(2)

「あそこに座っているのは、無理やり繋ぎ合わせただけの人形です。完成しても貴方に応えることはない。喋る事も、瞬きすらもしない」

言葉が勝手に口から出ていた。もう恐怖心は薄れている。

「君は一体何が言いたいんだ……僕は彼女を作らなくちゃ……あの子を作れば、見つかるんだ。早く分かりたい……僕が求める……」

「貴方の理想じゃなかったら、求めているアリスじゃなかったら、どうするんですか」

「そんなこと……あるはずない。僕は……違う! 私は何年も待ったんだ! 私の生涯の中で一番のパーツを合わせた。失敗するはずない! ……いや、まだ私の知らない奇跡がどこかに落ちているかもしれない。もっと待てば……ああ、そうだね。これが失敗したら、また作り直そう。何回も何回も、何回でも作って、完璧になるまで!」

「いくら作ったって、貴方の理想は叶えられませんよ」

「なに……言ってるんだっ」

「何人もの犠牲を払って、いくら作り直しても……貴方の求めるものは、そこにはない!」

「あるよ……だっていくつも、たくさん実験したんだ……ジョーカーだって、僕に忠実の良い子ができたよ。今働いている子達はとても優秀だろう? 僕が期待してなくても、成功したんだから……失敗なんてするはずない」

「偽物をいくら寄せ集めたところで、偽物にしかならない」

「黙れ……黙れ黙れ黙れ……黙れ黙れ黙れ!」

胸元を掴まれた。ギリギリと指が首にめり込んでいる。離そうとするけど、力が入らなかった。

「もういい……お前から先に貰おうか。それを」

胸に突き刺すように指を立てた。

「……っ」

「この心臓を使わせてもらう。本当は私のを入れたいが、そうしたら完成したあの子が見られないだろう? 彼女の為なら犠牲になるつもりだったけど……あの子と繋がっている君なら、代わりが務まるよね?」

更に力が込められた。恐怖と苦しみで体が固まる。

嫌だ……その声は奥に引っかかって、喉からは細い息が出るだけだ。

「君の体ならまた作ってあげるよ。なんなら、もっと格好良く作り直そうか。私や皆のようにね」

掴んでいる指が冷たい。氷のようだ。だんだんと視界が歪み始めた。もうダメなのか? 俺はルリカを救えないのか。りょうさんはどんな顔をするだろう。泣くのかな、怒るかな。もう一度会いたかった。ルリカが願ってくれたのに。また三人で……。

急に男の動きが止まった。都合のいい映像を見ているのかもしれないと思ったけど、ふっと体が軽くなる。

「誰だ……どこから?」

辺りを見渡している。誰か来たのかと思ったけど、そんな気配はしない。

「声が……誰の……」

何が聞こえるのかと耳をすませてみたけど、何も聞こえてこない。それでも彼は完全に動揺しているみたいで、手は首から外れていた。

「聞いたことがある……昔、ずっと昔に……私をこう……呼んでいた……」

早くルリカのところに行こうと、歩き出した瞬間だった。

バンッと大きな音がして、扉が吹き飛ばされた。風圧が凄かったのか、ガラスは粉々になり、部屋の中はぐちゃぐちゃになっている。扉の前にいなくて良かった。

「……え?」

何が起こったのかと前を見ると、最初に会った帽子の人が立っていた。隣に白衣を着た男もいる。

「ここは俺に任せてさっさと逃げろ」

その二人を見ていると、頭の中に言葉が浮かんできた。

「帽子屋……」

そのまま呟くと、少し驚いた顔をした後、泣きそうな顔で微笑んだ。

「お久しぶり、少年」

心臓がぎゅっと掴まれたような感じがした。彼はきっと大事な何かを守る為に、共に戦った仲間だ。

「ご主人様……っ!」

廊下の奥から凄い声が聞こえた。その数秒後に、部屋の中へ飛び出すように現れた。その男は、一目散に倒れている彼の元へ駆け寄る。

絶叫しながら近づいて、震える手で様子を確かめた後、帽子の男に振り返った。その目は今にも殺してしまいそうなほど、燃えている。

「貴様……!」

刃を取り出すと、全力で走り出した。それは想定していたのか、帽子屋も反撃する。激しいぶつかり合いで火花が散った。彼は一心不乱に、とにかく刃を当てていた。帽子屋は避けるだけで傷つけようとはしていない。

「早く、今のうちだ!」

白衣の彼に急かされ気になりつつも、次の扉に向かって走った。



ジャック、君にはちゃんと話さなきゃって思ってたんだ……。そう言った親友の顔は辛そうだった。今まで話してくれと言っても、避けられていた事。最近は俺と目すら合わせないようになった。だから恐らく、俺に関する話なんだろう。あまり楽しくない、ね。

「でも先に、まずはアーネスト達をなんとかしないと。この日の為に作っていたものがようやく完成したんだ。これで止められなかったら……もう打つ手がないけど、多分大丈夫だと思う」

「猫には秘密がいっぱいだな」

「……ごめん。終わったら全て話すよ。で、アーネストの日記を僕は見たことがあるんだ。結構前にね。今はその日記自体がなくなっちゃったから、アーネスト自身も覚えてないと思う。辛い記憶だから閉じ込めてしまったのかもしれない。でもそうしたことによって、今こんなに苦しんでたら……意味ないよね」

眉を曲げた笑顔。昔からよくする表情だった。

「分かったよ。ここまで来たら最後まで付き合う」

「うん……じゃあその子を迎えに行こうか」

迷わずに進んでいる。この城はチェシャもよく来ていたのか。

アーネストの大事なものを運び、少年の元へと急ぐ。廊下の外まで声が届いていた。随分興奮状態のようだ。少年が危険かもしれない。

チェシャが懐から急に何かを取り出した。それを部屋に向けて投げつける。俺が思っていた通りの爆音が響き、当然ガラスなので辺りは粉々になった。

きょとんとしている少年と、倒れているアーネストが見える。これ大丈夫なのか? 聞こうと思ったけど、この状況では起きない方がいいのか。

少年と目が合った。熱いものが胸を過ぎる。

この目を……俺は信じたんだ。あの子を見つめる、優しい視線。……あの子?

考える前に、後ろから激しい足音が聞こえてきた。

ジョーカーがこちらを見る。どう考えても歓迎されていない。俺が構えるより先に、チェシャが反応したのが分かった。しかしその手を引っ込めて少年を促す。

ジョーカーはやけになっているのか、我を忘れたように全身で攻撃をしてくる。少し気を抜けば、簡単に体を貫きそうだ。

「俺を、殺すつもりか?」

「うるさい! この人を傷つける奴は全員敵だっ……さっさと消えろ!」

今ジョーカーには俺しか見えていない。チェシャにさりげなく合図を送った。

それに気づいたのか、バレないように後ろに回ると、ジョーカーに一撃を当てた。気を失ったように床に倒れる。

「……ごめんな」

動かなくなったジョーカーを見ると、その目元が濡れていた。服もあちこち破れている。

「チェシャ……」

ジョーカーは死んでいない。少し眠っているだけだ。それなのに、どうしてそんなに悲しい顔をしているんだろう。俺よりもジョーカーといる時間の方が、最近は長かったからかもしれない。

いつの間にかアーネストが消えていた。ジョーカーと戦っている隙を見て出て行ったのだろうか。

少年とあの子を離してはいけない。それを守る為に俺はいるんだ。あの子を……アリスを。

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