(1)

パレードが去った後、辺りには優しい音楽が流れていた。賛美歌のような曲だ。

しばらく住宅街が続く。家の窓を覗いてみると、可愛らしい飾りつけがされていた。

暖炉の前の食卓には七面鳥と、こちらでは珍しいケーキのようなものがあった。切り口に人形が見える。ガレット・デ・ロワというらしい。りょうさんによると、あの人形が当たった人は一年間幸せになれるとか。おみくじみたいなものか、ちょっと違うかな。

本格的なクリスマスを見るのは初めてだから、少し羨ましい。家ごとに個性はあるけど、ツリーとプレゼントはどこの家にもあった。ふと、ここを作った人は……こんな世界を望んでいたのかもしれないと、そんなことを思った。

家が途切れて、雪だけの道になった。一番奥まで歩いたのだろうか。シャンシャンと鈴の音が上から聞こえる。

そういえばここの問題は……確かキャンドルに願いを込めて、だ。

少し歩くと、教会風の建物が現れた。真っ白の外観で中も白い。十字架ではなく、部屋には大きなクリスマスツリーがあった。それはロウソクで作られているようだ。一本一本の小さな火が何百と重なって、ツリーの形に飾られている。

振り返ると、既に二人の手にはロウソクが握られていた。ルリカから受け取って、火を点けられる場所を探す。

「あ、これかしら?」

大きな暖炉の横には、沢山のプレゼントが積み上げられている。近づいても不思議と熱さは感じない。直接触れた訳ではないのに、いつの間にか手元のロウソクには火が灯っていた。

「願いか……願掛けみたいな感じ?」

「何をお願いしようかしら」

「……しょ……に」

「ん?」

ぽつりと呟いたルリカの方に振り返る。

「また、いっしょに……来たい」

「……ああ! それにしよう」

「ふふ、ちょっと照れるわね。でも最高だわ、それ」

端っこの方に三つ並べた。小さなロウソクがツリーの一部になる。この一つ一つに、誰かの願いが込められているんだよな……。そう思って眺めると、より輝いて見えた。

上まで続く火が、ずっと消えないようにと願う。


――ピロリロリン。おめでとうございます!


問題2

キーワード「い」


問題5

大きな時計台が目印だ

子供達に大人気の、赤いクッキー屋のワゴンに集まって!

そこでチョコチップのクッキーを買ってごらん。それをすぐに食べてはいけないよ

外に出て上を見上げたらね、見つかるはずさ 彼がね

大好物を見せてあげて そうしたら気がつくよ

大人と子供の狭間に生きる少年が迎えに来た

僕らもすぐにそこへ……

(問題は5までです)


「ついに最後の問題かぁ……」

これが終わったら、後は好きに過ごせってことなのかな。確かにここを知るには良い場所を巡ってきたように思う。

今までのキーワードは……せ、め、ゆ、い。

何だろう、並べ替えるんだろうけど。

「キーワードって分かりました?」

「うーん……分かりそうな気もするけど、次に行けば確実に分かるし、ここまで来たら行っちゃいましょうよ」

「ですね……あ、今度のはヒントが無い。問題自体は分かりやすいけど。何をしたらいいか細かく書いてくれてるし」

「うん、着いた後はすぐ進みそうね。ここから出たら、マップで調べてみましょ」

この場所も終わりかと、後ろを振り向く。変わらず、暖かく優しい光が空間を包み込んでいた。

……どうしてだろう。とても懐かしい気がする。胸の奥がじわりと熱くなって、気持ちが穏やかになる。ここならきっと……誰もが幸せになれるんだ。



《司令塔》

「ああ、もうこんなところまで来たんだ。そうか、やっぱり君達は……」

モニターを見ていたご主人様の声が興奮気味に紡がれた。

「ねぇ! そうだよねジン……やっとだ」

自分の名前を呼ばれたので、首を動かしてご主人様の方を見たけど、その目に自分は映っていなかった。それでも返事をすべきか迷って、あれこれ考えてみたけど、興味はもう別のことに移っているようだ。

自分の意見がこの人に影響を与えられるはずない。そんなこと分かっている。でも、もうすぐ……終わってしまうから。隣にいることすらできなくなる。あの子がアリスだと決められてしまえば、もう自分は用無しだ。

溢れ出てしまいそうな感情を誤魔化す為に立ち上がる。お茶の支度をすると言って、部屋を出た。

「……っ」

ドアの前で俯いていたら、廊下の奥から揉めている声が聞こえた。

「……俺は、お前の為に言ってるんだぞ!」

「だから僕のことなんか……構わないでくれって」

「っ……どうして!」

これは珍しいな。仲良しな二人が喧嘩しているようだ。帽子屋とチェシャの荒げた声は初めて聞いた。

「おい……待てって! あっ……」

近づくと、こちらに気づいた二人と目が合った。チェシャの肩を掴んでいた帽子屋が手を外す。

「……じゃあ僕は行くから」

「ちょっと待て、まだ話は……っ」

チェシャの背中を見つめて、帽子屋は苦笑いを浮かべた。

「ごめんな、うるさくして。でも……あいつ最近おかしいんだ。ずっと部屋に閉じこもって、俺を避けようとする……顔色も悪いし、寝てないんじゃないかな」

「……っ」

「あ、悪い。お前には関係ない話だよな。でも、もし会ったら飯ぐらいちゃんとしろとか、少しは外に出ろとか言ってみてくれないか」

「……し……て」

「えっ?」

「どうしてそこまで他人に構う」

驚いたように目を開いた後、ふっと笑った。

「どうしてって……あいつは俺の親友だし。友達を気遣うのは当たり前だろ。そこにわざわざ理由なんてないよ」

理由がない? 理由が存在しないなら、俺は何を以てあの人の側にいればいい? 自分という存在をわざわざ作ったのだから、召使いとして使う程度には必要とされている……と思う。じゃあ俺が何もできなくなったら終わりか? いや、壊れなくたって……もし飽きられたら? もっと単純で残酷な理由で捨てられたら? 自分より少しでも存在価値の高いものが、次にあの人に愛される番だ。無償の愛なんて、こんな自分に注がれるはずがない。だって俺は……偽物。

「……見返りがなくても、ずっとあいつを想っていくのか?」

微かに声が震えた。ぼやけた視界は、床と帽子屋の足元を映す。

「ジョーカー? どうした……」

「っ!」

何をしているんだ。相手は帽子屋だぞ!

ご主人様はこいつの存在を、まるで見えていないかのように扱っていた。そういえば帽子屋が、いつからここにいるのか知らない。ご主人様と一緒に働いていた時期もあるらしいのに、お互いにあまり干渉しないようにしているらしい。二人が話している姿はおろか、ご主人様と歩く時は姿さえ見たことがない。

「余計なことを言った。もう行く」

「……ジョーカー。俺はあいつに嫌われても、あいつのことを想うよ。昔から良い奴だったんだ……今はちょっと疲れてるだけさ。でも、もう俺のことを見てくれなくても、俺はあいつが幸せになってくれればそれでいい」

「……っ」

「なんて言ってみたけど、実際そんなことされたら苦しくて立ち直れないかもしれないな。でもさ、そんな簡単に人は変わらないと思うんだ。チェシャはきっと……また前みたいに話してくれるはずだ」

さっさと去るつもりだったのに、結局帽子屋が見えなくなるまで突っ立っていた。その場から動けなくて、自分には存在しないはずの……持ってはいけない感情が溢れてきそうで、必死に押さえた。

もしかしたらアリスが現れても一緒に暮らしていけるかもしれないなんて、そんな夢物語を浮かべては消す。それでも……淡い希望を完全に捨てることはできなかった。

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