続
「今から三日後、今度は本番です。この遊園地がオープンします。……坊ちゃんはどうせ暇でしょうから、来ることは構わないと仰っておりました。優しさに感激で涙が溢れそうです」
「あーえっと、俺も見ていいか……?」
どうぞと渡された手紙は印刷されたものだった。内容はオープン時に三百人程度を集めて連れてくる。篠宮に関しては参加するもしないも構わない。他に誰を連れてこようとも、別に私は関わらない。だが少女を汚すようなことをしたら、その時は分かっているね? と書かれていた。
「一応聞いておきましょうか。こちらに来ますか? 坊ちゃん」
「……っ」
「篠宮、大丈夫か?」
髪の毛が顔にかかっていて、表情が見えない。でも普通の状態でないことは確かだ。
「今度は何をするんだ?」
「オープンといってもプレオープンなので、本番はまだ先なんですけど……それでも大事な一戦には違いありません。何も知らないゲストを迎え入れる初日ですからね。まぁテストは一応ありましたけど……このような大量のお客様は初めてです。どうなるかは我々も未知の状態ですが、とりあえず一般人を集めて遊園地を解放するということは決まっています」
「少し考えさせてくれ。明日までには伝えに行くから」
「いいえー、わざわざ坊ちゃんに足を運んでもらう必要はありませんよ。内線で結構です」
わざとらしく笑顔を浮かべてお辞儀をすると、そのまま出て行った。どうしてこんなに仲が悪いんだろう。二人は。
パタンと扉が閉まる音を聞いた篠宮の体から力が抜けた。床に膝をついている。
「おい、どうしたっ」
「森、下……」
「とりあえず椅子に座って……」
「俺にはあいつが分からない!」
ガッと肩を掴まれる。苦しげな表情で訴えてきた。
「分からないんだ……行動の一つも分かったことなんてない。あいつのやろうとしていることが、良いことなのか悪いことなのか……俺には、分からない」
「篠宮……」
「俺はきっと抗えないんだあの人に……。俺だって、とっくにこっち側の人間だったんだ……っだから、何か悪いことが起きても俺は……俺は……っ」
「落ちつけよ。だってお前は……俺を助けてくれたじゃないか。だから大丈夫だよ。何か起こっても、お前が助ければいいんだ。俺も手伝うし……」
「……違う。俺は……お前に、ここに残ってくれるように頼むつもりでいた。それは誰かを助けたいからなんて……立派な理由じゃない。ただ一人になりたくなかったからだ! そんなことで……お前の住む世界を……家族を裏切らせようと……したんだ」
家族……その存在のことを考えないようにしていた。それは学校で目を覚ました時からだ。忘れているなんて、そんなはずないと思いたかったから。それなのに、やっぱりここまできても思い出せない。何かされたのかもしれないけど、篠宮は知らないみたいだ。
「三日後、行くのか?」
「……行かなきゃいけない気がする。何か……きっと起きる」
「こんな状態で行けるのか?」
「……っ」
「俺はこのまま帰ったとしても、スッキリしないと思う。ずっともやもやしたまま……後悔する。それは多分一生消えない」
「ここのことを忘れるぐらいなら……多分できる。だからこれからも、気にせずに生きていけるよ」
少し無理したように笑って、立ち上がった。
「お前には格好悪いところばかり見せているな。そろそろ俺も、この場所と向き合わなきゃいけない」
「……俺も行く」
「えっ?」
「いくら忘れるったってダメだ。納得できない。このままお前を置いたまま、帰れない」
「森下……」
「だからもうそんな顔するなよ。悪いことばっかじゃないって……な? そりゃ辛いこともあったけどさ……ここに来て、お前とジョーカーに会えたことは良かったと思ってる」
「もう少しだけ……付き合ってくれるか?」
「ああ……お前の親父にも言いたいことがあるしな。つーかぎゃふんと言わせてやれよ」
「はは……なぁ、森下……」
「ん?」
「運命とは実に不思議なものだ。俺は心のどこかで求めていたんだろう……それはきっと、無理やり作ることなんかできないんだ。完成したとしても、それが求めていたものとは限らない。人の力なんかで操作できるものじゃないんだ」
「……え? 急に難しい話するなよ。何言ってんだお前は」
ふぅと息を吐くと、何か悪い物が抜けたように、そうだなと笑った。
「これを見てくれ」
近くにあった椅子に座ると、手を広げるジェスチャーをした。
「おお、なんか出てきた!」
空中にスクリーンのようなものが現れた。そこには地図が映っている。
「今いるのは……この辺だ。一般人では入れない部分になっている。ここの前のスペースにある建物には実際に住めるらしいけど、なんでこんなものまで作ったんだろうな」
「……嫌な予感しかしないな、それ」
「地図を見て大体の把握はできたけど、実際外に行って見た場所はほとんどないんだ。絡まれると面倒だからな。……ここに外から来た人が現れたら、どうなるかな」
「またゲームでもやらされるのか?」
「さぁ、そうかもな。にしても……遊園地の外は今どうなっているんだろう。出ようと思えば出られるかもしれないけど、確認しに行くのも怖いんだ」
軽く手を振ると、地図が消えた。
「森下」
「ん?」
「一人だったら悪いことしか想像できなかった。今は、大丈夫な気がするんだ……だから頼ってみてもいいか」
「……ああ、任せろよ! ……うん」
「なんだその間は」
「俺はお前みたいに色々考えられないしさ、できることも少ないかもしれないけど……お前を一人にしないってことだけは約束する」
「……森下」
「お前が頭を使って、俺は駒として動くよ。あれ……でも、もしかしなくても篠宮の方が運動神経いい?」
「……いや、そうでもないだろ。多分」
「お前びゅんびゅん飛び回ってたよな……俺を抱えたまま」
「ああ、そうだ森下。元気そうなら部屋を移動しよう。沢山余ってるからな。俺が普段使っている場所の隣でいいか。この部屋より少し狭くなるけど、ここより物が揃ってるから便利なはずだ」
「いいけどさ……今はぐらかしたのか?」
声を上げずに口角を上げた。
もっと酷い環境かと思っていたけど、意外と充実した暮らしをしているようだ。
暗闇の中で篠宮が囁いた。
「同じ姿勢だったから、少し体が痛いな……」
「確かに。結構長かったもんな」
「……そろそろ、いいか?」
「そうだな……」
篠宮の手が肩に触れた。
「アレじゃないか?」
「どれ?」
「あそこだよあそこ……見えないのか」
「見えないってば、暗いし」
天井からぶら下がる心許ない明かりの中で目を凝らす。
「ほら、あれ……」
「あっ! うわぁ……可愛い……な」
「森下、お前はそっちの趣味だったのか。人の趣向はそれぞれだからな。俺は何も見なかったことにするよ。だけど法に触れることには気をつけろ」
「だから、違うって!」
「静かに。あまり目立つな」
「ご、ごめん……」
……ってこれ俺悪くないよな?
「あれが例の少女か」
「まぁ、あのレベルなら分からなくもないよ。マジで人形みたいだもん」
「森下……!」
あれだと背中をバシバシ叩かれた。その少女に、同い年ぐらいの少年が近寄っている。
「なるほど。あれが正解だったようだ」
「俺は不正解と言いたいのか」
「あのクラスは以前の少年がいた場所だとは言ったが、そんなのはやはり関係なかったみたいだな。それにしても……」
じっとこちらを見てきた。
「どう見ても、あの子と俺は似合わないって?」
「よく分かったな。凄いぞ、正解だ」
優雅にぱちぱちと拍手をした。
こいつ……。じっと睨んでも、馬鹿にしたような笑みは崩れない。
篠宮のもう一つの部屋は、最初の部屋とは随分変わっていた。漫画やゲームが踏み場もないほど積まれていたり、可愛らしいぬいぐるみも沢山あった。それだけでも意外なのに、寝室で飼っているうさぎには驚いた。五匹ぐらいいただろうか。それの全てに姫や花などの可愛らしい名前をつけて、それはもうデレデレと可愛がっていた。
「……どうやら、そろそろだな」
「っああ! 分かった」
全身にうさぎを乗せられたことを思い出していたら、意識が遠くなっていた。そのことは、今は忘れよう。始まるみたいだ。本番が。
――ガガッ……ピー……。
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