ミドルフェイズ・1
「どういうことッスかボス! なんでアタシまでアカデミアに!?」
『大声を出すな“
「声もデカくなりますって! 次の任務はアイツを送り届けた先で指示するとは聞いてましたけど、こんな辺鄙な島で足止め食らうなんて聞いて……」
『命令だ』
ぐっ……と、冷徹無比な一言で電話口にまくし立てていた少女の口が閉じる。決して強い口調ではないが、電話口の相手の声には反駁を許さない重厚な響きがあった。
『私は不必要な命令は下さない。お前をその島に配置することが必要だと判断したからそう命じた。――不服か?』
「……いいえ」
“
『お前の言いたい事も判る。個人的には最大限配慮したいと考えているが、組織の管理者として使える部下を遊ばせておくわけにはいかん』
ヘレンも、“ボス”の言い分は判る。UGNは慢性的な人手不足に悩まされており、多忙極まる本部エージェントたる彼が動かせる手駒は特に少ない。個人のワガママを通せるような状況ではないのだ。
『日本支部の管轄内に留めておくのが精一杯だ。……あの件については調査員に情報を集めさせている。手がかりが見つかったら必ずお前にも知らせよう』
「……はい、ありがとうございます」
『では、改めて通達しよう。UGNチルドレン“
「了解しました、“聖なる瞑想者”」
***
「了解はしたけどよー。したけどよぉ! なんで再訓練扱いなんだよチキショー!」
「あら。最近、戦闘スタイルを変えて新しいエフェクトにまだ慣れていないと聞いていますけど?」
「この前の実戦でも全然問題なかったっつーの! つうかなんで知ってんだよ」
「もちろん貴女の“ボス”からお伺いしたからです☆」
「口が軽すぎるぜボス……」
『
「あ、あの……。ひょっとして私、ご迷惑おかけしてますか……」
おずおずと声を掛ける。ヘレンが不満に思っているのは自分のせいなのでは。それが由乃には不安であった。知る人が一人も居ない
「ほらほら、貴女がいつまでも愚図って居るから雨鈴さんが不安がってるじゃないですか」
「うっせ、黙ってろ! ……あー、その、なんだ。別にお前さんを迷惑に思っちゃいないさ、由乃。こっちの性悪女と違って素直だしな。ただ、アタシは『目的』って奴があってな」
「目的、です?」
性悪ってどういう事ですかー? と抗議するメイド服の女を横目に由乃が尋ねると、ヘレンはどこか遠くを見るような表情になった。
「やりたいこと、つっても良いな。早い話アタシは島の外じゃねぇと出来ないことがしたいから早く出たいってだけなのさ。まぁ、ボスの話からするとお前さんの件が無くてもここに放り込まれてたっぽいし、気に病む必要はねぇよ」
がしがしとこちらの髪をかき回してくるヘレンは、普段より少し優しい目つきのような気がして。彼女が真実を口にしているかまだ由乃には判断がつかないが、気持ちはちょっとだけ軽くなった。
「ただほら、文句があるとすりゃこんな騙し討ちみたいな方法で伝えなくても良いんじゃね?ってことだよ。どーすんだよアタシ荷物とか手配してねぇぞ」
「あはは……どうするんでしょう……?」
「ああ、塩崎さんの私物なら雨鈴さんの分と合わせて午前中に届いていますよ?」
「へ?」
ぽかん、と口を開けた金髪の少女を尻目に、エリカは頬に指を当てながら何でもない事のように続けた。
「ご心配なさらずとも、ちゃんと全部寮の部屋に届けてありますから安心して下さいね☆……あのおっきなクマさんのぬいぐるみも含めて」
「だからなんで知ってんだよ! まさか勝手に開けやがったのか!?」
「だって透明なビニールで包んだだけの状態で届きましたし……見かけによらず、ずいぶん可愛らしい趣味なんですのね☆」
「テメェ今すぐその口を閉じやがれぇ!」
ぎゃーぎゃー騒ぐヘレンに、思わずくすりと笑ってしまう。成程、普段はボーイッシュで、どちらかというと『凛々しい』とか『男勝りな』と言った印象の強いヘレンの持ち物がクマのぬいぐるみとは。今エリカにからかわれて子供のように――実際、彼女も由乃とひとつしか違わない学生なのだが――顔を真っ赤にしている姿を見ると、ヘレンも普段のイメージ通りだけでは無い人だと思える。
(かわいいもの、好きなのかな。だったら今度お買い物に誘ってみようかな……。ぬいぐるみとか、お洋服とか。あ、その前にそういうお店があるか調べておかないと)
その手の店はエリカが詳しい気がする。全くの勘だが。実際この島で丸2年暮らしているそうだし。同行までお願いするのは……エリカの前にヘレンが嫌がるだろうか。
(どうして塩崎ヘレンを買い物に誘わなければいけないと思うのかな? その理由は、自分で気づいているよね、雨鈴由乃さん?)
うるさい
(彼女に迷惑に思われたくない理由と同じだよね、UGNの雨鈴由乃さん? 今キミが頼れる人はあの人しか居ないもんね。パパもママも中学の友達も、もうキミを助けてくれない)
しらない
(側に置いておいて貰えるように頑張らないといけないんだよね、オーヴァードの雨鈴由乃さん? じゃないとキミは本当にひとりぼっちになっちゃうもんね?)
ききたくな――
「おいコラ由乃」
声とともに軽い衝撃。視界が揺れる。いつの間にか俯いていた顔を上げると、呆れ顔のヘレンと気遣うような表情のエリカが振り向いていた。2人の向こうには信号が赤の交差点。
「俯きながら歩く奴が居るか。前見ねぇと危ねーだろ?」
「あっ……ごめんなさい……」
「色々悩みがあるのは判るけどさ、とりあえず今は止めとけ」
「はいっ」
頷いたヘレンが由乃の頭に振り下ろした手刀の構えを解き、前に向き直ったのと同じタイミングで信号が青に変わる。
「しかし、見た感じ外の街と様子変わんねーな。そこらを飛行能力持ちのオーヴァードが飛び回ってたりしてたら、ちょっと面白そうだったんだけど」
確かに、由乃の育ったS市の町並みと特徴的な差と言える程の違いはない。だから由乃としてはほっとしているのだが、ヘレンは退屈らしい。
「市街地でのエフェクトの使用は例外を除いて禁止ですからねー。まぁ、まともな生徒なら解禁してもそう気軽には使わないでしょうけど。使用と侵食が不可分な事は、ここでは幼稚園児でも知っている常識ですから」
「ま、そうだわな。遅刻免れようとエフェクトでショートカットかました挙げ句ジャーム化したら笑い話にもなんないし」
何事もないような口調で話されるその事情に、由乃は心穏やかではいられない。オーヴァードの能力は破滅と隣り合わせ。教育期間中からずっと聞かされ続けてきた警句はここでもついて回る。当然であろう、この島は世界中を探してもここにしか無いであろう、オーヴァードの島なのだから。
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