霧の中の死者の国

あいつらの末路

「剣山帝国ではひどい目にあいましたね」

「まさかオシャレなヤンキーみたいな奴が、あんなにツエーとはな。羊頭狗肉とはよく言ったもんだ」

「でもまあオレらが本気出せば一網打尽だったんだが、勘弁してやったんだ。感慨無量に感謝して欲しいね」

「ちげぇねえ、がっはっは」


 微妙に使い方間違った四字熟語を吐きつつ、チンピラ達が歩く。一晩中逃げまわっていたのか、セリフとは逆に疲労困憊の体である。


 ここは、剣山帝国からほど離れた森のなか、霧に霞んで真っ昼間にもかかわらず、薄暗い道が続いている。ただ、いつのころからか左手側に城壁が続いていて、どこかの国沿いの道であることは間違いないようだ。

 突然、ケーケーという鳥の鳴き声が聞こえたり、木々の向こうに何かの影が見えた気もすると、チンピラ達は身をすくめながら歩いていた。


「なんか、やーなふいんきですね。人通りもないし」

「いつの間にか魔境に入ってたりしてな。うわ、いま城壁の上を何かが飛んでったぞ」

「ちょっと冗談やめろや。変な異世界に通じてるとか、洒落じゃすまねーんだから」


 不安をまぎらわせるためか、適当な軽口を言いあいながら進んでいると、前方から何かが近づいて来るのが見えた。

 それは、まるでゆっくりと霧が集まって現れたように見えたが、近づくにつれて人影であることがわかった。


 それは、半袖のセーラー服姿の女の子だった。黒髪ロングに白い肌、華奢な体躯で姿勢良くまっすぐ歩くその姿は、優等生の自信を感じさせる。


 女の子は、チンピラ達に軽く会釈して通りすぎる。


「ちょいちょいちょいおねーちゃん」

「はい?」


 チンピラのリーダー格が声をかける。女の子が振り返ると、黒髪とスカートがふわりとひるがえった。


「道をききたいんだがな、町に行くにはどっちが近いんだ? いくら歩いても門が見えてこねぇ」


 女の子は頬に人差し指を当てて考える。


「そうですね、このまま行っても町はありますけど、けっこう遠いですよ。近いのは、来た方に戻ってもらうと広い街道にでるので、そしたらどっちに行っても町がありますよ。大きいのは、さらに南に行ったところにある剣山帝国ですね。距離は結構ありますけど」

「あん? この壁んなかでいいんだが」


 そう言いながら、バンバンと城壁を叩くチンピラリーダー。

 すると女の子は、微笑みながら言った。


「ここは廃墟ですから、生きている人は住んでいませんよ」

 顔を見合わせるチンピラ達。

「ホントに誰もいねーのか? 戻った方が早い?」

「はい」


 頭をよせて、話し合うチンピラ達。何かよからぬことをたくらんでない?


「それじゃあ、ねーちゃんはこんなところで何やってんだ?」

「あ、私は近くに住んでいるので、ちょっと散歩してただけです」

「そしたらそこが一番近いってことだな。こんな薄暗いところを若い女が一人で歩いてたんじゃあ何があるかわからねぇ。オレたちが送ってやるよ」


 打ち合わせた通りに話をすすめるのに必死なのか、女の子が言った内容の矛盾に気付かないチンピラ達。


「その代わりと言っちゃあなんだが、オレたちも疲れてるんでね、ちっと休ませてくれねーかな」

「え、ホントですか? いいですよ。じゃあお願いします」


 素直に喜ぶ女の子に、いやらしい感じにニヤつくチンピラ達。これはあれだな、勝手にテレビ観て、勝手に風呂に入って、勝手に冷蔵庫のなかをあさって軽い手料理を作って振る舞って、いやいや恩返しですからとか言いつつ、しばらくご厄介になる感じのつもりだな。

 思いのほかうまく話が進んだことにほくそ笑むチンピラ達に、女の子が続ける。


「こんな生きのいい人達が来るのは久しぶりです」

「ああ、肉体労働には自信があるぜ」


 チンピラリーダーが胸筋アピールをする後ろで、他のチンピラが異変に気づき始める。


「どうせなら、しばらく活動していってもらってもいいですか?」

「悪いなねーちゃん、オレたちは根無し草なんだ。どれだけそこにいるかはオレたちが決める。いつかはいなくなっちまうぜ」


 なんだか自分に酔って、格好よさげなセリフで空回りしているリーダーは、女の子の変化に気付かない。


 女の子の白かった肌はいつの間にか黒ずみ、ところどころ腐っているように陥没している。黒く滑らかだった髪もボサボサに広がり、一部は抜け落ちてまばらになってしまった。顔では、頬の肉がはがれて骨が露出。左目がつぶれて腐りおち、逆に残った右目がやたらギラギラとテカっている。


 リーダー以外のチンピラは、恐怖に震えながらゆっくりと後ずさる。


「きっと、来てみれば気に入りますよ」


 その声も、地獄の底の悪臭が振動しているかのような鈍いものになっている。

 ようやく状況に気付いたリーダー、目の前の物体が一体なんなのか理解が追いつかない。


「ずっと、一緒に……末永く……活動していぎまじょうねぇぇ」


「っっっああぁぁぁーーー!!」「なまんだぶなまんだぶ……」「ひぃ、ひぃー! 助けて、かーちゃん!」「ああぁ悪霊退散!」


 思い思いに叫びながら、バラバラに逃げまどうチンピラ達。森の奥に入っては、何を見たのかさらなる悲鳴をあげている。


 その後、彼らの姿を見たものは……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る