(3)

金色のドアノブを開くと、冷たい風が吹いた。どこかで見たような部屋だ。

奥にある大きな窓からは、ぎらぎらと輝く月が見えた。部屋の中には黒いピアノとベッド。壁も床も、黒一色だった。

その部屋の中心、月に照らされた椅子。ルリカはそこに座らされていた。

その目はしっかりとこちらを見ている。傷つけられたりもしていないようだ。

「ルリカ! 良かった……怪我はないか?」

コクリと力強く頷いた。

「待たせたな。じゃあ帰ろうか」

椅子に固定されていたリボンを外す。腕や足が繋がれていた。硬いロープじゃなかったところは、あの人の優しさだろうか。いや皮膚を傷つけたくなかったとか、そんな理由だろう。ルリカをどこに使うかなんて考えたくないけど。

手を繋いで扉の前まで行くと、あの人が現れた。壁に寄りかかりながら、ふらふらと歩いている。そんな状態になってもまだ諦めていないらしい。

「……アリス……っ、分かっているね……?」

「アリスじゃない。ルリカだ!」

「私がこの子を作ったんだ! 親を……裏切るはずがない……っ」

掴まれそうになった手を払って、こっちにしがみついた。ルリカの前に立って、後ろを守る。

「貴方なんかにルリカを渡さない。ルリカを……もう苦しめさせない!」

「はは……私から逃れられると、思っているのか?」

「ルリカは、ルリカは……タケルと一緒にいる!」

こんなに力強い声を聞いたのは初めてだった。ルリカは人形なんかじゃない、人間だ。

繋がれた手に力を込める。今度は絶対に離さない。

「おっと、お前の相手は俺だろう?」

いつの間にか来ていたらしい。帽子屋がこちらにぱちりとウインクした。

二人から離れて、部屋の隅に行く。今は見守ることしかできなさそうだ。隙を見て逃げ出そう。


「帽子屋……か」

「俺では不満かい? ご主人様」

「……君はいつも、私の邪魔をする……」

「そうかな。俺はどっちの味方もしているつもりだったんだけどね。……また終わらせるのか? もうすぐここは消えるんだろう。そうしたらまた新しく作るつもりか? また同じ過ちを繰り返して……改造や実験で人を傷つけた後に何が残る。このままじゃ新たな悲しみを生むだけだって、分かっているんだろう? 確かにアリスとの間には色々あったかもしれない。でもこんなことをしたって……終わらないだろう。このままじゃ何も変わらない。あんたにとっての勝ちってなんだ? どうすれば満足する。アリスと堂々と戦っていれば、こんなことにはならなかった……剣を取れ。俺と戦え!」

震える手で、下に落ちていたナイフを取った。

「やっとやる気になったか」

構えて、こっちに来るのを待つ。ナイフを持った手がこちらに向くことはなく、自分の体へ方向を変えた。

「何してるんだ……やめろっ、それを離せ!」

必死で押さえ込み、ナイフを部屋の端へ飛ばす。その時に傷ついたのか、頰の一部から血が垂れていた。

「うっ……帽子、屋……あ、あああ……ジャック……また君の望むシナリオは……かけなかった」

少年の幻影が彼に重なった。これはアリスの夢の……。

「これじゃ……君は笑ってはくれない……どうして、どうしてだAlice……君は……っこんなにも愛しているのに……、どうして届かない……っ」

「……アーネスト」

――パンッ。破裂音が耳に届いた。それが発砲した音だと分かったのは、倒れたアーネストの後ろに立つ少年を見てからだった。

「久しぶりだね、お兄ちゃん」

「……君は……っ」

いつの間にか部屋にいた少年はまだ幼い。小さな指に握られた銃から煙が上がっていた。それが不釣り合いな光景に見えて、思わず動きが止まる。

「どうして……だ」

「ご主人様!」

ヒビが入っていた壁の一部が壊れた。そこから現れたジョーカーが、少年を凄い形相で睨んでいる。

「大丈夫ですか、ご主人様! ああ、手当を……血を……お、お前……よくもご主人様を……っ」

ここは止めるべきか。飛び出したジョーカーの手元を狙う。ガンッと強い音が響いた。カラカラと武器が転がっていく。その隙に、呆気にとられていたジョーカーを上から押さえつけた。

「ご主人様が……っ、死んでしまう……! 離せ……離せっ、どうして助けさせてくれないんだ! お前は……っきらい……だから?」

弱々しく届いたジョーカーの声が胸を締め付ける。これなら怒鳴られていた方がマシだ。

「嫌いじゃない。大切だから……仲間だからこそ、終わらせてあげたいんだ。夢の中のアリスにはお兄様だけだったかもしれない。でも現実のアリスは……仲間だった。皆で夢の世界を作った。楽しかった日々を長引かせたいと願うのは悪いことじゃない。でも彼は、傷ついている。彼女の幻覚に苦しめられたまま……」

目線を後ろにやると、体を引きずりながら少年に近づこうとしていた。

「ジョーカー、見守っていてくれないか。彼が救われるのを」

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