ジョーカーの追憶

真っ白だった私の世界。今目の前に広がるのは、どこまでも……どこまでも続く空。

かつて研究所があった場所は、何も無くなっていた。今思えば彼らも、あの人達と同じものを目指していたのかもしれない。

理想とは、夢とは……悲しいものだ。

世界は広い。自分の何倍にまでも広がり、この体を置くには大きすぎて……存在が消えてしまったのではないかと、錯覚することもある。

でも確かに自分はここにいたんだ。

誰も覚えてなくていい。世界が俺を知らなくても……。

手を広げると、風が体を突き抜けていった。

この景色を貴方も見ていたのだろうか。

最期に見たのは、どこまでも広がる――白だった。




【special ending】

男はその場所から世界を見下ろしていた。

どこまでも広がる夢の世界。その中では小さな物語が、大きな物語を作っていた。

「ローゼン、こっちへおいで」

手すりに寄りかかって、二人で世界を眺める。

「みんな、楽しんでくれているかな」

「あの人も、あの人も……どこを見ても、笑っている人ばっかりですよ」

「そっか、良かった」

「ご主人様の作った夢が、みんなを幸せにしているんですよ」

隣にいた男の方を振り返ると、人差し指を口に当てた。

「その呼び方は……違うでしょ?」

からかうように制すと、顔に熱がぽうっと集まった。まだ慣れないというように、何度か口の中で繰り返してから言い直した。小さく息を吸って、世界に向かって呟く。

「アーネスト様の作った物語が、未来まで続いていくんですね」

「もう悲しいことがなくなるといいな」

暖かい太陽が世界を染めていた。

しばらくそうしていると、後ろからピアノの音が聞こえた。

「あれ、誰だろうね」

「いつもはアーネスト様が弾いていますからね。これは……誰かな」

ピアノの音に続いて、色々な音が重なった。

「みんなで演奏会でもしているのかな」

奏でているのは、幸せで暖かいメロディだ。カラフルなシャボン玉がふわふわ流れて、ぱちんとはじけたような楽しい音。

「あーっ! なんだ、二人ともここにいたのね。もうお茶会は始まってるわよ。ふふっ、今日はジャックに教わったから、きっと美味しいはずよ」

二人で顔を見合わせて笑う。

「な、なによ! この前は……ちょっと、ちょっとだけ温度が違っただけだもん!」

「お湯が沸くのを待ちきれなくて、ね」

ぷぅと膨らませた頬が赤くなった。

「ほらほら今日はうまくいったみたいだし、お手並み拝見といこうか」

「そうですね。お茶菓子も楽しみだ」

「ローゼン、あんまりお菓子ばっかり食べてたら太るよー?」

「その言葉、そっくりそのまま君に返すよ」

「もう!」

ローゼンはアリスをからかいながら部屋へと向かう。良い匂いが辺りに漂っていた。

ふと立ち止まって、後ろを振り返る。一瞬だけ、何かが光った気がした。

……まぁいいや。早くしないと紅茶が冷めるからね。

白い光は、高く空へ登っていった。

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