ミドルフェイズ・6
うずくまっていた姿勢から振り返ると、そこには声を掛けた2人の人物……先程心の中で謝罪したばかりの少女たちが並んでいた。
「なんで……」
「なんで見つけられたか、か? 途中で会った変な神父のオッサンが、こっちへ走ってくお前を見かけてたんだよ。それを聞いたのさ」
ヘレンが、頭を掻きながら投げやりな答えを返す。その答えも由乃の問いへの回答ではあったけれども、本当に聞きたい問いへの答えではなかった。2人もそれは解っているのか、ジュリアが進み出てくる。
「由乃ちゃん」
「あ……」
腰が引けて、後ずさるような体勢で見上げることになる。つい先程、怪我をさせてしまった相手。そのまま謝りもせずに逃げてきてしまった相手。罪悪感から目が合わせられず、不安から顔を上げきれない。
(せめて……せめてちゃんと謝らないと……)
そう念じて、やっと立ち上がる。そうして同じ高さになったプラチナブロンドの少女の顔には断固たる決意を伺わせる険しい表情が浮かんでいて――
「ホントにごめんなさい、由乃ちゃん!」
「ふぇっ!?」
一瞬で視界から消えた。風を切る勢いで頭が振り下ろされた、と認識するのに1秒ほどかかったが、その間に下がった頭は行きと同じ勢いで戻ってきていた。
「ヘレン先輩からちょっとだけ事情を聞いたの。ワタシ、急いで由乃ちゃんと仲良くなろうとしすぎちゃった!」
そう訴えるジュリアの顔はいたって真剣で、冗談を言っているようには見えない。
「この島に限らなくても、人には色んな事情が有ってあたりまえなのに……。誰だって踏み込んで欲しくない事があるのを忘れて、グイグイ行き過ぎちゃったの。だから、ごめんなさい!」
「ち、ちがっ……違うよ!」
慌てて声を上げる。だって違う。彼女が悪いような言い方だけど、そんなはずがない。背中から吹き付けてくる潮風に押されながら、必死で口を開く。
「わたしが……わたしがいけなかったの。何でもない事のはずだったのに、わたしが勝手に動揺して、チカラを暴発させちゃって……ジュリアさんに怪我までさせちゃって、わたしこそごめんなさい……」
泣きそうになるのを堪えながら、やっとその言葉を口にできた。もう同じ失敗はすまい。触れなければ――関わらなければ、これ以上この優しい人を傷つけずに済む。
「探しに来てくれてありがとう……わたし、一人でも大丈夫だから、一人で帰れるから。気にせず先に帰って――」
「それはお断り!」
「っ!?」
ぐいっと、手を掴まれる。ジュリアは由乃の手を……自分に火傷を負わせた筈のその手を躊躇わず握りしめてきた。
「だ、だめ、危ないです! ジュリアさん!?」
「今にも死にそーな顔で何言ってるの?全然大丈夫に見えませんー。ワタシ達は由乃ちゃんが心配でここまで探しに来たんだから、放って帰る訳ないでしょ!」
眉根を立てたジュリアの顔に、息を呑む。わたし、そんなにひどい顔をしているのか。この人達はそんなわたしを本当に心配で連れ戻しに来たというのか。胸の奥に名状しがたいうねりの様なものを感じて、でもそれが何なのかを理解してはいけないような気がして、由乃はただ硬直する。
と同時に、手を握られたことで気づくことが有った。
「ジュリアさん、手は……?」
手のひらから感じる感触は、柔らかく滑らかな女の子らしいものだった。火傷を負ったのなら水ぶくれや痕が引き攣れたようになるはずなのに。
「これ? 確かに最初は赤くなって痛かったけど、ヘレン先輩のエフェクトで治してもらったの。ほら、もう痕も残ってないし」
「アタシはこう見えても
手を開いて何事も無いことを見せてくれるジュリアと片目を瞑ってみせるヘレン。ジュリアはそのまま柔らかい表情を浮かべると、ずい、と身を乗り出して口を開く。
「だから、大丈夫だよ」
微笑む少女に、言外に気に病まなくていいと言われた事に気づき。胸の奥のうねりが一段と強くなる。どうしてこの人は、こんなに。
「なんで……?」
なんでわたしなんかを助けようとしてくれるの。先にも同じ問いを発した。その時は答えを貰えなかった。でも今度は。
「言ってやれよ」
一歩引いた位置で2人を見守っていたヘレンが、笑みを浮かべてジュリアを促す。不敵な笑みは彼女のトレードマークのようなものだが、今は少し優しげな気がする。ジュリアも軽く頷くと、改めて由乃に向き直り、ヘレンにも告げたその答えを今度こそ口にした。
「だってね、由乃ちゃんが寂しそうだったから」
そんな。
「人恋しい子って、なんとなく見ればわかるんだけど。由乃ちゃんもそのタイプなのはすぐ分かったの」
「……それだけで?」
ちょっと落ち込んでいる人を励ますような気軽さで、ここまでしてくれたというのだろうか。わたしは寂しいと寒いのは誰にも言っていない。少し動揺して普通じゃないとは思われたかもしれないけど、根本の想いは隠していた筈で、
「顔いっぱいに書いてあったよ。『寂しい、助けて』って」
「――」
「あんな顔されたら、絶対ほっとけないよぉ」
ああ。わたしはなんて馬鹿なんだろう。今日会ったばかりの人にも見抜かれるほど、今の境遇が堪えていたのか。それを上手く隠し通せていると思い込んで空回りして……挙句の果てに、隠せていると思い込んでいることも含めて気を使われていた。力が抜ける。1ヶ月前からずっと張り詰めていた何かが糸を切るように失われて、せっかく立ち上がったのにまたへたり込んでしまう。視界が滲むのは、あまりの情けなさに違いなかった。
「わたし……わたし……」
「うん、うん、もう大丈夫だよ。少なくともこの島に居る間は、ワタシがキミを助けられるから」
「助け、る……?」
「うん。……ねぇ由乃ちゃん。さっき部屋で、ワタシがこの島に来た理由、話したよね?」
「……?」
戸惑いながらも頷く。たしかあの時、この人は世界の真実を知りたかったからと言った。
「あれね、嘘でも間違いでもないけど……ちょっとカッコつけて、本当のことを誤魔化した言い方だったの」
少し気まずそうに、頭の後ろを掻きながらジュリアは言う。
「ホントはね、もっと個人的な理由。アカデミアで、オーヴァードになるっていうのがどういうことなのかを学びたかった。そうすれば、お兄ちゃんがもしそのことで悩んだり困ったりしても、家族で支えてあげられるでしょ?」
「あっ……」
「実際、知れて良かった。オーヴァードだって普通の人みたいに人間関係で悩んだり悲しんだりするんだって知らなかったら、仲良くなれた人にも声を掛けられなかった」
キミみたいにね、と付け加えたジュリアがしゃがんで、顔を覗き込んでくる。怖くて気まずくて、目を逸らしたい。心臓が早鐘のように打っているのを感じる。なのに何かに固定されたかのように、呆然と彼女の顔と向き合い続けてしまう。
「ワタシだってUGNの人達みたいに誰かを助けたりしたいからね。戦って守るのは無理だけど、友達になるのだったら出来るから」
少しだけ彼女の事情が自分に似ている気がして。でも出した結論は全然違うもので。
「うぁ、ああ……」
最早誤魔化しようもなく、胸の奥から感情が溢れ出してくる。ボロボロと涙を流して子供のように泣きじゃくりながら、眼の前の、自分なんかより遥かに強い人に手を伸ばした。自分では見えないけれど、きっと、助けを求めて縋り付くような有様で。
(そうだ、助けて欲しい……。怪物になってしまうとしても、やっぱりわたしはわたしの
背中に回された手から感じる温もりが、抗い難いほどに甘美だった。だから最後に、本当に聞きたかった、でもずっと聞けなかった問いかけを口にした。
「ジュリアさんは……オ、オーヴァードが、怖くは、ないのですか……?」
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