クライマックス・1

 数分前まで平和な情景が広がっていた海岸沿いの野原は、今や人知を超えた力が乱舞する戦場となっていた。黄昏に染まる地を行軍するのは異形の影3つ。できそこないの水晶人形達がその棘腕を持ち上げると、無数に生えた棘が光を照り返しながら射出される。


「&*$%()!##‘――!」


 さながら散弾銃。ぱぱぱっ、という軽い音と共に飛んで来るため恐ろしい印象を持ちにくいが、硬度と速度を備えたそれは人体程度たやすく貫通するだけの力がある。


「きゃぁ!?」


 足元の地面に着弾して土煙を立てるのを見て、由乃がたたらを踏む。まともに喰らえばオーヴァードにも十分なダメージを与えるであろう攻撃に、彼女は改めてこの『敵』を危険な存在だと認識した。可能なら遮蔽を取って撃ち合うなり、逃げ回って距離を取るなりしたいところではあるが……由乃の後ろで倒れたままのジュリアの存在が、それらの選択肢を却下させていた。


「とにかく気を引かないと……やあぁ!」


 振るった腕から火炎放射器のように炎が吹き出す。高温と低温、熱変化を司るサラマンダーシンドロームの中でも、高温側に偏ったタイプが由乃だった。ぶちまけられた炎は赤い絨毯のように若草に燃え広がるが、水晶人間達はひょいひょいと小器用に火炎地帯を避けてこちらを狙ってくる。


 敵の一斉射。それに合わせて由乃もステップ。地面に身を投げ出すようにして頭や胴を狙ってきた攻撃を回避。受け身の要領で手をついて、転がった勢いのまま可能な限りの速さで身を起こす。教本通りの回避動作だが、いかにもモタモタとしていて余裕がない。そもそも一ヶ月前まではごく普通の文化系女子中学生だった由乃では、機敏な戦闘動作など到底見込めない。


 当然敵の攻撃を全ては避けきれないが、それをカバーするのがバディたるヘレンの役目であった。


「おらよっ!」


 飛び込んできた金髪の少女が由乃の前で立ち塞がり腕をクロスする。そこに生まれた不可視の磁力が、指向性を持って水晶の棘弾を迎え撃つ。磁力結界の範囲内に捉えられた攻撃は強烈な斥力に弾き飛ばされ、地に落ちて無力化される。


「いけない、まだっ!」

「+~$っ¶!ゞ〃‘!」


 連続する破裂音。棘弾の波状攻撃をヘレンが次々と受け止めていく。しかし3体の攻撃を一手に引き受けている以上、防御をすり抜ける攻撃が出てくる。


「ぐっ、このヤロウ調子に乗りやがって……」


 脇腹とこめかみをかすったのが一本ずつ、右股に刺さったのが一本、そして防御に回した両腕に刺さったのが数本。僅かな攻防の間に、それだけの被害が出ていた。


「ヘレン先輩!」

「この程度で死ぬかよ! あとこういうときはコードネームで呼べっての!」


 由乃の悲鳴のような呼び掛けに、腕に刺さった棘を手で引っこ抜きながらヘレンが応答する。穴だらけになった服の袖を見て舌打ち。用を成さなくなったそれを引きちぎると、その下から明らかに人間の肉ではありえない、金属質の輝きが現れる。


「フルボーグオーヴァードの“聖女の黄金マリーゴールド”様に半端なダメージが効くとでも思ってんのか!」


 人体をたやすく貫通する棘弾であっても、超合金製の戦闘用義腕は撃ち抜けない。さらに、穴の空いた機械腕が火花を散らしながら波打ち変形していく。金属がまるで流体のように形を変え、損傷した箇所を瞬く間に修復した。その光景は、ヘレンが機械の義体を《リザレクト》できることを――体に接続された異物を、自分の体の一部だと認識できるまでに一体化しているという証左だった。


 手傷をあっさりと回復した金髪のオーヴァードの胸元で、雷を模った徽章が煌めく。反撃とばかりに振り上げられた右腕を見て、相方である茶髪の新米エージェントは慌てて倒れ伏したジュリアをかばえる位置に移動する。


「今度はこっちの番だ、いつまでも好き勝手できると思うなよ木偶人形共!」

「Ⅰ▲≿∻∭⇌!?」


 咆哮。掲げた銀腕が紫電を纏って唸りを上げる。弾けて周囲の地面にまで閃光を散らす雷の偉容に、水晶人間達は明らかに警戒した様子で後ずさる。それは無論、ヘレンの持つブラックドッグ電磁系能力の発露に相違ないが、今この場で展開されているシンドローム能力はそれだけではなかった。


「本日は晴天微風なり……おかげで展開が楽でいい」


 影よりも密やかに。絢爛なる雷を隠れ蓑にして、ヘレンのもう一つのシンドロームが振るわれる。ソラリスの化学薬品生成能力で作り出された無味無臭の爆発性物質が、敵の周囲へ満ちていく。これが、散布した爆薬を敵に放った落雷で着火し2段構えのダメージを与えるヘレン必殺の布陣。


「砕けて消えな。――気取り屋女の癇癪ベニー・オン・マリア!」


 閃光と轟音はほぼ同時だった。水晶人間達の中央に着弾した天雷が、猛烈な爆発を引き起こす。びりびりとお腹の奥まで響く振動が、少し離れた由乃達まで伝わってきた。標的周囲の大気全てが爆発に変わるこの一撃に、防御姿勢は無意味。キリングゾーンに取り込まれた木偶人形の群れは、そのまま為す術もなく打ち砕かれ……


「……んげっ」


なかった。ボロボロと水晶の装甲を剥離させてよろめいているが、未だ健在。剥がれた水晶の下から新しい装甲を再生させて、再び行軍を開始する。


「∭Ⅰ+~$¶∻▲≿⇌――!!!」

「殺しきれねぇ!硬化と再生の合わせ技か!」


 ヘレンは悪態をついて再度雷撃を放つが、やはり耐えられてしまう。先程のようにしっかりチャージして放てば結果もまた違うかも知れないが、その前に敵の一斉攻撃が始まるのは自明だった。


(すぐにワーディングと爆発を察知した島のオーヴァード達が集まってくるだろうが、それまで新人と一般人を守りながら再生する敵をさばけるか……?)


 ヘレンは脳裏で計算を始めたが、視界の隅に前に出てきた由乃を捉え、慌ててそれらの計算を投げ捨てることになった。


「オイ“一目千本ブレイズデリュージ”、あんま前出過ぎんな! カバーしきれねぇ!」

「すいません、でも少しの間だけ持たせて下さい」


 由乃は意を決したように、眼前の敵を見つめている。無手で棒立ちのままのその様子は、まるで散歩か何かでふらりと現れたかのようだったが、実態は違う。レネゲイドの動きを多少でも感じられる者ならば、彼女の細い体の中で不釣り合いなほどに強大なレネゲイドの力が渦巻いているのを感じ取れるだろう。


「オマエがヤるってか……オーケー、オフェンスは任せるぞひよっ子!」


 その暴風のような力を感じ取ったのか、はたまた彼女の瞳の中に信用するに足る何かを見たのか。組み上げていた攻撃と防御を並行するプランを放棄し、防御のみに専念するヘレン。それに由乃は頷き返しながらも、声を上げた。


「はいっ、この一発で決着を付けてみせます。……それと、ひよっ子はやめて下さい!わたしだってちゃんとした、UGNのエージェントです!」

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