(1)
そこに二人の男が向き合うように座っていた。一人は顔にゴーグルをつけた、バンドマンのような派手な格好の男。もう一人は白いスーツに身を包んでいる。
「これ甘ぇなー、ガイのちょっとちょーだい」
「別に私のじゃありませんし。勝手に食べてお腹壊しても知りませんよ」
「あの……」
これだけ近づいても気づかないのか。声をかけると、やっとこちらに振り返った。二人のタイプは対極で、あまり合いそうにない。数秒黙ってから、白い方が立ち上がった。
「……ちょっとハルト、どういうことですか? 誰も来ないって言ったじゃないですか!」
「し、知らねーよ俺だって! こんなとこに来る奴がいるなんて思わねーじゃんか!」
「貴方、とっておきの神スポットとか何とか言ってたでしょう。まさかここに一般客が来るかどうか調べてなかったのですか?」
わーわーと騒ぎ出した二人は、今にも喧嘩を起こしそうな雰囲気だ。……もう始まってる?
「もしかして、ホールで最初に放送をやっていた人達かしら?」
「あり、マジ? バレちゃった感じ? うへぇーなんかヤベェ! 恥ずかしい! 顔見られちゃうとか、なんかヤバくねェ? なぁ! 中の人の印象どう? 予想どーり? やー照れるー!」
「……ちょっと、どうするんですかこれ」
ゴーグルの男はなぜか照れている。顔を両手で隠して、足をバタバタさせた。それによってまたケーキが崩れる。白い方の男が眉間に皺を寄せた。
「ここで何してるの?」
「キューケー」
休憩って……。
「それよりあの迷路なんだけど、どうにか切り抜ける方法知らない?」
「迷路ォ……? あー俺らあんまりココのことには詳しくネーんだよ。裏ばっかにいるカラさー」
さっきから表世界で役に立ってくれそうな従業員に会っていない。だったらなんでこっちに出て来るんだ。
息を吐いて、もう一度二人を見つめる。やっぱり接点がありそうで、ないように思う。相性は良くなさそうだ。
「二人どういう関係なんだ?」
つい言葉に出してしまうと、意外にも白スーツの方がカップを持ったまま微笑んだ。
「フフッ……どういう関係? ですってよ、ハルト」
「ハハッ! やっぱ外の奴らは新鮮でいいわー。んじゃーいっちょここでクイズターイムぅ! ぱふぱふー。はい、ずばり単刀直入に、俺たちの関係はなんでしょーか。一、同僚。二、兄弟。三、恋人……はい、どーれだ?」
三を聞いた瞬間にりょうさんの目がキラリと光った気がするけど、無視しよう。この中だったら……。
「一番だと問題にならなさそうだから、二!」
「三よ」
「それはりょうさんがそうだったら良いなと思ってるだけでしょ!」
「まぁタケルちゃん。あたしの観察力を舐めないで欲しいわね。これだけ完璧なコンビネーションは兄弟をも越えてるわよ。間違っちゃいないわ」
「同僚という線はないんですか?」
余裕そうにこちらを振り返る。ゴーグルの顔の下がよく見えないので、こちらにいる白スーツと似ているかは判断できない。
「一緒に働いてるだけの雰囲気とは思えないわ。それだったら相当長い間一緒にいるわね」
その言葉に目を丸くした後、微笑みを消して、更に深い皺を眉間に刻んだ。
「ガイー。やべぇこれ超照れんだけどー」
「貴方と同レベルに見られているなんて、屈辱以外の何物でもないのですが!」
「ゲッ、キッツー……」
その横で、こっちもバチバチとぶつかっていた。
「絶対三よ! それ意外ありえないわ」
「いやあの感じは兄弟ですって」
「んじゃーオマエラは二と三ってことだな? いいよ、どっちかが当たってれば正解にしてやる」
「あら、太っ腹じゃない」
そういえばなんでここまでムキになったんだろうと思いながら、彼の言葉を待った。
「正解はー……」
三本に立てた指を二本にして、肩をくっつけた。
「双子でしたぁー」
「えっ?」
「双子ぉ? うっそ! 全然似てないじゃない!」
「……っていうか選択肢になかっただろ!」
ハハハッと軽い口調で笑った。
「同じカッコしたら見分けつかねーと思うけどなァ……因みに他の答えは全部セーカイだ。マァ良い暇つぶしになっただろ。ヒントはこの後に出てくるキャラにでも聞いてくれ……あ、そーだ。もう会うこともねーと思うケド、ここでサボってたこと誰にもチクんじゃねーぞ?」
「すいません、お願いしますね。……って! 貴方なに自然に嘘ついてるんですか! 誰が恋人ですか、誰が! いい加減にしないと髪全剃りするぞ馬鹿兄貴が!」
「ハゲはヤダなー。ほらほらどうどう。落ち着きたまえ、弟君よ。んじゃー、そろそろお暇しますかァ」
「ゴーグルかち割るぞ! あ、待て……おいっ」
木の隙間から慣れた手つきでレバー引き、すっとその中へ消えていった。同じ場所に立ってみたけど、それを見つけられそうにない。
「やっぱり騒がしい二人だったわね……」
「意外と白の人の方が、子供っぽいのかもしれません」
突然椅子が回転して、三体の人形が現れた。それぞれ妙にリアルで大きくて、気味が悪い。茶色いウサギと、大きな帽子で顔が隠れている男。それと……カ、カピバラ? げっ歯類の動物が、テーブルにのっそりと寝ていた。
どうやら元々はこれが正規ルートだったらしい。定位置に戻ってガチャリと音が鳴ると、曲が流れ出した。
「おいウサギ! 俺の紅茶にバターを入れやがったな?」
「いやいや、俺が入れたのはジャムだよ」
「チェリーか? ラズベリーか? それとも……あれか。レモンのような、ビーランドゥパッチみたいなあの子」
「あの子って誰だよ」
「ほら、つんつるてんの子だよ」
「……Alice」
「お前、起きてたのかっ」
「眠りネズミにとっては起きていることが寝ていることなのさ……違う。寝ていることが起きてることなんだ」
なんだこの会話は。そして、どうやらこいつはネズミだったらしい。それにしては随分でかいけど……。
「りょうさん、この会話いつ終わるんでしょう」
「さっきの二人より騒がしいわねぇ」
でも大事なところかもしれないから、もう少し耳を傾けてみる。
「ときにウサギよ、セイウチはどうした」
「誕生日は六月!」
「ダメだこりゃ。いかれてる」
「蜜蜂は猫と仲がいい」
「それは違うね。ビルだよ。そういやグリフォンが……」
「グリフォンだって! あんな奴の名前を出すんじゃないよ! あーあ、せっかくの紅茶が台無しだ。ん、これはマフィンだと? いつの間に! 不謹慎だ!」
バンッと机を叩いたかと思うと、何枚かの皿が下に落ちていった。ガシャガシャと割れる音がする。原因はこれか。
「うわ!」
こちらに飛んできた、やけに毒々しい色をしたカップケーキ。あ、と思った時には、既にべっちょりと服に当たっていた。
「あーもう、さっさと答えを教えてくれ!」
そういえば問題は何だったっけ。色々あって忘れていた。
問題4
荊の道を抜け 少女は混乱する
赤白赤白赤白――首が好きな女王様
あなたのパイは何味かしら?
ウサギと妙ちきりんな男が言っていた ついでに芋虫も
薔薇が赤に変わる前に女王様に差し出そう
ヒント ドードー鳥が産むモノ
混乱するのは迷路だよな。俺たちも迷ってるし……。
「何を女王に差し出すんだ?」
その言葉を呟くと、人形の耳がピクリと動いた。
「そうだ。また盗まれたらしい」
「なにがだい?」
「パイに決まっているだろう」
「ああ、だから俺はチェリー味のパイなんかやめとけって言ったんだ」
「僕はショコラが好き……」
「その砂糖、二杯半こちらに」
「三杯だ」
「じゃあ四杯と二分の一」
「ローズティーはどうだ」
目の前で目まぐるしく砂糖瓶が舞う。俺の黒い制服にも、素敵に白いトッピングが降ってくる。
「あの、りょうさん……」
「分かってるわよ、タケぴょん。これはきっと、キーワードを言えば反応するのよ」
「なるほど」
「じゃあ行くわよ。そうね……ドードー鳥?」
りょうさんが叫ぶと、それまで舞っていた砂糖瓶がぴたりと止まり、ナイフとフォークをカチャカチャする音に変わった。
「ドードーはクローケでやられちまった」
「あー……やらかしちまったか」
「首ハネ」
「そのときのパイは何味だったんだ?」
早速脈絡のない会話だけど、我慢して聞き進める。
「真っ赤な色で染められたアレは……」
「あの子の首も持っていった」
「エッグパイ」
「ハンプティダンプティは落ちてしまったのか」
「或いは墜ちていったのか」
「割れた欠片は元に戻らない」
カチャカチャ音が止み、声のトーンも低くなった。
ネズミがさらっと呟いたエッグパイという言葉が気になる。ドードー鳥がどんなものか知らないけど、卵を産むよな。鳥なんだから。それがどこかにあるんだろう。
「迷路を抜けた先に……」
「その子は可愛いね。とてもあの子に似ている」
「せいぜい首をお大事ね……まぁ君なら体と頭が離れぼっちになっても、可愛がってもらえるよ」
三体はニヤニヤとルリカを眺めている。当の本人は俺に手を繋がれたまま、テーブルのケーキを凝視していた。食べたいのかな?
――女王陛下。
誰が言ったかは分からない。微かに、でもはっきりその声は聞こえた。
「女王陛下……万歳」
「女王陛下万歳!」
「女王陛下万歳!」
「女王陛下万歳!」
「女王陛下万歳!」
突然狂ったように手を上げ下げし、同じ台詞を叫びだした。
「ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよこの子達!」
するとメキメキと音を立てて、テーブルの真ん中に亀裂が入った。中にバタバタと皿が落ちていく。耳を押さえながらそこを覗き込むと、どうやらここが次の道らしい。矢印もある。
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