《二章》
目を覚ますと、白い天井が見えた。両手を横に伸ばしても、ベッドの端を掴むことはできない。これがキングサイズというやつか。
起き上がってみると、白を基調としたオシャレでスタイリッシュな空間が広がっていた。こんなに広いのに、いくつも扉がある。この先にもまだ部屋があるようだ。
人の家というよりは、豪華なホテルのようだった。インテリアに使われた形跡がない。
目の先にあるのは大きな窓。そこに映っているのは空だけだ。遮るものがないということは、ここは高層階?
「……で、なんでこんなところにいるんだろう」
沢山あるクッションを避けて、ベッドから降りた。手触りのいいパジャマまで着せられている。こんなものは持っていないので、自分で着たわけじゃないだろう。
とりあえず部屋の観察でもするかと歩き出した時だった。
コンコンと扉が叩かれる。一応警戒して体に力を入れた。武器になりそうなものは近くにない。枕でも持っていた方がマシだろうか。そんなことを考えていたら、扉が開いていた。
そこから涼しい顔をしたあいつが現れた。
「おはよう、起きていたんだな。良かった。食欲はあるか?」
「いや、待って待って……まず、ここはどこだよ。学校にいたはずだろ」
「ここは俺の部屋だ」
さらりと告げると、優雅に紅茶を注いだ。
「お前の……部屋?」
「とりあえずこれ飲んで。そんなに熱くないけど、気をつけて」
紅茶よりコーヒー派と言うのを引っ込めて、口をつけた。飲むまで無言で見続けてきそうなやつだ。
飲むのを確認すると満足したのか、窓の方に向かった。いくつかのカーテンを開けると、明るい光が部屋に差し込んだ。
篠宮は制服ではなく、普段着だった。いや、これが普段着なのか? 白いシャツは学校指定のより高そうなやつだ。下もシンプルな黒い無地のやつ。こいつってお坊ちゃんなんだっけ?
それをさらりと着こなしているのを見ると、確かにここが篠宮の部屋だというのも頷ける。多分ヴァイオリンかピアノを弾ける。白い毛の長い猫も抱いている。
窓の外は穏やかな天気だった。久しぶりの太陽と青い空。眩しいほどに、綺麗だった。
カチャリとコップを置いた音で振り返る。
「疲れているなら、まだ横になっててもいいけど。食べられそうなら何か入れた方がいい」
「ああ……そうだな。体は問題ない」
気分はスッキリしていた。それよりも篠宮の態度の方が気になる。どこかよそよそしい気がするのは、気のせいだろうか。
「何か食べたいものは……」
「えっと……任せるよ」
「……分かった」
「それよりもさ、聞きたいことがあるんだけど」
ティーポットを確認していた篠宮の手が止まった。
「俺っていつから寝てた? っていうかあいつらは……」
「……森下、どこまで覚えてるんだ?」
「えっ?」
「一度落ちついて話した方が良さそうだ」
ちょっと待っててくれと、また出て行ってしまった。
どこまで覚えてるって……そうだな。俺は学校にいた。閉じ込められて、中で色んなことがあった。人数は減ってしまったけど、ジョーカーが助けに来てくれた。それから……最後に、知らない男が来たんだ。その後ジョーカーが……。俺は助けられなくて……。男がシャッターを開けた。眩しくて目をつぶって、それから……どうしたんだっけ。
気を失ったのか? ここへは篠宮が運んだ? 他の奴らは……。
篠宮は銀色の台に色々乗っけて運んできた。お茶も新しく用意されている。
「大丈夫そうなら食べてくれ」
すぐ用意したにしては、オシャレなご飯だ。カフェで出てきそうなものを食べながら、篠宮の話に耳を傾ける。
「彼らは一応この中にいる……はずだ。俺にもどうしてるか分からない」
「どうして俺だけ、ここに……」
「……あの後、助けられたのは一人だけだった。皆はあいつの部下に連れ去られたんだ」
やっぱりどこか変だ。集中できていないというか、空気が抜けてしまっているような感じだ。肘をつきながら、ぼうっとした様子で窓の方を眺めていた。
「何かあったのか?」
食べ終わってから声をかけると、ゆっくりと振り返った。顔の表情は全く動いていない。
「えっ……」
急に立ち上がるように言われ、そのまま窓へと向かった。それを追いかける。
「ここは……」
手を窓枠につけて、前のめりになった体を後ろから篠宮が引っ張った。
「あまり身を乗り出すな。落ちるぞ」
「は? ここ……なんだよ。こんなの……どこの国っていうか……え?」
「ここが遊園地だと言えば、疑問はなくなるか?」
「遊園地……?」
いきなり出てきた言葉を繰り返す。目の前の光景は見たことがないような奇妙なものだった。
「この空もよくできているけど、本物じゃない。周りは住宅街が広がっているように見えるけど、奥の方には大きな滝やアトラクションが見えるし……右を見れば空の色も変化している。普通じゃありえないだろ? それも全部ここが遊園地の内部だから。左側を見てくれ」
「学校……! ってことは」
「初めから全て嘘だったんだ。俺たちはずっと、この遊園地の中で作られた学校で過ごしていたんだ。外に出れば帰ることができると信じて……」
少し思い出した。倒れる前に見た光景。シャッターの向こう側は、思い描いていたところとは違っていた。よく分からないものを売っている自販機、なぜか潰れない駄菓子屋……面倒な坂道も見当たらない。
「……っ」
「森下、大丈夫か」
「まぁ……驚いたけどさ」
ベッドに再び座ると、篠宮も同じように座った。隣で口を開けては閉じるを繰り返している。どうやらまだ言わなければならないことがあるらしい。
「森下は、帰りたいよな……」
しばらくして呟かれた言葉は、弱々しく耳に届いた。
「……帰る……場所があるから」
学校にいる時と同じ顔をしていた。辛そうな、苦しむ顔。
「帰らなきゃ、だよな。どっちの方がいいのか俺には分からないけど……森下は、帰らなきゃ」
まるで自分に言い聞かせているみたいに呟いている。
「篠宮……」
「でも外がどうなっているのか分からない。もしかしたらこっちの方が安全なのかもしれない」
「帰らない方が、いいってことか」
「……ごめん。変なこと言った。気にしないでくれ……すぐに帰すよ」
無理やり作ったような笑みを浮かべて、振り返った。
「何か引っかかることがあるんじゃないのか?」
「……ないよ」
「篠宮、お前なぁ……」
今度はちゃんと言えと言う前に、コンコンと扉の叩く音が響いた。
「……誰だ」
「失礼します」
その扉から現れたのは、上着を脱いで仮面を外した……ジョーカーだった。
「お前はここに来るなと言ったはずだ」
「私だってわざわざ暇潰しに貴方の顔を見に来ると思いますか? ご主人様の命令ですよ」
「……ジョーカー」
「違う、森下。これはあのジョーカーじゃない。あの時にはいなかった……俺達のことは知らない……ジョーカーだ」
「カメラ越しには見ていましたけどね。ま、初対面というのは間違いないでしょう。私は他のジョーカーと違って、ご主人様の側近ですから。実験の為だけに使い捨てられただけの存在とは違うんです。ふふふ……」
「余計なことはいい。早く用事を言え」
「はぁ……坊ちゃんはユーモアが通じない人ですね。はいはい、今回はお手紙を預かっているんですよ。貴方宛です。わざわざお忙しいご主人様が貴方の為に……」
篠宮は手紙を奪うように、破く勢いで開いた。
「……何だこれ」
指先が震えてる。ジョーカーがそこから手紙を取り上げた。
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