《最終章》

《十一章》

空が同じ色に染まっていく。そんな何気無い景色に目を奪われていた。自分がいるこの場所が現実なんだと、改めて思わされる。

「こんな場所もあったんだな……」

ぽつりと呟くと、影が重なった。

「ほらよ」

今そこの自動販売機で買ったばかりであろう飲料を持って、小さく揺らした。

「ありがとう」

おうと返事をして、隣に座った。

どこかのビルの屋上。ここにはまだ子供が遊べるような遊具が置いてあった。この時間だからか、今は自分達しかいないけど。古くなった遊具には、幾つもの傷が刻まれていた。今なお現役らしい。

感傷に浸ってしまっていたからか、合図をするようにこちらを一瞥すると、口を開いた。

「ずっと……ってわけでも無いんだけどさ、考えてたことがあるんだ」

「何?」

「いやお前がさ、言ってたこと。あいつとあの場所のこととかさ、何か引っかかってて……自分なりに色々考えてみたんだ」

「……うん」

顔を一度見てみたけど、相手も夕日を眺めていた。

「悪いことをしているわけじゃない。俺なんかが想像できないぐらいもっと追い込まれていた人には、まさにユートピアみたいな存在だったんだろう。沢山の人を助けられる場所だったはずだ。だからお前も、はっきり悪いところだとは言えなかった。でもやっぱり違ったんだ。一つだけ悪いことがあったんだよ。……あそこにいればなんだってできるし、悩むこともなくなるだろう。でもそれが本当に良いことなのかって……それは幸せとは違うんじゃないかって」

目を閉じると、あの世界と自分の想像で作った家族の姿が蘇った。

「あの場にいたら、考えるということを止めてしまうんだ。新たな刺激を求めずに、感情が麻痺していく。辛かったこと、それを乗り越えたこと、今までのことを忘れてしまう。わざわざロボットなんかにしなくたって、機械みたいになっていくんだ。それは自分を無くすこと、殺すことでもあるんじゃないかって。何も感じない、分からなくなるのが、一番の幸せか? それはただの放棄だ。楽がしたいだけじゃないか。生きるって……人間として生きることの理想が、何も感じなくなることなんて、そうじゃないって思うんだ」

ただ従うだけの日々……あの時は確かに、何もしないで良かった。自分の存在意義なんて考えるだけ、唱えるだけ、虚しくなるから。でも今は少しずつ、形になってきている気がする。自分の輪郭がうっすらと見えてきた。

「天国なんて、楽園なんて……この世界にはないんだよな」

「そうだろうな。でもこのぐらいの小さな幸せの方が、自分に合ってる気がして落ち着くんだ」

あの人は普通の幸せを知らなかったのかもしれない。もしくは忘れてしまったか。

こんな風に語り合える友と過ごすこと。ここから見えるごちゃごちゃの景色を照らす、陽の暖かさを。

ふと飲もうとした缶はもう空っぽになっていた。その一連を見られていたようで、隣で吹き出すように笑った。

「はは、何してんだよ。じゃあ暗くなってきたし、そろそろ……」

「帰ろうか」

「……ああ」

こんなちっぽけな遊具が、幾つかあるだけの場所。でも誰かの心を動かしている。その時に分かった気がした。

多分それは与えられるものではなく、自分で探しにいかなきゃ見つからないんだと。どう感じるかは、日々変わっていく。その捉え方は、自分の中でしか捕まえられない。

俺はもう幻影を求めるだけの機械にはならない。

確かにあの人の言いたかったことも分かる。だってこんなにも汚くて最低で、どうにもならないことばかりで、勝手な決め事も沢山あって……意思までも世に出てしまえば、歪んでいってしまう世界。既にもう自分達は手遅れなのかもしれない。

でも今だけは……。

この花が、風景が、自然が残っている内は、やり直せるということを覚えておきたい。そしていつか貴方に教えてあげたい。そんなちっぽけな思いだけを残して、俺は進む。

この先、相変わらず逃げ出したくなるようなそんな出来事ばかりだろう。でも自分の声に振り向いてくれるものがいる。誰かが作った機械じゃない。

いつか亡くなる日が来ても、それまで築き上げたものは素晴らしいものだったって言いたい。

絶望が広がる世界だったとしても、全てが飲み込まれることはないって信じていたい。

そうしたら、貴方は笑ってくれるかもしれないから。



《十二章》

ここが終わったらどうするんだ? みんな飽きてしまって、誰も来てくれなくなって、そうしたら終わってしまうんじゃないか? 夢は……覚めてしまうんじゃ。


あらバカね、終わらないわ。夢はまた見るものだから。覚めたら、新しい別の夢が始まるの。物語はね、ハッピーエンドの次にもまだまだ続く。絵本なら幸せに暮らしましたでいいけど、現実ではまた色んな問題が起きて、悪いことと良いことが順番に流れていく。

その都度、誰かは夢を見る。だから終わることはないの。私、本当の夢が始まるのは、この身体が眠ってからだと思うのよ。だってもう覚めることはない。永遠を手にできるのよ。

貴方も私もこの世界にいたということは、変えられない事実。私たちは産み落とされた瞬間から、事実も一緒に生まれるの。それは逃れられないことよ。


君は、その事実をどうするんだ?


あら、私にはどうすることもできないわ。存在として認められるってだけだもの。

でもね……私から影響された物事を、私以外の他人が共有できたら素敵……いいえ私はただ、いっしょに遊びたいだけよ。

きっと誰かが新しい夢を見ている。だからね、また一緒に遊びましょ。

ほら、瞳を閉じて。

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