お菓子と祈りと約束と

先っぽが曲がった細い木は、まるでこちらを招いているみたいだ。その下に落ちているのは骸骨の手のような小枝。にゃあと黒猫が高い声で鳴く。

コウモリが頭上を通過していった。思わず身を屈めた俺を気にすることなく、ルリカは駆け出す。

入れるのは黒い建物だけのようだ。中はホラーハウスみたいなのだろうか。しかしここで帰れるとは思っていない。仕方ないのでルリカを追いかけた。

俺の予想に反して、出てきたのは派手な装飾だった。暗い中に目が痛い程の蛍光色。ピカピカ光るネオンカラーは、まるでライブ会場みたいだ。

顔がついた、大きなカボチャのランタンが天井からいくつもぶらさがっている。それもライトになっていた。現代だとハロウィンもこんな風になるのか。

「ルリカはこういうのが好きなのか?」

「trick or treat!」

「は?」

「あら、可愛いオバケね」

目の前にふらりと現れたオバケは、子供の落書きみたいだった。コウモリ羽をかたどったようなリボンまでつけている。うっすら頬がピンクに染まる白い風船みたいなこれは、確かに怖さのかけらもない。

「お菓子かイタズラか選びなさいってことよ」

「ふーん……なんでお菓子とイタズラが対に出されるんでしょう?」

「ただの言葉遊びよ。まぁ子供らしくていいじゃない」

本物なのか分からない子供達がまた現れた。笑顔できゃあきゃあ言いながらお菓子を交換したり、くすぐりあっているのを見ると、確かに微笑ましい。

「悪戯の方が好みかしら?」

「お菓子がいいです!」

全力で否定したらまた笑われた。その時、右側に何か足りないことに気づく。

「あれ……ルリカ?」

ちょっと離れたところにいた。おーいと呼びかけると、小走りで戻ってくる。いつの間にかルリカの服が変わっていた。

「それ魔女か?」

相変わらずフリフリのお洋服だ。今度は黒。マントや帽子が魔女っぽいだろうか。簡単な魔法しか使えなさそうだけど。

頭に乗ってるのはオバケとお揃いのコウモリリボンだ。帽子にくっついているけど落ちそうになっている。思わず掴むと、そのまま取れてしまった。

「あ、ごめん……えっとこうか?」

「……違う。もっと上」

「え、ここ?」

不機嫌そうな目でじっと睨まれた。

「ルリカちゃんはオシャレさんだもんね。こだわりがあるのよ、ちゃんとやってあげなきゃ」

そんなこと言われても、ごちゃごちゃ飾りがついているリボンをどこにつけようと、全然違いが分からない。

「あー、ここかなー……。わー似合う似合うカワイイゾー」

「もう少し右」

「……っ」

りょうさんに目で訴えると、仕方ないわねと聞こえてきそうな顔を返された。

「そうねぇ……あ、ルリカちゃんあっちに鏡があるわよ」

タタタッと走りだす後ろ姿を見てほっとする。

「女の子の扱いはまだまだね」

「……そうですね」

「でもちょっと不器用な男の子の方が可愛いわよ」

「はぁ……そうですか」

クスクス笑われるのにも慣れてきた。

リボンの位置を変えてきた(?)、ルリカを連れて再び歩き出す。

扉を開けるとネオン空間はなくなっていた。少し先に古い屋敷が見える。ここはそこの庭だろうか。空は雲が渦巻き、不気味な色になっている。萎れた草の中にいくつもの墓石があった。ちゃんと名前も刻まれている。細い木を掻き分けて中に入った。

広いけど暗いホールは、埃が溜まっていた。上のシャンデリアにも蜘蛛の巣が巻きついている。長いテーブルの上には赤いロウソクが並んでいた。いくつかは溶けている。

部屋の半分程まで進むと、急に暗くなった。雷の光がフラッシュのように部屋に入ってくる。どこかから映しているのか、上の方に月が現れた。二つも。金と赤の満月が、ギラギラとこちらを照らしている。黒い影がバサバサと飛んでいった。

「タケルちゃんは大丈夫かしらぁ?」

前にいた二人はわざわざ振り返って、ニヤニヤと笑った。

「へ、平気ですよ」

「これ……」

ルリカが横を指差した。テーブルの上にある大きなケーキは緑色。見るからに怪しい。

「絶対やばいやつ」

「そうね。やめておいた方が良さそうよ」

「中に何か入ってるかな」

ケーキに手を突っ込もうとするルリカに近づく。その時、ワオーン! ニャー! ビギャーッ! 突然聞こえてきた動物達の鳴き声に足を止めた。冷たい風が顔に当たる。最後のは何の動物だ。

「こ、ここには何も無いみたいだ。次の部屋に行ってもいいんじゃないかなぁ」

「ここ好き」

「……っ」

「ふふ、でもあっちにはもっと面白いものがあるかもしれないわよ。進んでみましょ」

いつの間にか白く透けている人が、部屋中に集まっていた。豪華なドレスを着て優雅に踊っている。楽しそうだけど、何度も体をすり抜けられるのは慣れそうもない。ダッシュで廊下へ走った。

「ひぃ!」

突然触られたと思ったら、ルリカが嬉々とした顔で服を引っ張っていた。

「離せ! 俺は行かない!」

「あっち! あっち!」

よく見ると次の扉は開いていて、それは外に繋がっているようだった。恐る恐る近づくと、暖かい光が感じられる。

そこには、空まで届く程のクリスマスツリーがあった。その周りは北欧風の家が並んでいる。

「雪だ……っ」

ルリカは今まで見た中で一番、目が輝いている。やっぱり子供はこうでなきゃな! そういう俺も、さっきまでの恐怖はどこかにすっ飛んでしまっていた。

「雪なんか久しぶりに見たなぁ。でもこんなに積もってるのは初めてだ」

「でもこの雪冷たくないわね。なんだかサラサラしてる」

不思議な感触のする雪は指先に馴染む。ほんのり冷たいぐらいで、溶けた後もすぐに乾いた。もはやこれは雪に似た何かだ。

「でもこれなら手袋もいりませんし、そもそもこの服でも寒くないですね。よし、ルリカ見てろよ。こうして丸めて……葉っぱをつけたら、ほら雪うさぎだ」

「わぁ!」

絶叫系やホラーっぽいところも確かに楽しそうだったけど、純粋にはしゃいでいる姿を見るのは初めてだ。

クリスマスツリーだけじゃなくて、全体がキラキラと暖かい光に包まれていた。説明できないけど、今までのところと空気が少し違う気がする。

オープンしたら子供だって沢山来るだろう。それなのに、家族連れが主な客層でないとしても、子供の為に作った場所ももっと用意しておくべきなんじゃないか? まぁ全貌は知らないし、この場所がそうと決まっている訳でもない。だから勝手な意見だ。大人向けと子供向けの違いなんて、俺の主観でしかないからな。

「ルリカちゃん、これはどうかしら?」

「……にゃんこ?」

「そう正解よ。並べると可愛いわね」

「ルリカも作ってみろよ。この雪、簡単にまとまるぞ」

「ん!」

しばらく三人で熱中していると、遠くから音楽が聞こえてきた。それはこちらに近づいている気がする。

「なにかしら?」

「あ、なんか来たぞ」

ピカピカ光る飾りがついた大きな乗り物が、何台も来ているようだ。

「パレード?」

この遊園地にもあるんだと妙な安心をしながら、そっちへ駆け寄った。数人の知らない子供と大人も集まっている。

「凄いですね……ずっと見ていたくなります」

「本当ね、とっても素敵だわ」

初めに見たサーカスも凄かったけど、決定的に違うのは表情があったことだ。客も演者も、全員が笑っていた。自然とこちらも明るくなれるような、そんなパレードだった。

いつの間にか辺りは暗くなっていた。雪がイルミネーションに照らされて、明るかった時とはまた違う景色になっている。幻想的な夜空の下で、ルリカはサンタからプレゼントを貰っていた。その背に向かって声をかける。

「なぁ、ルリカ」

「ん?」

「これ、ルリカが持っててくれないか」

最初の眠り姫の屋敷で見つけた、真珠を取り出す。あげられるものがこれぐらいしかなかった。まぁ俺のじゃないけど。

「……ありがと」

小さい指に握られた真珠が鈍く光った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る