剣と盾
《英雄》
ここは次元の交差点。
世界と世界の狭間の吹き溜まり。様々な異世界が重なり合う場所である。
三十年ほど前には、戦闘型エイリアンのクイーンが降ってきた。その生き物は、まず卵から幼体を産み、それが他の生物に寄生卵を産みつけることで成体化するという、回りくどい生き物だった。ただしその戦闘力と繁殖力は凄まじく、短期間で大きな森を一つ完全に支配してしまった。
しかしその森は、練氣術、超科学、神話系亜人の三強国に囲まれた場所であったため、事件の発覚したその日のうちには無事に解決してしまった。
捕獲されたクイーンは、超科学の国の技術によって遺伝子改造をされ、小さくて可愛い手乗りエイリアンを量産できるようになると、一時期にはペットブームになったこともあった。
まあ、それはさておき。
エース達が魔物の群れと戦うよりも少し前。
水晶翅王国、防衛騎士団の総司令官であるクーリスは、多数の部隊を率いて、国の西の平原に陣を敷いていた。
ここで彼、クーリスについて軽く説明しておこう。
金髪碧眼の大柄な美丈夫、重厚な鎧に身を包み、しかし身のこなしは軽く、重さを感じさせない。
クーリスは、三年前に現れた世界を滅ぼす力をもつ『大災厄』を退治した『勇者と十二人の英雄』の、英雄の一人である。
彼は完全防御術である『位置事停止』の使い手であり、騎士団を率いる総司令官である。彼自身の戦闘能力は当然無類のものであり、部下からの信頼も厚い。
さらにその信頼を強固にしているのは、無意識のうちに使う『魅了』の術である。男女問わず彼目当てでの入団希望者も多く、彼に少しでも近付きたいという具体的な目標を持った団員の士気も高く、有能な騎士となる者も多い。
ただ、クーリス自身は魅了の術を自覚していないために、水晶翅王国の騎士団の団結力を素直に感心しているのであった。
その彼が率いる軍団がのぞむ先、平原の地平線辺りに、その先にある隣国『剣山帝国』の軍隊が陣を敷いていた。
剣山帝国は、これも『十二人の英雄』の一人であるジョー・ジャック・ジャックポット皇帝の支配する帝国であり、近隣の国を武力によって制圧して回る、暴力国家の支配者として有名である。
特に最近は、隣国の水晶翅王国に執心しており、度々ここまで攻め入って来ているのである。
しかし、今回は少し様子が違っている。
せっかく引き連れてきた軍の大半を数キロ後方、戦闘をするには遠すぎる場所においたまま、精鋭部隊の十人程度だけ連れて水晶翅王国騎士団の前まで出てきたのである。
「何を考えているのでしょうか?」
「負けを認めにきた……なんてことはあり得ないし」
「罠ですよ、罠。クーリス司令官、司令官が出ていくことはないですよ」
クーリスの親衛隊隊員が口々に意見をのべる。
こちらも十人程度の隊だが、なぜか全員女性だ。
クーリス自身が選んだわけではないが、実力はもちろん、チームワークなど考慮した人選の結果こうなったらしい。
実績も疑うことのない優秀な部隊であるが、外部からはクーリスのハーレム部隊と揶揄されていることは、想像に難くない。
「ジョーが出ている以上、私が出ないわけにもいくまい」
「なぜいつも皇帝みずから最前線に出てくるのでしょうか? 本気で戦争を仕掛けているにしては、中途半端な戦闘だけしてすぐに退くことも多いですし。正直、これが戦争だと言う方が無理があるのでは?」
その疑問に、クーリスは苦々しげにこたえる。
「私だけ潰せば、あとは交渉で水晶翅王国を事実上の支配下におけると思っているのだろう」
「そんなに簡単にいくわけがないですよ。バカにしているのでしょうか?」
「あいつの皇帝としての手腕を見る限り、算段が無いわけでもないのだろう」
腕っぷしで皇帝の座についたジョーであるが、その後の政治的外交や、インフラ整備などの内政も見事にこなし、独裁政治でありながら国民からの支持もあつい良き皇帝でもある。それは認めないわけにもいかない。
お互いの距離が百メートル程まで近づいたころ、チャラい感じのホスト系イケメンが拡声器を取り出した。
クーリスほどではないが背は高く、世紀末をイメージしたビジュアル系バンドのメンバーのような服装をしている。体型もいわゆる細マッチョに鍛えられていて、バランスがいい。少し暗い色の赤髪が特徴的だが、それよりも、人を見下したような鋭い目つきが彼の第一印象を悪くしている。
彼こそが《十二人の英雄》の一人、ジョー・ジャック・ジャックポッド皇帝本人である。
「あー、あー、おいコラ、クソクーリス。今回もオレ様が直々に来てやったんだ。せっかくの戦争日和だし、いい加減に負けを認めてくんねーかな。正直オレ様もそろそろめんどくせーんだけど……」
「えー、わが大将の演説の途中ですが、今回はいろいろ事情がありまして、少々説明をさせていただきたいと思います」
突然、ジョーのすぐ横にいる、キャリアウーマン風の女性からの声が届く。
彼女はジョー皇帝直属の部下『例の三人衆』の一人、キジネである。
「ただ今、超指向性マイクにてクーリス様にのみ、直接メッセージをお伝えしておりますが、届いておりますでしょうか? もし聞こえていましたら、頭に手をあててみてください」
クーリスは、あまり不自然にならないよう、前髪の位置をなおした。
「ありがとうございます。しかし、偶然の可能性もありますので、今度は腕組みをしていただけませんか」
クーリスは腕組みをする。と、周りの親衛隊隊員達が静かになった。空気も読める、優秀な部下達だ。
「ありがとうございます。しかし、偶然の可能性もありますので、次は三回まわってワンと……」
クーリスは腕組みのまま、親指を下に突き出した。
「確認いたしました。説明に入ります」
隣でジョーの挑発演説がノリにノっていることは全く意に介さず、軽くせき払いをしてキジネは続ける。
「今回、最重要の会談案件がございまして、本来の目的はそれにございます。しかし、我らが大将の『せっかく考えていた秘密兵器を試す!』というわがままによる開戦をご理解いただいて、雲一つ無い絶好の戦争日よりのなかお集まりくださり、まずはお礼を申し上げます」
話の流れがおかしい上に、そんなものをご理解したつもりはクーリスには全く無かったが、キジネは続ける。
「そういうわけで、とりあえず『秘密兵器』を試させていただき、我らが大将がその結果に納得されたとき、『次』と言われます。その後は会談へと進みますので、よろしくお願いします」
そう言ってマイクをおろすと、後方へと下がっていく。彼女は戦闘員ではないのだ。
「……つーわけで、ブッコんでいくんでヨロシク」
キジネの説明とともにジョーの演説も終わった。
キーンとハウリングをおこす拡声器を投げ捨て、ジョーが片手を上げて精鋭部隊に合図を送る。
同時にクーリスの親衛隊も配置につく。
「各自、A装備を準備。瞬発円は惜しむな」
クーリスや親衛隊の防具には、『瞬発円』と呼ばれる小さく透明な円盤を射出する機構がある。
作動テストとしてそれを一枚取り出した隊員が、それを日にかざしてつぶやく。
「これって何で出来ているんですかね? 刺激で一瞬で数メートルに広がって、でも次に触ったらすぐ壊れるとか謎すぎ」
「だからこそ位置事停止術での簡易シールドとして最適なんじゃないの。それに、元々の素材はどこにでもある……ん水よ」
先輩隊員が耳打ちすると、後輩隊員なぜかとても驚いた顔をする。
「じゃあ、広がった時はし……ってことですか?」
ふふっと微笑む先輩隊員。
一体なんの話?
なんてやりとりをしながらも、態勢が整った段階でクーリスとジョーが同時に合図を出すと、お互いの隊員が戦闘を始める。
クーリスの親衛隊は、四人が前に出て透明で大きな簡易シールドをかかげ、そのシールドの隙間から三人の隊員が銃器や魔法による遠距離攻撃をしかける。残りは状況に応じて流れ弾を防いだり隙を見て大魔法を仕掛けたり、臨機応変に動き回る。
ジョーの精鋭部隊は、バイクや車両に乗って場をかき乱しながら、重火器や投槍、砲撃や魔法による遠距離攻撃を行う、アクティブなものだ。
ジョーの精鋭部隊が放つ攻撃がシールドに当たると、そのエネルギーを吸収されて銃弾や砲弾がその場にポロポロと落ちる。
しかし位置事停止術は、シールド自体が空間に固定されているために、術者が動けなくなってしまう。さらに、手を離すと数秒で術が解けてしまうために、一人で複数のシールドを維持し続けることも難しい。
そのため、常に動き回る精鋭部隊に対して常にシールドを張りなおしながら隙を見て攻撃するしかない。
一方、では精鋭部隊のほうが有利なのかといえば、決してそうとはいえない。
手数は比較的少ないとはいえ、親衛隊の攻撃力も一撃必殺の威力を持っている。防具をつけているとはいっても、直撃すればただでは済まない。回避には慎重になる。
二つの部隊がぶつかり合うそれぞれの部隊の先頭には、相変わらずそれぞれの大将が立っていた。
銃弾砲弾魔法が飛び交うなか、お互いににらみ合いながら構えている。
この状態で、流れ弾にも当たらないとは……いやまて、よく見たら二人ともちょいちょい当たってるなぁ。大したダメージは無いようだけど。あ、またジョーの頬を弾丸がかすった。ちょっと痛そう。
そのジョーは、練氣術によって練られた氣が全身から勢いよくあふれ出していた。
それは赤紫色で、低く地面に広がり、辺りにたまっている。
普通の練氣術の使い手であれば、こんなに氣をだだ漏れにはしない。もったいないからだ。
「じゃあ、試させてもらうわ。とっておきの秘密兵器」
ジョーが指を鳴らすと、そこから発した紫電が氣を伝って広がる。
瞬間、辺りの氣が無数の槍へと変わった。
「いけっ!」
ジョーが振る腕の動きに合わせ、槍が一斉にクーリスに向かって放たれた。
ジョーは、練氣術によってみずからが作り出した氣のエネルギーを、錬金術で物質に変化させて操るのだ。
対するクーリスは、迫り来る無数の槍を巧みな体さばきでかわし、はじき、避けて前進。ジョーへと突撃する。
が、今度は無数の刀が回転しながら四方八方からとんできた。
行くも戻るも無理! よもやこんなところで絶体絶命!
「ふんっ」
しかしクーリスは眉一つ動かさず、立ち止まって拳を頭上へ突き上げる。
そこから衝撃波が発生。まわりの刀や、漂ってきていた赤紫色の氣をはじきとばした。
『爆斗震拳』
それは特殊な衝撃波で、その使い手はこの世でも数人しかいないという。
「はやく『秘密兵器』とやらを出したらどうだ?」
「言われんでも、準備できたわ」
ジョーのまわりにはいつの間にか、巨大な鏡やレンズがいくつも設置されていた。
「オレ様がテメーを倒して……」
「総員、対KS防御!」
「……世界の半分を支配する!」
言葉とともに放たれた紫電が、鏡とレンズを少しずつ調整すると、太陽光線が収束し、ジョーの後方のレンズから超高熱のレーザー光線として放たれる。
光が収束するのとほぼ同時に、クーリスや親衛隊のまわりに煙幕がはられた。レーザーはその煙幕に吸い込まれるように突き刺さる。
「オレ様は気づいたんだ。テメーらの瞬発円を使った位置事停止術は最強の防御術だけど、透明で視界をさえぎらない。ってことはだ、光は無制限に通すってことだ」
煙幕がゆっくりとはれると、なにやら光る物体が現れた。
「太陽の光も集めれば数千度になる。日に灼かれてスルメになりやがれ」
レーザー光線があぶっているハズのクーリスが、なにやら光る物体にかわっていることに気づいたのは、その直後だった。
「てめぇなんのつもりだ? スルメっつったのになんでツミレになってんだよ」
お前にはあれがツミレに見えるのか?
そのツミレから衝撃波がまっすぐジョーに向かうが、彼は間一髪それをよけた。しかし、それはそのままジョーの背後のレンズを砕いた。
「……なん……だと」
「私が、自分の術の弱点に気づいていないとでも思っていたのか?」
ツミレ、いや、よく見ればモコモコの何かに包まれて、サングラスをしているクーリスだった。
まるで羊のぬいぐるみのようだと言えばかわいい感じもするかもしれないが、長身ムキムキの男性がする格好としては、はっきり言って似合ってない。
「レーザーが光を集めたものであるならば、逆に分散してしまえば無効化できるということ。濃霧と、このきめ細やかな泡で対策は万全だ。貴様の『秘密兵器』とやらはその虫メガネのことだったのかな?」
サングラスを外してクーリスが余裕をみせる。
「テメー、どこからシャンプー持ってきた!」
秘密兵器を破られての第一声がそれか? しかも泡といえばシャンプーって発想はどうなの?
クーリスは小さな円盤を取り出して、ジョーへとかざす。
「瞬発円。これは洗浄液を主成分に作られている。知らなかったか?」
ジョーはバカにされたと思ったか(実際されてるが)、怒りに氣を噴出させながら、クーリスに飛びかかった。
「ぅるせーこのシャボン玉野郎! 次だ次ぃー!」
ジョーは氣から大剣を作り出すと、クーリスへおどりかかった。
クーリスは手に持つ瞬発円を展開して簡易シールドにするとともに、背後の親衛隊に合図をだす。ジョーの背後ではキジネが精鋭部隊に指示をだしていた。お互いの隊員は戦闘行動を止め、待機状態に移行する。
ジョーの大剣はシールドにはじかれて、あらぬ方向へとんでいく。その直後、簡易シールドも術を解かれてパッと割れて消えた。
クーリスにとっては、最強の盾も補助アイテムにすぎない。なぜなら、素早い動きで敵を翻弄する格闘スタイルこそ、彼の真骨頂だからだ。
しかし、その時にはジョーはすでに次の武器を手に持っている。
「エースが世界を裏切った。身柄を渡せ」
「何?」
突然のジョーのセリフに、クーリスの動きが一瞬止まる。その隙をのがさず、ジョーが手にした剣を突き出す。クーリスは間一髪それを避けるが、続くジョーの前蹴りをまともにくらってしまった。衝撃で、クーリスを包んでいた泡が吹きとぶ。こころなしか、鎧がきれいになっている気もする。
クーリスも自ら後方に跳ぶことで蹴りの威力をころし、いったん間合いを離すと、その一瞬で考えをまとめた。後ろに控えていた親衛隊に指示をだす。
「東の防備にあたった八番隊に伝令。『エースに裏切りの容疑あり。一人でもいいから隙を見て確保しろ』」
ジョーは基本的にはバカだが、人を陥れるような嘘はつかない。エースが裏切ったと言うなら、それなりの根拠があるはずだ。
「詳しい話を、聞こうか!」
クーリスは一気に間合いをつめ、効果範囲を絞った爆斗震拳を放つ。
ジョーは鋼の板を何枚も重ねたものを錬成して衝撃波をそらし、その勢いで反転し、剣戟へとつなげる。
が、ジョーの持つ剣はクーリスの拳に横からはじかれて、いとも簡単に割れてしまった。その剣は、あまりに薄く脆いかわりに、どんな物質でも、分子の結合から切り離すといわれるほどの切れ味を持つ、通称『ガラスの剣』とよばれる伝説級の剣だったのだが。
ジョーは気にした様子もなく、次の剣を振る。それもまた『ガラスの剣』だ。
しかしその剣も、クーリスの体術で割られてしまう。
だが、ジョーの手には次の『ガラスの剣』が握られていた。
普通であれば、世界レベルの達人が使ってこそ本領を発揮するガラスの剣だが、ジョーは錬金術による物量によって、『ガラスの剣』を消耗品として使いつぶすという贅沢な使い方をしていた。
「エースは仲間のはずの、《十二人の英雄》を順に訪ねて、その関係者を殺してまわっている」
一撃くらえば鎧ごと体を真っ二つにされるジョーの攻撃をいなしながら、クーリスはカウンターでジョーのみぞおちに拳をねじ込む。
「それをエースがやっているという証拠はあるのか?」
ジョーはその拳を、ただの砂袋を錬成し受け止めて衝撃を分散させると、右手のガラスの剣を鋭く突き出す。
とっさにシールドを展開して受けるクーリスだが、その術にかかるスキをのがさず、ジョーはすでに錬成していた左手の大鎌を振る。障害物ごしに直接攻撃が届く。
「証拠は無い!」
クーリスは跳びのいてかわすが、鎌の切っ先が鎧を削った。
「けどなぁ、状況的にエースが無関係とは思えねぇ」
ジョーは間合いの離れたクーリスの左右に無数の槍を錬成し、散弾のごとくクーリスへと放つ。
クーリスは左右同時にシールドをはり、防御。槍をはじき返すが、しかし槍は囮。動きの止まったクーリスをそのシールドごと包み込むように、太い鎖が周囲を囲んだ。
「オレ様んとこも、ケンゴとエンドーが危うく殺られるところだった!」
鎖に捕まる前に、クーリスは大きく真上へ跳んだ。だが鎖は、空中のクーリスを踊るように追いかけた。
クーリスは足下にシールドをはり、それを蹴ってさらに上昇。鎖の追撃を逃れると、空中でシールドを背後に展開。それを蹴って一直線にジョーへと迫る。
「エースが、なぜそんなことをする?」
ジョーが強く地面を踏みつけると、そこから分厚い石壁がせり上がり、クーリスの視界をさえぎる。
「そんな回りくどいことをする理由はなんだ?」
しかしクーリスは蹴りでその石壁を砕き、そのままジョーがいた場所を貫く。が、そこにはすでにジョーはいない。
クーリスは着地の勢いのままに前転。その直後、着地点にギロチンの刃が落下。そのままとどまっていれば、無事にはすまなかっただろう。
「知るかよ!」
宙に飛び上がっていたジョーが、クーリスの後を追うように、次々とギロチンを降らせる。
「『大災厄』の考えてることなんて、わかるわけねーだろ!」
クーリスはそのギロチンを転がって回避。起きあがるタイミングをはかり、最後のギロチンを殴りとばして体勢を整える。
「エースが『大災厄』となるというのか!」
爆斗震拳の衝撃波を放つも、ジョーは自分の足を自分で作り出した鎖で下に引っ張り、即座に着地することで攻撃範囲を逃れる。
って言うか、お前ら戦うのか会話するのかどっちかにしろよ。分かりづらいだろ。
面倒くさいので、この後はダイジェストでお送りします。
ジョーの攻撃。ぴろり、ざしゅ。
「最悪の可能性を考えればそうなる」
クーリスは、三のダメージ。
クーリスの攻撃。ぴろり、ざしゅ。
「そんなわけがあるか。『大災厄』といえど、わざわざ疑われるためだけの行動をとるほど、支離滅裂ではない」
ジョーは、五のダメージ。
ジョーの攻撃。ぴろり、ざしゅ。
「なら、エースが無意識に操られている可能性だ。わざと墓穴を掘らせ、自滅へと導かれている」
クーリスは、攻撃を回避した。
クーリスの攻撃。ぴろり、ざしゅ。
「そこまで操れるならば、もっと直接的に自滅させれば良いだろう。社会的に抹殺される意味はあるか?」
ジョーは、八のダメージ。
ジョーの攻撃。ぴろり。
「だからエースを渡せって言ってんだろうが!」
クーリスはカウンターを狙う。ぴろり。
「断る! 私はエースを信じている。真相は私が暴く!」
お互いの攻撃が炸裂する寸前。
「ちょっと待ったぁーーーーっ!」
二人の間に、空から声と光線が降ってきた。
その一筋の光線を避ける形で、クーリスとジョーはすれ違う。
二人の間合いが離れたとき、その光を追うように空から人が落ちてきた。その人物は、落下の勢いで地面に小さなクレーターをつくりながら着地。
光が消え、舞い上がった砂煙が落ち着くと、そこには一人の少女が立っていた。
「話は聞かせてもらったわ」
「お前、クォンか」
クーリスにクォンとよばれた少女は、薄紫色のフリフリのコスチュームに、過剰に装飾された短いステッキを持っていた。赤みが強く、不自然なほどボリュームのある髪は、ポニーテールにまとめられても腰のあたりまで届いている。
彼女の名前はクォン・テーション。《十二人の英雄》の一人である。見る人が見れば一目瞭然。その姿は『魔法少女』そのものであった。もちろんかなりの美少女である。
「コンちゃ~~~ん!」
と、やたら甘えた声を出したのは、誰であろうジョーであった。
「久しぶりだねぇコンちゃん! 元気だった? なかなか会いに来てくれなかったらオレ様さみしかったよ。お腹空いてない? うちでご飯食べてく?」
ジョーの豹変ぶりは、離れたところから顛末を見ていた、味方のはずの精鋭部隊もどん引きだった。さっきまでの、触ればいつ爆発するかわからない爆弾のような危うさは微塵もなく、とにかくクォンにデレデレ。もしジョーに犬の尻尾が生えていたら、そのブンブンの勢いで嵐がおきていただろう。
「ちょっとジョーちゃん、なに考えてんの! アタシのエース様が災厄なわけないじゃない!」
『アタシのエース様』と言ったときだけ、クォンの背後に花畑がうかんだ。誰が見ても、エースに気があるのは間違いないと断言できる。
「当たり前だよコンちゃん。オレ様はエースが裏切るなんて絶対ないって言ってるのに、クーリスの奴がどうしてもゆずらなくてさ」
話を聞いていたクォンに対して、一発でわかる嘘をつくジョー。
クーリスも呆れた声をだす。
「おいおいジョーちゃん。貴様はいっ……」
「ダレがジョーちゃんだコラ」
ジョーが突然、今までにない殺気を放ちながら、とんでもない目つきでクーリスをにらむ。気の弱い人なら、死ねるねコレ。
「オレ様をジョーちゃんと呼んで良いのは、コンさんだけです。次にそんな呼び方をなさったら、オレ様がなにをするかオレ様自身にもわかりませんよ」
ああ、セリフがバグった!
クーリスは肩をすくめて一歩下がる。
「なんにしても、エース様から直接話を聞かないと納得できないでしょ。でもそのエース様はもうどっか行っちゃったみたいだし」
このときちょうど、東の戦場での決着がついたところだった。
「こうなったらエース様を連れてこられるのは、アタシくらいなものだし、今夜にでもジョーちゃんの所に連れて行くよ」
「コンちゃんがうちに来てくれるのか!?」
ジョーは奇声を上げながら飛び回って喜んでいる。こいつもう本来の目的を見失ってるな、完全に。
「だからクーちゃんが今持ってるゲート環、ジョーちゃんに貸してあげて?」
『ゲート環』とは、対になるゲート環どうしの間でワープができる、長距離移動用のアイテムだ。緊急用のゲート環をクーリスはいつも身に付けている。
「それはこの際仕方がないが、なぜクォンがそこまでするのだ。場合によっては、相当不利な立場に陥るぞ」
「だってぇ、これ以上ジョーちゃん主体で話をすすめたら、いずれはエース様の名声を落とす噂も広がるだろうし、そっちのが後々めんどいじゃん」
万が一にも、エースが本当に裏切っているなんて考えてもない、完全にエースの味方の意見だった。いやそれは、エースが裏切っていたとしても、なのだろう。それこそ本当に危うい立ち位置でもある。
「アタシはこれからクーちゃんのところに寄って別のゲート環を借りて、エース様のところに行ってからクーちゃんのところに一旦戻って、それからそのゲート環にエース様とクーちゃんと一緒に出てくるから、ジョーちゃんはちゃんとおもてなしの用意をしといてね」
「わかった!」
ジョーに向かってクォンが一息にまくし立てると、ジョーは即答で了解した。
よく考えたら、戦争相手の本拠地へのゲート環を預かること、クォンは自分のところよりも先に別の男のところに寄ること、自分の城に他国の重要人物がやって来ることなど、政治的にも個人的にも問題ありまくりな内容であった。
が、興奮状態のジョーの頭では全てを処理できず、エースを連れてくるという要件と、クォンがやってくるという結果だけを理解して返事をしていた。
要領の良いバカは、話がはやくて助かる。
「そうと決まったらソッコー準備しねーと。おめーら何やってんだ、帰るぞ!」
ジョーの一声で剣山帝国軍は退却をはじめた。主にキジネが指示をだし「ちゃんと片付けろ。痕跡を残すな。家に着くまでが戦争だと思え」手際よく退いていく。
これによって六回目の、通称じゃれあい戦争はいつも通りうやむやの内に終わった。
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