている人間も実際に働いているんですよ。誰がそうなのかは公表されてはいないですけど」
「メキサラのはったりだったりしてな」
「いえ、生きている人間にしかできない仕事もありますので……」
「そうなの?」
キリが小首をかしげながら聞く。細かく動く鎧だな。
「我が主は、ヴァンパイアですので」
なるほど、とうなずくキリ。
「じゃあ、ヴァンパイアの人も何人かいるの?」
「いえ、ヴァンパイアで済ませてしまっては、研究の意味がないからと、通常のアンデッドだけで構成されています。人間のネクロマンサーの方でも運営できるように、汎用性を持たせたいそうです」
「汎用されたくねーなーそんな国」
エースが素直な本音をもらす。
「ところで……お兄さんは生きてるの? 死んでるの?」
エースの疑問と共に、二人が執事風の男をみつめる。
「わたくしは……」
二人の視線に力がこもる。興味津々すぎだろお前ら。
「ご想像にお任せいたします」
ポーンという音とともに、エレベーターが目的階に到着した。
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