過去の幻影
問題は簡単そうだったのに、地図上にそれらしい場所がなかった。とりあえず周辺を歩きながら探すことにする。
一本違う道を歩けば、景色ががらりと変わる。今入ったのは、昔の街並みを再現しているところだ。看板の錆び具合や、お店に売っている品物まで作り込まれている。
道の途中で、少し不自然な部分があった。突然色が変わっている。細い道なので、その先に何があるのかは見えない。路地裏のようなところに入り込んで、先に進んでみた。しばらくただの一本道が続く。そこから見える景色に言葉を失った。
「これは……」
そこはあまりにリアルだった。遊園地には相応しくない、現実の風景。スーパーマーケットから、マンション。一軒家が並び、商店街へ繋がる。
人の気配が無いから映画のセットのようにも見えるけど、それにしては住めるぐらいにちゃんとした建物だ。
「あっちに駅もあるわね」
「あれ……学校ですよ」
「本当だ、何なのかしらここは」
どうしてこんな場所があるんだろう。今までも常識外れのものはあったけど、それも遊園地らしかった。言い表せない不安を煽る。
規模は広がると言っていたけど、一体どこまで? 訪れた人全員がここに来ても、足りるだろう。何人も閉じ込めておける。ここまで用意されていると、寧ろここで生活する方が正しいような……。
背筋がぞわっとして、慌てて呼びかける。
「りょうさ……あれ?」
二人がいない。
「ルリカ! りょうさん!」
今隣にいたのに急に消えるなんて、そんなはずない。なのに、走っても走っても二人は見つからない。
「なんで、どこに……っ」
急に足音が聞こえた。そっちに振り返ると、誰もいなかったはずの場所に二人が立っていた。
一体どうなってるんだ? 近づこうとすると、俯いたルリカから冷たい声が発せられた。
「貴方は必要ない」
「どうしたんだよ……ルリカ」
「違う。それは私じゃない」
後ろから声が聞こえた。前と後ろに二人のルリカがいる。
「騙されないで」
「ルリカちゃん。これは……っ」
「お前はいつまで本当の自分を隠すつもりだ?」
りょうさんも二人になっていた。いつもと雰囲気が違うので見分けはつくけど、容姿はそっくりだ。
「……消えなさいよ。どうせまたどこかから映し出してるんでしょ。こんな悪趣味な映像……」
「そうやってすぐに目を逸らす癖は変わってないね」
「……っ」
「ねぇルリカぁ? いつまでこんなとこにいるつもり?」
「消えて。うるさい」
現れたもう一人が、それぞれ自分を追いつめている。二人の顔がどんどん暗くなっていった。
「やめて……っその話はしないで!」
「りょうさん大丈夫です……か」
頭を押さえて倒れこんだりょうさんの元に駆け寄る……前に全てが消えた。
「どこだ、ここ」
灰色の空間に浮いていた。手を伸ばしてもどこにも触れない。二人を呼んでみたけど、声も気配もしなかった。
「……こっち、だ」
聞いたことのある声がして、振り返る。
何も無い空間に一人、背が同じぐらいの少年が浮いていた。
「お前は……」
これは俺じゃない。なのに妙に落ち着くような、心がざわつくような感じがする。
「俺はお前だよ」
「全然似てないじゃん」
「だったらこれを見てみろ」
奴がそう言うと、辺りが白に包まれた。もやもやの一部が晴れて、映像が流れる。大きなテレビみたいだ。
ホームビデオだろうか。赤ん坊が一人映っている。それは男の子のようだ。生まれて色んな人に祝福されている。これは誰だ?
「あれ……?」
俺の母親は? 家族は? 家は……学校はどこだっけ……。
「これは……だ、れ」
いや、これは……俺だ。
この子はだれ?
僕のくまさんだよ。ロディーっていうの
あら、よろしくね。この子はキャシー
よろしくね。ほらロディーもお辞儀して
じゃあこの子がパパで、キャシーがママ
えっと……ロディーがパパだから、あなたはお兄ちゃん! あたしはお姉さんってあれ?
それじゃいつもと一緒だよ
そうね、あははっ
「ねぇあの子、誰と遊んでいるのかしら」
「ちょっと男の子にしては珍しいけど、単に想像力が豊かってだけだろ。心配いらないよ。その内分かるようになるんだからさ、今はこのまま遊ばせておけばいいよ」
「そうね。やっぱり兄弟がいた方が良いかしら」
「えっ」
「ふふ……」
警察では現在行方を――
ああ、あの子も行っちゃったのね。夢の中へ。
「奥さん大丈夫?」
「今思えば、あの車も怪しかったものね」
「本当に怖いわ。行ってみたかったけど、やっぱりやめるべきよねぇ」
「でもそこまで夢中になれるのなら、入ってみたいと思ってみたり……ふふっ」
「まぁ仕方ないわよ、大の大人でさえ飲み込まれてるんだから。あなたの息子さんだって……奥さん?」
「平気よ」
「……え?」
「あの子なら大丈夫。よく分からないんだけど……そんな気がするの」
「そ、そう……」
「やっぱりあの人おかしいわよ」
「前から思ってたけど、どっか抜けてるっていうか。ちょっと変よね……」
あなたはそこにいるんでしょう?
便りが無いのは無事でいる証拠なんて、そう思いたいだけかしら。でもね、最後に見たあなたの姿を見て思ったの。……こんなに成長していたんだって。寂しくないと言ったら嘘になるけれど、私はいつまでも待っているから。
これが俺の……母さんなのか?
「そう貴方の家の子も……」
「二人とは、よく仲良くしてくれてたって聞いたから」
「発端はあの子がチケット当てちゃったことなのよね。でもなぜか家族で行くのは嫌だったみたい。当たったことを妹が見つけるまで言わなかったのよ。どうしてだろうって思ったけど、もしかしたら分かっていたのかもしれないわね。家族はずっと家族でいられるけど、友達は時間が進むに連れてそうはいかなくなる。本人達がそう思ってなくても、どうしても乗り越えられない社会の壁が生まれてくる。……遊園地というのは、子供の代名詞みたいな場所。作った人は、夢中になりすぎるものを作ってしまったのよ。きっとその人も子供でいたかったんでしょうね」
――母さん、父さん、婆ちゃん、爺ちゃん、それからもし帰って来てたら佐々木と和田へ
遊園地側から、俺に手紙が来た。本物だとは思うけど罠とかドッキリかもしれない。騙されてる可能性もあるんだ。けど自分の目で確かめたい。
それはただ話題の遊園地に行きたいってことじゃない。二人がどうして帰ってこないのか、俺に会いたがってる人がどんな人なのかを知りたいんだ。そしたら他の人達も救えるかもしれないしさ。
色々不満もあったけど、この暮らしは好きだったんだと思う。飽き飽きする事もあったけど、何か一つが無くなってしまうと、もう前と同じにはなれないんだ。俺は大事なものを取り返しに行ってくる。
……迷ったけど、ワガママになるけど行ってきます。
まぁこの手紙は読まれないことを祈るよ、恥ずかしいし……。大した所じゃなかったらお土産でも買ってくるしさ、とりあえず俺は絶対帰ってくるから待ってて欲しい。
一応言っとくと……ありがとう。
ああ……そうだ。何だろうコレ……なんだかとても暖かい。
次は学校だ。あれは俺の席か? 皆集まって……心配してくれてるのか? まぁクラスから突然三人も消えたら不安になるか。
おい、和田。あの子心配してるみたいだぞ、お前のこと……そうだ今どこにいる? 俺と同じ場所にいるのか?
【昼下がりのボート】
「今日もいい天気だね……どうしたんだいアリス? 浮かない顔をしているよ」
「私もうお兄様と会ってはいけないって、お母様達に言われたのよ」
「どうして……っ」
「なにが?」
「えっ……」
「今日はタルトを食べる約束よ。私は何を選ぼうかしら」
「アリス……?」
「あ、でも午後には家に戻らないと。新しいお人形がお家に来たから、みんなで一緒に遊ばなきゃ。そういえばこの前、お姉様ったらおかしくて」
「どうしたの、君の言っていることはめちゃくちゃだよ……」
「お兄様、早くお話の続きしてよ」
「アリス……アリスってば!」
「うさぎさんがね。いなくなっちゃったの。ふふふ、お父様が今度プレゼントを買ってきてくれるって! 楽しみだわ」
「……っ」
この子は誰だ? いやその前にこれは本当に自分なのか……?
アレ コレハ ダレノ キオク?
キーワード『夢世界』
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