《八章》
「お兄ちゃん、今日はクリスマスだね」
窓の外を見ていたローレンが振り返る。
この日が来てほしくなかった。ローレンに聞かれそうなことは、予想がついていたから。
「やっぱり僕は良い子じゃなかったのかな」
「違う。きっと家が変わっちゃったから、分からなかったんだよ」
「……今年のプレゼントは、今までで一番欲しいものだったのになぁ」
「何を頼んだの?」
もしかしたら用意できるものかもしれない。
「……お家」
「家?」
「うん。僕とお兄ちゃんが住むお家」
「家は大きすぎたから、別のところにあるのかも」
「僕もそう思って、お家が入らなかった時の為にもう一個頼んだんだ」
窓の側に立っていたローレンの手が冷たかったので、それを両手で温める。
「お金……ずっと二人で暮らせるぐらいの。僕ケーキが食べたいなんて言わないからさ、ご飯が食べられればそれでいい」
「ローレン……」
「そうしたらオバさんに怒られることもないし、お兄ちゃんがイジワルされることもなくなるよ」
「僕は大丈夫だよ……でもサンタさんは信じなくていい。僕が叶えてあげるから」
「お兄ちゃんには無理してほしくないんだ」
「ふふ、ローレンは優しいね。ちょっと待ってて」
額にキスを送ってから、厨房に潜り込む。良かった……誰もいない。
「お兄ちゃん……?」
しーっと口に指を当てて、背中に隠したお皿を出した。
「クリームが余ってたからさ。僕からのクリスマスプレゼントだよ。大したものじゃなくて悪いけど」
パンにクリームを塗って、できるだけケーキに見えるように盛り付けただけ。それでもローレンは、目を輝かせて喜んでくれる。
「ありがとうお兄ちゃん……!」
「全部食べていいんだよ」
「でも……僕はお兄ちゃんにも食べてほしいな。それもお願いごと」
「困ったな。そんな風に言われると……」
いつもより暖かい気持ちで過ごせたクリスマスだった。
《九章》
自由な足を持っていない人魚姫は、その海の中が自分の世界だと思っていた。でも上には、もっと素敵な世界が広がっていた。
私は? 私はここしか知らない。上を見上げても、そんな世界は見つからない。私の世界はここしかないんだ。暗くて冷たい、海の底よりも寂しい場所。
鎖が外されて、暗闇の中で、初めて他の人間と出会った。
頭の中で時々誰かが囁く。そのおかげで、冒険は順調に続いた。人間になれなかった人魚姫の為にも私は歩く。
この人が本物だったら……きっと私を救ってくれる、私を人にしてくれる。
頭の中で囁いていた彼女は、少しずつ消えていった。それは私が正解に近づいているってことなのかな。
あの人が私を見つけてくれた。だから彼女の最後の言葉を、私は伝えよう。
――大好きよ、お兄様。
ちょっと恥ずかしそうに視線を逸らして、鼻をかいた。それからくしゃっと笑って、頭を撫でてくれる。
「タケル、ありがと」
「ああ……俺もな」
「ちょっとー、二人で何のお話?」
「なんでもないですよ」
「まぁ内緒話なんて、いやらしいわぁ」
「い、いやらしいことなんて!」
「これできた?」
「あ、待ってルリカちゃん! それまだ焼けてないわよ」
「お前見かけによらず、よく食うよな……」
指輪や絵本よりも、この景色を宝箱の中に入れられたらいいのにと思う。きっと、ずっとずっと続く私の物語。海より深くて、綺麗な濃い青の中で、空気を吸う。
ナイフはもう捨てた。
じゃあね、アリス。
《十章》
空っぽってつまり、なんでも詰め込めるってことでしょ?
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