その真価
「隊長、あ、あれはいったい何なのですか……?」
水晶翅王国防衛騎士団防衛部第八部隊の隊長補佐の男性は、隣の第八部隊の隊長である女性にたずねた。
二人はいま、見張り台を兼ねた装甲車の上に立って、双眼鏡をのぞいていた。
「魔物は、情報系世界から召喚されたモンスターのようね。倒したときに死体が残らないのが特徴よ」
「そんなことは分かってますよ! そっちじゃなくてあの男……男達ですよ! 最初は一人だったのにいつの間にか、一、二、三、四……十一人もいる! わけが分からない」
隊長は双眼鏡から目をはなすと、隣の男を無言でにらんだ。
「す、すみません。興奮してしまって」
彼女はため息をついて、また双眼鏡で遠くを見やった。
「三年前、『大災厄』があらわれたのは知ってるわね」
「もちろん! クーリス司令官は、そのときの『大災厄』を退治した《勇者》の仲間、《英雄》の一人なんですから。私もクーリス司令官に憧れて、防衛騎士団に入団した一人です」
「では、そのときの勇者と英雄達の人数は知ってる?」
「いやそれは、十三人とも二十三人ともいわれていて、噂以上の情報がないのが本当のところで」
「それが真実よ」
「えっ? どういうことですか?」
「《十二人の英雄》と、《一人でも十一人でもある勇者》のパーティーだったってことよ」
「え? じゃあ……」
「彼らこそが、三年前に現れた《勇者》よ」
隊長補佐の男性は双眼鏡から顔を上げると、戦場全体を見回した。
あれだけいた魔物の大部分がすでに倒されている。残った高レベルの魔物も、はしから順に倒されていく。まるでよくできた……いや、むしろ三流の映画でも観ているかのようだった。
「でもどうせ分身するなら、百人でも二百人でも増えればよさそうなものじゃないですか? なんで十一人なんでしょうね?」
「彼らは最初から十一人だったのよ」
「いやいや、最初は一人でしたよ。さすがにそれを見間違えはしませんよ」
隊長はまたひとつため息をついた。
彼らは複数の異世界における同一人物であり、普段は全く同じ空間に十一人がぴったり重なって生活していることは、彼らがこの世界においても希有な特異点であることと合わせても、できれば秘しておいた方が良い事柄ではある。わざわざ面倒くさい説明をするのにも飽きてきたことだし、あえて答えないでおくことにした。
「でも隊長は、誰からそんな話を聞いたのですか?」
隊長は、しまった、という顔をした。
「まさか、クーリス様と直接お話ししたことが……?」
隊長は、軽くそっぽを向いた。浅く見える頬が、赤くなっているように見える。
「そんなことより、次に魔物が接近したときはかなり高レベルの個体になるのだから、油断をするな」
彼女は改めて双眼鏡をのぞき、すでに結果の見えているであろう戦いの行方を見届ける任務に戻った。
そのとき、二人に背後から声がかけられた。
「隊長、司令本部から通信です」
「すべて順調、問題無しと答えておけ」
「いえ、それが……」
通信兵が口ごもる。
「どうした?」
隊長が振り返ると通信兵は、困ったような戸惑ったような顔をしていた。
「司令官からの指示で、『エースには裏切りの容疑がかかっている。一人でもいいから隙を見つけて捕らえろ』とのことです」
それを聞いた隊長は、困難どころか、絶望的な気持ちで戦場を見渡した。
『見つけた』
エース達の脳内に、空を飛んでいる《超能力者》エースからのテレパシーが届いた。
それぞれのエースは、各々の能力を駆使してボスクラスの魔物を次々と撃破していた。そのエース達の視線が敵陣の奥、この魔物の群れの総大将へと集まった。ひときわ高い丘の上には、たくましい体躯に鎧のような皮膚。四本の腕にはそれぞれ武器を構え、通常の頭部の他に胸元にも顔がある、全体的に禍々しいオーラをたたえた、見るからに凶悪な魔物がいた。
その魔物は『災厄』級と判定されていた。
災厄級とは魔物の中でも特に強力な能力を持つもので、そのほとんどは異世界から紛れ込んできた存在であり、それ単体で国を滅ぼしかねないほどの戦闘力を持っているもののことを表す。
通常であれば、近隣諸国が一時的に同盟を組み、戦略をたてながら時間をかけて攻略していくものである。
それが今、たった三つの戦闘部隊と十一人の個人(とおまけの少女)の前に姿を現したのだ。普通であれば、なにをおいても逃げ出すことに専念するのがセオリーの場面だ。
第八部隊と、さらに後方の第十、第十四部隊では、いつでも強力な防衛能力を発揮できるように準備し、隊長の指示を待っていた。
そのとき上空で、ジェット噴射で飛んでいる《サイボーグ》エースが、刃の右腕を敵総大将に向けた。
その右腕があっという間に変形し、手首の太さの銃口が飛び出した。
彼が狙いを定めたと思った直後、その右腕と敵総大将の右肩を光の線がつないだ。
《サイボーグ》エースの放った高エネルギー砲が、敵総大将の防御魔法に狙いをずらされながらも、その右腕の一本をちぎりとばした。
驚きに目をみはる敵総大将の顔が見てとれた。胴体の顔はでかいからな。
敵総大将は、あわてて近くの魔物を呼び寄せ、合わせて魔法での防御を強化した。
背中から蒸気をあげる放熱板を広げた《サイボーグ》エースが、チッと舌打ちをする。
その彼の背後から迫った大型のドラゴンを、強力な雷の魔法が貫き、大量のミサイルが追い打ちをかけた。丸焦げになって落ちるドラゴンに、《獣魔人》エースがさらなる追撃をかけ、その喉笛を切り裂いてとどめを刺す。
辺りをみれば、エース達のもとへ魔物がどんどん集まってきている。特に先頭の、《武闘仙》エースと《剣士》エースの二人へと集中していた。だが二人はほとんど気にする様子もなく、ただ魔物の大将の方向を見ていた。
同時に駆け出した二人に、魔物が群れとなって襲いかかる。
しかし、魔物達は二人にたどり着く寸前で、何かにつまづくように動きを止めた。よく見ると、髪の毛ほどの太さの糸が、足元に無数に絡みついていた。
群れの背後へ瞬間移動した《超能力者》エースが、超能力で糸を張り巡らせていたのだ。
三人のエースは動きの止まった魔物達の間をすり抜け、魔物の大将へと迫る。
すると彼らの前に、魔物の精鋭兵だろうか、三体の魔物が立ちふさがった。
竜が姿を人に似せたのか、人が竜の力を得たのか、半竜半人の魔物。
筋骨隆々の上半身に、悪魔的な動物の下半身の半獣人。
丸い胴体に安定した四本の脚部、無数の腕部にそれぞれ武器をかまえた殺戮機械。
この三頭の魔物を突破せねば、大将へはたどり着けないだろう。
三人のエースはひとところに集まると、《超能力者》エースが、他の二人に手の平を向けた。
次の瞬間には、三人の姿が消えていた。
三頭の魔物はエース達の姿を探す。と、すでに後方、魔物の大将の目前まで迫っていた。慌てて追いかける三頭の魔物達。だが、自分たちの大事な見せ場をスルーしやがった奴らが、大将へ接敵するまでには間に合いそうにない。
ついにエース達は、(軽く卑怯な手段も使って)魔物の大将までたどり着いた。
魔物の大将は、背丈がゆうに二十メートルを越し、頭には角、鎧のような肌、すでに再生を終えた右腕を含む四本全ての手に、これも巨大な湾曲刀を構えている。
エース達の背後からの映像を切り取れば、まるで生身の人間がガンダムに挑むかのようだ。
三人のエースが攻撃に入る直前、大将の胴体にある顔が怒号を発した。
物理的な衝撃波を伴った波動は、それだけで《武闘仙》と《超能力者》のエースをはじき飛ばしてしまった。
《剣士》エースだけは防御のかまえで耐えたが、肌を刺すような魔力波動が、付与魔術の効果を打ち消してしまったことを感じた。
はじかれた二人のエースは、追いかけてきた三頭の魔物の前まで飛ばされ、仕方なく魔物を足止めするためにその前に立ちふさがった。
魔物の大将と、《剣士》エースが一対一で対峙する形となった。
《剣士》エースがじわりと間合いをとり、踏み込む寸前、大将の湾曲刀が降ってきた。《剣士》エースはそれをかろうじてかわすが、湾曲刀が地面を割る勢いに体勢を崩す。
巨大な湾曲刀は地面に半ばめりこみ、衝撃に地面がひび割れていた。大将は、続けざまに湾曲刀を振り回す。振られるたびに空が裂けるような轟音がとどろき、大地が割れ、エースを翻弄した。さらに大将が高速呪文を唱えると、雷の矢が無数に降り注いできた。かろうじてかわしていた《剣士》エースだったが、フェイントから横殴りに迫った刃に避けるタイミングを外された。防御姿勢でなんとか直撃はまぬがれたが、体が宙に浮いてしまった。
それをチャンスと見たのか、大将の胴体の顔が大きく口を開くと、そこから大量の炎が吐き出された。炎は広範囲に広がり、《武闘仙》と《超能力者》のエース達が戦っている辺りまでも届いていた。
その炎が直撃する寸前、《剣士》エースは、空中のなにも無い空間を蹴り飛ばして瞬時に地面へと着地し、大将の股の間を抜けて炎を回避した。ついでに大将の足に切りつけていたが、かすり傷にしかならなかった。
すれ違ったかたちの二人が同時に振り返る。が、わずかに《剣士》エースが早い。振り返る大将の、わき腹の防御力の薄そうなところにとびつくと、思いっきり刀を突き立てた。
痛みにイラつくように、大将は湾曲刀の柄頭でたたき落とそうと腕を振る。
エースは離脱しようとするが、刀が抜けない。危うく殴られる直前で、刀を手離して飛びのく。
轟風と共に巨腕が通り過ぎると、エースは空中でまたも反転跳躍。今度は腰の辺りにとびつくと、いつの間にか両手に一本ずつ持った短刀を突き立てる。
今度はそこに短刀を残して即座に跳んで離れると、空中で取り出した投げ槍を放つ。それは大将の太ももに突き刺さった。
だが、大将はそれらに動じることもなく、湾曲刀を次々と繰り出した。
エースは中空を蹴り飛ばしながらそれらを回避する。が、そのうちのいくつかがかすめてしまった。かすっただけとは言え、重量と速度が並みのものではない。打撃によるダメージのため、着地したエースがふらつく。
それでもなんとか体勢を立て直し、今度は自分の腰の辺りの空間からロングソードを取りだす。鞘から抜きはなつと、刀身が陽光に輝く。
そのとき《剣士》エースは、大将が高速で呪文を詠唱していることに気付いた。早口すぎて、どんな魔法を唱えているのか分からなかったが、すぐに対処出来るように身構える。が、普通なら発動しても良さそうな時間がすぎても、まだ呪文が続いている。そうとう大規模な戦略級の魔法を警戒したとき、《サイボーグ》エースから通信がきた。
『多分、アレだな』
彼は空を見上げていた。数十キロほど上空にクルミほどの大きさの物体が確認できた。
彼の観測データによると、それは直径千メートルを超えるほどの巨大隕石だった。魔法による制御のためか、地上に落ちてくるまでにはまだ時間がかかるようだったが、それでも着弾地点ではそうとうの被害になるだろう。
『しかもアレ、狙いはここじゃない。国の中心に向かっているぞ』
エース達のあいだに、戦慄がはしった。それを見ていた水晶翅王国防衛部隊も、隕石の存在に気付き、隊員に動揺が広がる。
今すぐ大将を倒したところで、あの隕石が消えてなくなるわけではない以上、隕石そのものをどうにかしなければならない。
超長距離攻撃の手段を持つエース達が、地上の魔物を他のエースに任せ、隕石への攻撃を始めた。
《精霊使い》エースが新たな試験管を取り出して割ると、うごめく溶岩の精霊があらわれた。それを火と風の精霊が包み込み、さらに《付与魔術師》エースが高速飛行の能力付与をすると、溶岩の精霊は隕石に向かって弾丸を超える速度で飛んで行った。
《武闘仙》エースは魔物の精鋭を《超能力者》エースに任せると、練氣術によって膨大で濃密な氣の塊を練り上げた。両手を隕石に向かって突き出すと、氣の塊は光の尾を引きながら隕石に向かって飛んだ。
《サイボーグ》エースは両腕を銃口に変化させると、エネルギー弾を連続で撃ち出した。
《超科学》エースは、追加で設置した無数の砲塔やミサイルポッドを操り、全弾発射した。
《魔法師》エースは、さすがに大魔法を唱える時間はないと判断し、比較的簡単なサポート用の魔法を、上空に向かって大量に重ねがけし始めた。
その後方では、第八部隊がさらに後方の部隊と合流し、防衛魔術の展開を開始する。
城壁のふちから、王国の名前の由来でもある『水晶翅防御幕』がいくつもせり上がり、昆虫の羽のように虹色に光を反射する。それが国の空を半分おおって巨大隕石を待ちかまえるが、それは隕石の大きさに対しては、あまりに貧弱に見えた。
高高度まで達したエース達の銃弾やエネルギー弾が、隕石の表面を削る。だが、それはあまりにか弱い抵抗に思えた。
そこに溶岩の精霊がとりついた。精霊は隕石の内部にもぐり込みながら、隕石自体を取り込んでいく。空気の圧縮熱で加熱されていた隕石の表面は容易に溶かされ、真っ赤な液状へと変わっていった。そこに氣弾やミサイルが着弾し、爆発。隕石の表面に穴をあけていく。
だが、千メートルを超える岩の塊といったら、地上にあればそれは山である。山としては低いほうだとしても、地形を変化させる威力を出すのは尋常なことではない。隕石にとってみれば、蚊に刺された程度のものだったろう。
それでも同じ場所に、執拗に攻撃を加えていくと、その穴は徐々にだが大きく、深くなっていった。
それでも破壊にはまだまだ足りない。
すでにかなり高度を下げ、肉眼でもその大きさをうかがえるほどになると、後方、水晶翅王国の中からでも見えているだろうそれは、国民に混乱を引き起こしているかもしれない。
エース達のあいだにも、焦りの色が見え始めた。
もう少し、あと少しだけでも時間を! 誰か時間をかせいでくれ!
誰もがそう願ったとき、隕石の動きが急ににぶくなった。数秒後、大轟音が辺りに響く。
それは、《魔法師》エースが大量に重ねがけしていた支援魔法。空気の抵抗をあげ、まるで水中にいるかのように動きをにぶくする、初級レベルの『すばやさ低下』の魔法だった。
隕石は、水面にぶつかったような衝撃に徐々に速度を落とすものの、落下を止める効果はないため、魔法の効果範囲を抜ければ再び加速を始めるだろう。
だが、時間はかせげた。
多重に展開された支援魔法の隙間を抜けるようにして、さらなる攻撃が隕石をうがつ。
そして、隕石が支援魔法の効果範囲から抜け出る頃、その一部には、まるで錐で突いたかのような深い穴ができていた。
そこに、特大のミサイルが三発、もぐり込んだ。その穴を溶岩の精霊が即座にふさぐ。
みんなが見守るなか、数秒の後。
轟音と共に隕石が割れた。
ひび割れた隙間から爆炎が吹き出し、大小様々な破片となって散らばった。
水晶翅王国防衛部隊からは、おおっ、と声があがる。
それでもまだ数百メートル級の塊が多数あり、まともに国に落ちればただでは済まない。
さらなる攻撃によって、細かく砕かれる隕石。
だが、そこまで。時間切れ。
ついに水晶翅王国の最終防衛線に到達してしまった。
そこに広がる幾重もの防御幕に、轟音をたてて隕石がぶつかった。
防御幕はビクともしなかった。
さすが、世界に防衛力を派遣する国である。
百メートルほどのいくつもの岩塊を、見事にはじき返した。もしかしたら、千メートル級でも大丈夫だったのではないか? そう思わせるほどの鉄壁ぶりであった。
だが、隕石そのものが消滅するわけではない。いくつかの破片は国内へ落ちたかもしれないが、大部分は防御幕にそって、城壁の外へと散らばって落ちた。
地震のように大地が揺れる。大きな塊の落下地点では地面が爆発するかのように吹き上がり、もうもうと砂煙が舞う。
吹き上げられたものや、空中で破壊された隕石の残骸が混ざり合い、水晶翅王国防衛部隊とエース達との間の視界を完全にさえぎってしまった。今は風もほとんどなく、晴れるまでに一時間はかかるだろうか。
それを見たエース達がそれぞれ魔物から距離をとり、構えを解いた。
肩の力を抜いて、広がる砂煙を見ている。
奇妙な沈黙の間が過ぎた。
不意に、《剣士》エースが、魔物の大将を振り返る。
「あれなら、もうこっちは見えないだろうから、もう終わりにしようぜ」
言うと、無造作に魔物の大将に向かって歩きだす。
他のエースも、魔物に肩をすくめて見せたり、苦笑していたりして、緊張感もない。
魔物の大将は、怪訝そうな顔をする。している、多分。表情の作り方が人間と同じならばだが。
「ナンノツモリダ」
しゃべった!
「マケヲ、ミトメルノカ。イノチゴイデモ、スルノカ?」
しかも二度も!
「いやいや、俺達が勝つんだよ。わかってるんだろ?」
《剣士》エースはニヤリとするわけでもなく、淡々と、言ってのけた。
魔物の大将の顔が、憤怒に歪む。表情の作り方が人間と同じならばだが。
大将が雄叫びをあげると、魔力のオーラが吹き出て、風もないのに猛烈な圧力がエース達へと押し寄せる。丘全体が、細かく振動していた。
大将は湾曲刀を構えると、ふたたび隕石招来魔法の高速詠唱を始めた。しかも今度は、胴体の顔も呪文を唱えている。同じ呪文ではないようだが、同程度の戦略級魔法だろうことは想像がつく。
《剣士》エースは特に気にする様子もなく、無造作に歩み寄っていく。
彼が湾曲刀の攻撃範囲に入った瞬間、それが空を裂いて落ちてくる。
《剣士》エースはそれを、こともなげにロングソードで打ち払った。
「無触刀鳴、決論」
打ち払われた湾曲刀は、まるで小枝のように折れてしまった。
それだけではない。魔物の大将の胴体までも半ばまで切り裂いていた。
白目をむいて、なんだか汚い色の体液を吐く胴体の顔に、驚愕に目を見開く上の顔。表情の作り方が以下略。
上の顔が呪文を切りかえ、回復の魔法を唱えると、胴体の傷口が逆再生をするようにふさがっていく。
が、そのときには《剣士》エースが大将の体を駆け上がり、その胸へと足をかけていた。
「はい、お疲れさん」
ソードを振り抜くと、魔物の大将の首がとんだ。首は丘の下へと転がって行った。
それでもまだ生きていた大将は、胴体の顔が根性で意識を取り戻した。
そのとき彼が見た戦場では、驚くべき光景が繰り広げられていた。
《超能力者》と《武闘仙》のエースが相手をしていた精鋭はすでに消滅し、空では《サイボーグ》エースが、百メートルはある光の剣を振り回している。
《精霊使い》エースが新たに呼んだ凍結の魔狼は、ただ睨むだけで魔物を凍らせ粉砕している。
後方の《超科学》エースが持つ長大な砲身の電磁加速砲から射出される砲弾は、一撃必殺の威力を発揮していた。
混乱のなか、《剣士》エースのトドメの一撃によって、魔物の大将の意識は急速に消えていった。その巨体は、膝をつき、そのまま後ろへと倒れていった。
《剣士》エースは地面に降り、魔物の大将が動かないのを確認すると、その体に刺さった槍や刀の回収を始めた。
戦いは終わったのか。
動く魔物がいなくなったそのとき、それまで全く何もしていなかったエース、《付与魔術師》エースの近くで、腰に手を当てたり腕組みをしたり、口元に手を当てたりキョロキョロしたりしていただけのエースが、突然何かに気付き、《付与魔術師》エースに向かって跳び蹴りをかました。
《付与魔術師》エースは、それをなんなくかわす。
と、跳び蹴りは《付与魔術師》エースの持っていた杖に命中した。
杖から上方に伸びた付与魔術の共振晶は、まるで大樹のごとくそびえ立っていたが、エースに蹴られたことで、ゆっくりと倒れていく。その先には、もう戦闘は終わったと思って近付いて来ていたキリがいた。
共振晶の大樹がオーロラの波動をまといながら倒れゆく様は、美しくもあり、どこか廃退的でもあった。その枝が地面に触れると、ガラスの割れるような甲高い音とともに、共振晶が崩壊していく。壊れる瞬間に魔力をきらめかせながら散る様は、まるで大きな線香花火。見る時と場所が違えば、それはそれは幻想的に夢幻的で、ファンタジックにファンタスティックだったろう。
ま、今はムードも何もない戦場だけど。
しばらく幻想花火が続いたあと、その地面に何かの塊が落ちているのが見えた。
キリか? いや、よく見れば、共振晶の枝はキリまではギリギリ届いていなかった。キリはいつも通り、突然のことにオロオロしているだけだ。
ではその塊はなんなのか。いち早く《獣魔人》エースが駆け寄ると、それを足で踏んで押さえた。
それはサッカーボールほどの大きさで、角が生え、硬い肌をした頭だった。下には面白おかしいほど小さな体が付いている。
それはエースの足の下から逃れようとジタバタしているが、全然無理。びくともしない。その様子を見るだけなら、なんだかかわいいくらいだった。
付近のエース達が近寄ってきたとき、それがしゃべった。
「コンナコト、ミトメナイ! リフジンスギルジャナイカ!」
もうおわかりだろうが、それは魔物の大将の、緊急離脱用の臨時体だった。元の頭から更に分離し、ここまで走って来たのだろう。
「お前が何をしようとしていたか、当ててやろう」
付与魔術の杖を蹴り飛ばしたエースが、相手の話を全然聞かずに語り始めた。
「あまりに強力なうえ、連携まで完璧すぎる俺達には、誰か司令塔にあたる者がいると考えた。戦力を全て無くしたお前は、せめて一矢報いようと、司令塔の見当を付けた。それは、今まで全く何もしていなかったように見えたこの俺と、不自然なほどに防御力だけに特化したそこの鎧姿だった」
一息間をあけ、元大将の周りを歩きながら続ける。
「そこでお前は考えた。理不尽なほどの戦闘力を持つ他の奴らと同じ姿をしていながら、全く役に立っていないのは、逆に不自然すぎて不気味だ。それを罠だと感じたお前は、まずは鎧姿を狙おうと思い、そちらへ向かった」
「イヤ、インセキラッカノキキニモ、ホントウニナニモシテナカッタカラ、ホンキデタダノムノウダト……」
「はっはっはー! 残念だったな! それは両方外れだ!」
エースは、元大将の話を全く聞いていない。まるで自分の解説に酔っているようだった。
「むしろ全部外れだ! 俺達に司令塔なんていない!」
なぜか胸を張って、宣言するかのように言う。
「俺達は全員が同一人物! 自分ならどうするかを考えれば、連携なんて当たり前。むしろ会話のやりとりをするだけ、時間の無駄ってもんだ」
確かに、普段から無意識に一糸乱れぬ行動をしているエース達なら、当然考えていることも同じなのだろう。
「オマエハ、イッタイナニモノナンダ」
「それは俺達のことじゃなく、俺のことか? ふふん、そんなに知りたければ教えてやろう」
長広舌をたれているエースは、かけてもないメガネをクイッと上げる仕草をし、元大将に対して斜めに立ち、軽くポーズをとって言い放った。
「俺は、スペードのエース、頭脳担当の、《探偵》だ。帰ったらお前のボスに伝えておけ」
「あれ、前はダイヤじゃなかったか?」
「その前は青き雷とか名乗ってたな」
周りの、他のエースがちゃちゃを入れるが、《探偵》エースは気にしない。ここまでが『いつもの流れ』のようだった。
元大将の頭を踏みつけていた《獣魔人》エースは、《探偵》エースの話が終わったと思うと、それを無造作に踏みつぶした。
元大将は踏みつぶされる一瞬の間に、『適当すぎるだろ。っていうか、考えてることが同じなのに、頭脳担当の意味があるのか謎すぎる。それに、殺されたら伝えるも何もないじゃん!』等々の疑問が一気にわいたが、一瞬後には死んで情報分解され、丘の上の巨体と共に光の粒となって消えた。
エース達はそれを見届けると、誰からともなく集まり重なりあうと、元の通り一人の、見た目は一人のエースとなった。
エースはキリを見ると、彼女も禍々しい剣と盾を手放して戦闘態勢をとき、変装術も解けて元の銀色の鎧姿へと戻っていた。
「状況がだいぶヤバくなったみたいだから、このまま先に進むぞ」
エースが、いまだ砂煙のたちこめる水晶翅王国を振り返りながら言う。
「ケータイ通信機は? バイト代は?」
「あ、そうだった。うーん、まあしょうがない、また今度だな」
エースはどこからともなく四輪のバイクを取り出すと、キリと二人乗りをする。キリがしっかり掴まったことを確認すると、ハンドルを東へと向けた。
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