会議室にて

 さて、その後は何事もなく城にもどり、ジョーは会議用の部屋を一室占領して迎え入れの準備をする。


 この部屋は特に、物理的にも魔法的にも頑丈に設計されており、防音、機密性にも優れていて、中で何があってもそうそう外に音ももれない。


 さすがに、戦争関係真っ最中の相手国の総司令官と、容疑真っ只中の世界の敵候補を、城の中に招き入れることをおおっぴらにはできない。


 コの字形に配置された長テーブルには、一辺には立食パーティーで出されるような色とりどりの料理、向かい合うもう一辺にはお菓子やジュースが並んでいる。一方はキジネ、もう一方はジョーが用意したものだが、どちらも今すぐ用意できる最高のものである。

 が、これからここで行われることを考えると、用意すべきものとしては、どちらも間違っていると判断する人は少なくないだろう。


 今、部屋の中にはジョー一人。キジネは部屋の外で、人が入ってこないよう見張りをしている。


 ジョーはテーブルによりかかって、部屋の真ん中あたりに置かれたゲート環を見ていた。性格や教養はともかく、見た目だけなら世界に通用するレベルのイケメンである。片足に重心を置いて少し斜めにテーブルによりかかり、世を憂うようなアンニュイな表情で流し目をすると、異次元レベルの美しさであった。ここにもしカメラマンがいれば、シャッター音が途切れることはないだろう。


 ただ、ポテチをボリボリとむさぼってさえいなければ。


 口いっぱいにほおばった芋でほっぺたを膨らませ、食べカスをこぼしながら袋の中をまさぐる姿が、なにもかもを台無しにしていた。

 ああ、油のついた手を服の裾で拭うのやめなさい。


 と、突然ゲート環が宙にうかんで縦向きになると、淡く光りながら車輪のように回転を始めた。徐々に回転速度を上げると、指輪ほどの大きさだったそれが次第に広がり、直径が二メートルほどまで大きくなって、安定した。


 環の内側は不思議な光であふれ、まるでオーロラをぎゅうぎゅうに詰め込んだかのようだった。


 その光のなかから、突然ひとりの人影が飛び出した。


「一番、クォン選手、見事な着地です!」


 その魔法少女姿の人物は、着地のポーズを決めると、誰もいない周囲に向かって、「やあどうもどうも、声援ありがとー!」とアピールをしている。


「コンちゃん、いらっしゃい! 待ってたよ!」


 ジョーはポテチの袋を放りだしてクォンの前に立つ。


「ちゃんとおもてなしの準備もしといたよ。さあ、好きなものから食べて食べて」


 左右の料理やお菓子をみて、クォンの目が輝く。

 お菓子のテーブルの中から、ガラスのコップに入ったポッキーを見つけると、数本まとめて手に取る。


「さっすがジョーちゃん、アタシの好みわかってる~」


 クォンがジョーに向かってポッキーをクルクル回すと、ジョーは満面の笑みでガッツポーズ。まるでほめられた犬のようにクルクル回りながら飛び跳ねている。


「あ、でもこっちのお料理も美味しそう」


 そんなジョーを一瞬で放置して、反対のテーブルの料理の前に立ち、『何でできているのかいまいち判別がつかないが、なんだかオシャレでキレイな四角いオードブル』にポッキーをブッ刺すと、そのままポッキーごと一口に。


 それを見たジョーは、動きを止めて、喜んでいるのかがっかりしているのか複雑な表情をしていた。

 その後も、クォンは料理とお菓子のテーブルを往復しながら美味しいものを堪能していた。


 その時、ゲート環から次の人物が現れた。


「ゲート環はひさしぶりだけど、やっぱ便利だよな」

 でも拠点がないといまいち活用しづらいというかなんというか、と、独り言でブツブツ言っているエースだった。


 そのエースに、閃く刃。間一髪かわすエース。さらに追撃の刃が襲いかかる。

 危うく眉間に突き刺さりそうだったその切っ先を、横からかざされた腕がはじく。


「話を聞くのではなかったのか?」


 クーリスがジョーとエースの間に割り込んでいた。


「ふん」

 ジョーが持っていた刀から手をはなすと、刀は床に落ちる前に氣へと戻って散った。


「まあいーや、オマエらもとりあえず腹ごしらえでもしろや。どうせ長話になる」


 言って振り返ったジョーが見たのは、見事にたいらげられた、料理とお菓子の空の皿だった。


「コ、コンちゃん?」

「ジョーちゃん、ごちそうさま。美味しかったよー」


 クォンが、本当に幸せそうな笑顔をジョーに向ける。


「コンちゃんに喜んでもらえたんなら、オレ様も嬉しいよ!」


 ジョーも本当に幸せそうな笑顔になる。

 満足げにお腹をさするクォンだが、その細身のどこに入っているのか。乙女の謎の底は深い。いろんな意味で。


「それじゃあボク、そろそろ限界だから帰るね、エース様」

「あぁクォン、わざわざ案内ありがとうな」

「いいんだよ。ボクはエース様のためならなんでも出来るんだから」

「ところでコンちゃん、料理とお菓子、どっちが……」


 その時、カチャンとガラス容器が倒れる音がした。


 エースとジョーがそちらを向くと、残っていた付け合わせのパセリをつまむ、クーリスの姿があった。


「すまん、篭手が当たって倒した。大丈夫、割れてはいない」


 三人はなんとなく顔を見合わせた。


 と、気が付くとクォンの姿がない。


 ゲート環を使って水晶翅王国へ戻った様子もないが、実はクォンはそれを実現する特殊能力をもっている。その名を『神出鬼没』という。


 いつの間にかいなくなっている、いつからか気付くといる。という、自分の存在感をコントロールする能力。能力発動のために、『お互いに知り合いである人物』が必要ではあるが、実際にそれで長距離の瞬間移動を可能にする便利な能力である。


「さて、他にすることもなくなったことだし、本題に入るか」


 エースが言うと、ジョーとクーリスがその前に立つ。一対二の構図だ。


「いや、本題に入る前に確かめることがある」


 ジョーの目に真剣さが戻る。


「テメーらは、どのエースだ。何人いる?」


 エースがニヤリとする。


「よくわかったな。別に、話をするだけなら全員来る必要もないだろ」

「そーはいかない、ってワケもある。裏切り者をあぶり出す必要が、あるかもしれねーからな」

「いやいや、思惑はわかるけどな、もし全員で来てたらそっちの方がヤバい場合だってあるだろ? 俺は、それはそれで……」


 エースのセリフの途中で、何の脈絡もなく、エースの胸の真ん中から槍、いや、漁に使う銛か、その穂先が現れた。


 それはエースの胸から飛び出すと、そのままジョーへと突き進む。


 その銛を、ジョーは受け止めた。ジョーが錬成した銛が、エースを背中から貫いたのだった。この部屋のなかは、壁、床、天井や一部の小物まで、ジョーの錬金術によって作られた物が設置してあった。それらはジョーの意思で一瞬にして形を変え、獲物へ襲いかかるのだ。


 その銛には、エースの心臓が引っかかっていた。


 胸の真ん中に大穴を空けたエースが、盛大に血を吐く。


「奇襲をかければ対応で見抜けるかと思ったが」


 ジョーが銛を解除して消し、いまだ鼓動を続けるエースの心臓を掴むと、それとエース本人を見比べて言う。


「確かに、一人みてーだな」


 エースの胸の穴からは、向こう側の壁が見えている。完全に貫通していた。

 つまり、ここに複数のエースがいた場合、その全てのエースの胸元に大穴が開いたことになる。


 エースの体から、闇色のオーラがあふれ始めた。同時に、体毛が濃くなり、人から獣へと姿が変化する。


 《獣魔人》エースだ。


 獣魔人へと変異したことで肉体の再生能力が高まり、穴の縁の肉がうごめいて増殖を始めた。

 ジョーがエースの心臓を投げ返す。受け取ったエースは、胸の中にそれをおさめる。その心臓を包むように骨や内臓が形成され、肉、皮がそれをおおい、ほどなくして完全な肉体を取り戻した。


 獣魔人化も解除され、まるで何事もなかったかのように、元のエースへと戻った。


 いや、服の真ん中が盛大に破れて血に汚れ、前衛的なファッションになっているが。


「とりあえずこれで、俺が一人だと証明できたな」


 ここまでの再生能力を持つのは、十一人のエースの中でも《獣魔人》エースだけだ。他のエースの死体が現れない以上、ここには《獣魔人》エース一人しかいないことになる。


「ジョーも、もう十分だろう。いいかげん本題に入るぞ」


 クーリスが言うと、ふん、と鼻を鳴らすジョー。不満はあっても、反対まではしない。


「単刀直入に聞くが、エースよ、これまでの一連の事件は、お前の仕業なのか」


 まさに直球ど真ん中ストレートだな。


「それは違う。でも、無関係とも言えない」


 苦虫を噛み潰したようなエースに、クーリスの疑惑の視線が圧力をかける。


「どう考えても、俺達の行動は見張られている。それは間違いない」

「それは、お前らンなかに裏切り者がいるってことじゃねーのかよ」

「それは無いな」


 ジョーの問いかけに即答するエース。


「誤解されることも多いけど、俺達が普段一つに重なって行動しているとき、超能力や超科学装置で意思の統一をしているわけじゃない。それぞれの俺が別々に考えてしている行動が、なんとなーく寸分違わぬ動きになっているんだ。だから逆に、真似しようとしてもできるものでもないし、動きを予測できるものでもない」


 自慢だけどな、と続けるエース。


「だからこそ俺達の中に思想の違う者がいれば、一つに重なって行動することなんてできないはずなんだ」

「お前達全員が世界を裏切っている場合は? どんな状況でも作りたい放題だろう」

「考えてみてくれクーリス。俺達は『大災厄』を倒した《勇者》エースだぜ? 本気で世界を相手にするつもりなら、ちまちま面倒なことなんてしないで、真っ正面から力ずくで世界を滅ぼしてやるよ」


 自慢じゃないけどな、と冗談っぽく言うエース。


 実際には言うほど簡単なことではないだろうが、それでも今のように疑われ、追われ、結果身動きが取れなくなってしまうのでは意味がない。


「それでもテメーは例外すぎんだよ。自覚がないだけで、全員が誰かに操られている可能性だって……」

「まあまてまて、小さな可能性をシラミ潰しにしてたら、いくら時間があっても足りないだろ。どこにいるかはわかってないけど、事件の黒幕はアインヘルだってわかってるわけだし」

「は?」

「どういうことだ?」


 突然の爆弾発言に、理解が追いつかないジョーとクーリス。


「俺達だって、今まで何にも対策をしてこなかったわけじゃないからな。なかなか苦労はしたけど、ほぼ百パー間違いない」


 通信が傍受できれば早かったんだけど、未発見の新能力か隠蔽能力が強すぎるのか、どちらにしろそこまではできなかった、とエースは続ける。他にも考えられる可能性は、できる限り検証したと言う。それでも、元々十三人いたエースの、十四人めの可能性。催眠術か洗脳か、操られている可能性。逆に『十二人の英雄』にはめられている可能性など、比較的ありえそうなものならばまだいい。宇宙人の関与、手長足長の仕業、本当にただの偶然など、ありえなさそうなことや検証しようのないものまで考えていたら、きりがない。


「とりあえず、人工衛星からの監視までは確認した。無かったけどな」

「ならば、ということはだ……」


 クーリスは様々な状況を想定した結果、ジョーは至極短絡的に、同じ結論に至った。


「じゃあ裏切り者は、キリで決定じゃねーか!」


 ジョーの叫びに、エースは腕組みしながら首をかしげる。


「それもない、と思う」

「そんなわけがあるか! 関係無いわけがない」

「あいつはまだリハビリの途中だ。俺達以外の誰かとそれだけのコミュニケーションがとれるなら、むしろ褒めてやるレベルだぜ?」

「しかし、あの娘からなにがしかの情報を得ているのは、最も疑うべきことだろう」

「本人の許可なく、情報が逆流するかなぁ?」


 首をかしげたまま煮えきらないエースに、イラつく二人。


「テメーと話しててもラチが明かねー。キリと他のテメーらはどこにいる」

「それが、俺にもわからないんだよね」

「そんなわけねーだろ。テメーが考えりゃわかるはずだろうが」

「だからこそ、考えてもわからない方法で決めてるはずなんだ。行き先の候補は三つ四つに絞れるけど、そのうちのどこに行くかは、コイントスか枝を倒すか、それこそキリとジャンケンでもして決めてるかもな」

「じゃあ直接聞け。専用の通信機くらい持ってんだろ。キリ本人を連れてこい。続きはそれからだ」

「それは出来ない」


 即答するエース。


「それが通じると思っているのか」


 クーリスがエースの襟元を掴んで詰めよるが、エースはそれを片手で払いのける。


「俺達もいろいろ考えていると言っただろ。アインヘルをあぶり出すための策をめぐらせるために、別行動をとっているんだ。俺達は、さらに二手以上に分かれて行動しているはずだ。今こっちから連絡したら台無しになる」

「ただ連絡を待てと言うのか?」

「そうだな。だいたい一週間は……」

「んなもん待てるかよ! 犯人はケンゴとエンドーの仇だ。オレ様は、オレ様のやり方でやらせてもらう」


 ジョーは部屋の入り口まで進み、扉を開けた。


「キジネ! キジネェ!」

「はい、ここに」


 扉のすぐ外に待機していたのだろう。ジョーが呼ぶとすぐに姿を現した。


「お客様のお帰りだ。送って差し上げろ」

「承知しました」


 キジネがジョーの横を通り、室内へ入る。

 その時、小声でジョーに話しかけた。


(勝敗は?)

(あんなのは引き分けだ)

(そうですか。詳しい話は後ほど)


 よくわからない会話のあと、キジネがエースとクーリスの前に進む。


「それではお客様方、こちらへ」


 有無を言わさぬ口調で、キジネが告げた。

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