剣山帝国

おつかい

 ここは次元の交差点。

 世界と世界の狭間の吹き溜まり。様々な異世界が重なり合う場所である。

 

 つい先ほど、水晶翅王国との戦争兼会合を終えた剣山帝国。その城下町を、買い物袋を振り回しながらご機嫌の鼻歌混じりで時々スキップをしながら歩いている、二十代も半ばのイケメンがいた。あまりの浮かれように、見ているこっちの心にもグッとくるものがあるよね。悪い意味で。


「ジャック様、ちゃんと前を見て歩きましょう。転びますよ」


 キジネに幼児のような扱いをされたイケメンは、誰であろう、この剣山帝国の皇帝、ジョー・ジャック・ジャックポットその人であった。


 他の国からは野蛮な国と認識されている剣山帝国であるが、その国内は意外なほど文明的で平和的な雰囲気である。軍隊の兵士にはモヒカンだったり、半裸にトゲトゲの肩当てだったりするやつもいるが、一般生活圏内に世紀末感は全くない。

 国内の道のほとんどは舗装されて商業用車が行き交い、歩道では学生が楽しそうに話しながら下校している。


 その中をジョーは普通に歩いている。一国の皇帝ともあろう者が、である。


「よお、ジャックの旦那、今日も生きのいいのが入ってるぜ。適当に見つくろっとくかい?」

「いや、今日はいーや。また今度頼むわ」

「あれ、ジャックさん。今日は休んでいってくれないの? 新作のパスタ、食べていってよ」

「わりーね、今急いでんだわ。今度かわいい娘つれていくから、そん時よろしく」


 魚屋のオヤジや、喫茶店のマスターと軽く会話しながら、城へ向かう道を行く。


 実はジョーは、暴れん坊な将軍よろしく、たびたび正体を隠して街にくり出しては街の様子を見て回っていた。


 それは、街の治安を確認するためでもあり、自分のやっていることが間違っていないか確かめるためでもあった。急速に領土を拡大している剣山帝国は、外交はもちろん、内部にも問題をかかえやすい。


 もともとこの天地球ではない異世界の出身であるジョーは、かなり劣悪な環境であった元の世界を反面教師に、天地球に来てからは戦闘能力はもちろん、政治や経済を学び、生半可ではない努力の末に皇帝となったのだ。

 そして、理屈だけでは理想を実現させることができないことも、また知っていた。

 だから、国民の生活を肌に感じて、平和な国を実現できているのかどうか確かめることで、自分の行動に自信と信念を持ち続けることが出来るのである。


 と、いつもジョーはキジネに言い訳している。


 そのキジネは、『通信機』をいじったり耳にあてたりしているが、小さくため息をつくと手を開いてジョーに見せた。


「やはり壊れているようです」

「前にちょっとだけ通じたのは偶然だったのか。それが使えりゃ逆探知でもなんでもして居場所を突き止めてやるのによ」


 キジネはもう一度だけ操作してみて、動かないことを確かめるとポケットにしまった。


「ところでジャックさん」

 キジネが姿勢良く歩きながら話しかける。

「ん?」

「先ほどの戦争中の発言ですが」

「オレ様なんか言ったっけ?」

「世界の半分うんぬんですが、さすがに盛りすぎでしょう。いいとこ二割ではないかと」

「それだけの戦力がありゃあ、追加で二割くらいの国が従うだろ。そしたらだいたい半分じゃん」

 あとは残り半分をどうやって攻め落とすかだよな、とか、気楽に、雑談レベルで気楽に話すジョー。言うことは言ったと、その後は特に肯定も否定もせず、あとをついて歩くキジネ。


 そんなジョーが国民との交流を深めつつ、スキップしながら歩いていると。


「ちょっとやめてください! お金はちゃんと払ってもらわないと困ります!」


 コンビニのバイトの女の子が、見るからにチンピラとわかる連中と店の入り口でもめていた。


「おいおいねーちゃん、オレたちはなぁ、剣山帝国の軍隊所属に内定してんだ」

「これから獅子奮迅に活躍して、この国を大きく絢爛豪華にしてやるわけだ」


 チンピラAとチンピラBがやたらえらそうに女の子に迫る。もちろん、その体になめるような視線をおくることも忘れない。


「つーことはだ、あんたら一般人とは一蓮托生、家族同然ってわけだ。弁当の一つや二つ、おごってくれても問題ないだろがよお?」


 チンピラCが、自分ではイケてると思っている決め顔でいうと、弁当を両手いっぱいに抱えて店を出る。

 他のチンピラも思い思いの品を持って、なぜかゴキゲンで店を出ていく。当然、お金は払っていない。

 女の子はそれでもなお退かずいたが、それでどうにかなるチンピラ達ではなかった。


「キサマら、何のつもりだ?」


 ジョーが声をかけると、チンピラ達がいっせいに彼に振り向く。その顔がとたんに不快に歪む。まるで以前にも同じようなことがあったかのようだ。


「ジャックさん! あの、この人たち……」


 女の子が言うのを手を振って止めると、チンピラ達の正面に立つ。


「話は聞かせてもらったけどよ、言ってること訳わかんねーよ。お前ら頭大丈夫か?」


 リーダー格のチンピラCが、一歩前に出る。


「お前、何様だ? オレらのやり方に文句があんのかコラ。こちとら天下の剣山帝国軍だぜ。世界で一番つえーやつのいうことには平身低頭、黙って従ってろよ。ザコはザコらしく、オレらの養分になってりゃいいんだよ」

 チンピラ達は、お互いに顔を見合わせて爆笑する。


 だから遅れた。気づくことに。逃げることに。


 チンピラ達が視線を戻した時には、すでにジョーは出来上がっていた。


 彼は全身から殺気を放ち、逆光の影の中から両目を赤く輝かせていた。


 ちなみにこの殺気は、いわゆる氣ではなく、物理的なプレッシャーを感じるほどの雰囲気、つまりは圧倒的な存在感である。


 そのただの存在感によって、チンピラ達は身動き一つとれなくなっていた。


「あなたがたは、自分達さえ良ければ他の人への迷惑は気にかけたりしないのですか?」


 ああ! またセリフがバグった!


「この紅鮭弁当を、毎日ワンコインで買えるだけの流通経路を整えるために、一体どれだけの人々が関わっているのか、考えたことはないのですか?」


 この、ジョーにあるまじき丁寧なセリフは、翻訳システムのエラーなのである。


 さまざまな異世界から、たびたび人がたどり着いてくるこの天地球では、少なくともコミュニケーションだけは困らないようにと、超能力や超科学の粋を結集した、言語翻訳システムが世界中に張り巡らされているのである。


「第一、帝国軍の兵士ならば十分な給料が出るはずです。こんなところで恐喝まがいの犯罪を犯す必要はありません」


 他の世界から転移して来たジョーもその恩恵にあずかっているわけだが、もともとの言語のガラがあまりにも悪いために、彼が興奮して放つ罵詈雑言は、翻訳エラーをおこして一周まわって、やたら丁寧に翻訳されてしまうのである。


 どっちにしても、それはそれで死ぬほど怖いので、役目は十分にはたしていた。


「なにより、こんなことが続いてこのお店が倒産でもしてしまったら、私は今後どこで紅鮭弁当を買えばいいのですか?」


 この時点で、チンピラ達はすでに涙目。気の弱い一人は、口のはしから泡を吹いて立ったまま気絶していた。


 あまりの怒りに、無意識に氣を放ち始めたジョーだが、その体勢が突然ガクッと崩れた。


 倒れる寸前、ブリッジの形で静止したジョーが見上げてみたのは、極めて冷静なキジネの顔だった。


 彼女がジョーに、彼女の数少ない特技の一つ、膝カックンを仕掛けたのだ。


 あの状態のジョーに対して膝カックンを成功させるなど、技術も度胸も文字通り見上げたものである。


「ジャック、約束の時間に遅れますよ」


 鬼神の如きジョーの顔と殺気が消え、一瞬でもとに戻った。


「あーそうだった!」


 ヒョイっと起き上がったジョーが、機嫌をもどして言う。


「てめーらは運がいい。オレ様いま急いでっから、反省文で許してやる」


 ジョーが指を鳴らすと、チンピラ達のまわりに集まった氣が人数分の机とイスに変化。続いて錬成された鎖が、彼らを無理やり座らせて縛りあげる。


「お題は『ゼロから紅鮭弁当を流通させるまで』。期限は、術が切れるまでの2、3時間な」


 いつの間にかルーズリーフとシャーペンと消しゴムを買っていたキジネがそれをチンピラ達に配り、続いて流れるような動作で携帯通信機を取り出すと、どこかに連絡をとりはじめる。どうやら、このあとのチンピラの処遇を手配しているようだ。


 ジョーはすでに歩きはじめている。振り返りもしないで手をふると、一言だけ声をかける。


「あ、それが入隊の最終試験な。せーぜーガンバレー」


 ジョーもキジネも、その後はなにもなかったかのように歩いていく。


 それらの一連の様子を、まわりの人々はこっそり見ていた。コンビニの女の子は去っていく二人に深々とおじぎをしている。

 あーこれあれだな、みんな気づいているパターンだな。ジャックの正体。


 残されたチンピラ達は話の展開の速さについていけず、茫然自失を体現していた。


「これ、あれだな、あれだよな」


 なんだ?


「波乱万丈の栄枯盛衰」


 ただの自業自得だろ。

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