(1)

【硝子の城】

地図には載っていない場所や、従業員専用の通路などを進み、やっと着いた。

案内してくれた彼らでも、この場所には入れないらしい。お礼を言って、もう一度城を見上げた。

随分離れた場所なのか、周りは暗くて何もないところだ。目の前にはまさにという、ガラスでできた建物がそびえ立っている。

「ちょっと不気味なところですね」

中は迷宮とまではいかないけど、あちらこちらに反射する自分の姿が不安を煽った。もしかしたら、もうここから出られないかもしれない。

「それに、少し寒いわ」

中を進むと、扉の前には鎧を着た兵士が立っていた。不気味だったけど、動く様子はない。

そっと扉に近づく。ドアノブに手をかけた瞬間、横から音が鳴った。

「……!」

鎧の中身は入っていないと思ったけど、鋭い武器をこちらに向けている。少しでも動けば肌に当たりそうだ。

「タケルちゃん! 大丈夫?」

どこから見つけたのか、りょうさんも鋭く光る武器を持っていた。そのまま兵士に体当たりするように突っ込む。

兵士が揺れて倒れそうになったけど、持ちこたえた。攻撃の方向を変え、今度はりょうさんめがけて剣を振り下ろす。

「タケルちゃん。ここはあたしに任せて、早くルリカちゃんを見つけてあげて!」

「りょうさん!」

兵士の剣を避けて、背中に鋭い一撃を打ち込む。そのままこちらを見て、ふふっと笑った。

その姿が記憶の中の誰かと重なる。そうだ。前にもこんな風に誰かに助けてもらった。

「あの子達、待っててくれるかしらね」

「あれ本気だったんですか?」

確かにここに来るまでは、結構楽しく話してたみたいだけど。

「こんなに頑張るんだから、どうせなら皆で迎えに来てほしいわね」

「でも一番カッコいいのは、りょうさんですよ」

「も、もうタケルちゃんってば! そんなこと言われたら頑張らないわけにはいかないじゃない」

「絶対無理はしないでくださいよ、危ないと思ったら逃げてください!」

「分かってるわよ。あたしだって、絶対にルリカちゃんとあんたと三人で、もう一回遊びたいんだから」

約束をするようにしっかり視線を合わせて、頷いた。

扉を開けて、更に奥に進む。ずっと薄暗く、何もない道が続いている。家具や照明の類もなかった。

「……ルリカ……いるのか?」

自分の声が反響する。間違えようにも、道は一本しかない。なのに何も聞こえないと、心配になってくる。ルリカは声が出せず、体も動かせない状態なのだろうか。

「――少年」

突然肩に手を置かれ、びくっと体がはねた。今まで何の気配も感じなかったのに……。背筋がぞっと冷たくなる。

「こんにちは、きちんと挨拶したのは初めてだね」

男は燭台を持って現れた。ロウソクの火で照らされた男は、造り物のような顔をしている。なんというか生気を感じられない。

「私はアーネスト。ここの製作者、支配人とも呼ばれているよ」

「ルリカを連れて行ったのは貴方ですか? ルリカはどこに!」

「ああ、焦らないで。まだ儀式までは時間があるんだ。……それに、ちょっと困ったことになってね」

「困ったこと?」

「フフ……君にも確認してもらおうか。とりあえず、それを見にいこう」

ただの壁の一部が開いた。その中に入った後も、色んな場所に触れている。この建物内に入るのすら大変なのに、これを間違えたらどうなるのだろう。ここまで厳重にする必要はあるのか。ああでも、この光景も前に見た気がする。

いくつものセキュリティーによって守られていた場所。その先に大事な誰かがいたはずだ。

辿り着いた扉に、指を這わせた。サインのような模様を書くと、重い扉がゆっくり開く。

「腐らないようにしているから、ちょっと寒いかもしれないよ」

何がとは怖くて聞けなかった。廊下にはこつこつと足音だけが響いている。確かに入った時よりも温度が下がっていた。

ガラスの扉を開けると、真ん中に一人の少女が座っていた。

「これ、は……」

「美しいだろう? これが私の作る――アリスだよ」

「アリス?」

金色の流れるようなブロンド、白く透き通る肌、真っ赤な唇。その瞳は閉じていて、眠っているように見える。

「これ人形……人間?」

「まぁ本物の人間を使っているから、そう見えてしまっても仕方ないよ」

「人間ってまさか……」

「フフ……アリスに一番近い彼女を土台としてね。その灯火が消えようとしていた時、ここへ導かれるかのように訪れた幸運な少女の足。彼女と繋がれし……その刻を止めた勇士の腕を持つ少年。他にもアリス候補と思われる少女から選んだよ。あとは色々なモノを映し出してきた、重い人生を歩んだ彼。まだあどけなく、何も知らない汚れなき少女の吸い込まれるような深い青色……どちらも同じ色だけど、中身が全然違うんだ。その全く異なる二つの瞳を揃えさえすれば、すぐに完成するんだけどね」

青色の瞳を持った少女。それってやっぱり……。

頭の中でこちらをじっと見る瞳を思い出す。まだ取られてなくて良かった。でもそれも、時間の問題かもしれない。俺はこの人と戦わなければいけない。ルリカを守るということは、敵になるということだ。

何かで操られているかのように、恍惚と人形を撫でる男は恐ろしかった。体がガタガタと震えだす。こんな人に勝てるのか? 怖い、この人は危険だ……。

「ああ、やっぱり寒かったんだね。私は寒さを感じないから、気づくのが遅れてしまった」

「……っ」

ふわりとコートが肩にかけられた。突然のことだったけど、その暖かさに震えは止まる。

「これで大丈夫かな。ああ、懐かしいな……こんなことをするのも。今ではもう、私がお世話をするような人はいないからね」

「あの機械は……何でも叶えられると聞きました。貴方はあれを使わないんですか」

人を繋ぎ合わせて作る人形よりも、あれに全てを任せてしまった方が楽だろう。

「ああ……あれか。あの機械はね、自分の中の理想を叶えるんだよ。つまり、自分の頭で想像できるものしか映せないんだ。でも私は少女……私のアリスには会っていない。だから私自身にも理想のアリスがどんな姿なのかは分からない。あれを使ったところで、何も映さないさ。だから私は自分でアリスを作ることにした。一からね。最初のパーツは君が連れて来てくれたアリスだ」

「……え?」

「あの子は大人になってから変わってしまったけれど、子供に戻ったことでアリスに近くなった。それは君のおかげだ。君が奇跡の繋がりを証明してくれたから、私はそれを信じることにした。でもね、私にとっての奇跡は一人では足りなかった。完璧な少女となることは不可能だったんだ。フフ……でも、ここまできた。もうすぐ真の少女が誕生するよ。目を揃えたら最後に、私の心臓を……これであの子に魂を与えられる」

「……真の、少女」

「もうお分かりだと思うけど、帽子屋さんとルリカの瞳が欲しいんだ。でも逃げられちゃってね……今おいかけっこしている最中だよ。ああ、楽しみだなぁ。二つ揃ったらきっと、とっても綺麗だ」

「それが完成したら……貴方は何をするんですか」

「面白いね、そんなこと考えたことも……いや考える必要もなかったよ。完成するだけで価値がある。私がずっと追い求めていたものが手に入る。目の前に現れる……そうだね、強いて言うなら僕はきっと歓喜するだろう。泣くかもしれない。笑うのかな? 分からないけど、心が満たされるのは確かだろう。それからお話でもするのかな。自分がどうなるのか、私も楽しみだよ」

この人の纏う空気は熱くなったり、急激に冷めたり、安定しない。ちぐはぐのように見える。

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