惑わせるのは誰?

イバラ姫の城を出て、地図を開く。次の場所は分かりやすかった。一角のエリア全てが問題の部分らしいからだ。その分、中で迷いそうだけど。

それほど離れていない場所にあるらしい。歩いていると、いつの間にか人が増えていた。客もちらほらいるけど、ほとんどはここのスタッフだ。風船を配るキャラクターや、アイスを運ぶお姉さんを見ていると、段々遊園地に来たんだという感覚が強まっていく。

道と空の色がいつの間にか変わっていた。黒い柵で囲まれたエリアが見える。ここで間違いないだろう。

柵を越えて、ピンク色の空を見上げる。この色だと、昼なのか夜なのか、めちゃくちゃな体内時計になりそうだ。

芝生の上には、ウサギや動物をモチーフとした銅像が立っている。歩くスペースとは一定の距離が開けられていて、そこまではいけない。遠くから眺めるだけだ。

足で踏みつけている床は白黒のダイヤ柄。目がチカチカする。それだけで結構キツイのに、上から雪みたいに何かがパラパラと降り注いでいる。それを手に取ると、トランプのカードだった。

「目が、目がぁ……」

「どれだけのトランプがあるの……」

いつの間にか服の中にまで入ってきていた。かなりうざったい。

葉で作られたハート型の門には、看板が飾られていた。恐らくようこそとか、そんな意味だろう。英語でもなさそうなので、読めないけど。

中は森みたいだった。しかし目の前にあるものは、ほとんどがめちゃくちゃ大きい。花は身長の三倍はありそうだし、草も葉も巨大化している。自分達が小さくなってしまったかのような演出だ。うん、ファンタジー。

少し歩くと、太い幹が現れた。右と左に穴が空いていて、別れ道になっているようだ。

「どっちに行く?」

そうだ。勘が冴えそうなルリカの意見を聞こう。

「こっち」

小さな指は右を指した。

「よし、行ってみよう」

中はただの空洞だった。薄暗い穴の中を歩く。それでもヒントがあるんじゃないかと、探りながら足を進める。

「あ……光が見えてきましたよ」

やっと抜けれたと、外に飛び出した。

「あれ?」

目の前にはでっかい木の幹。

「さっきのところですか?」

「え、いや似てるけど違うでしょ。こんだけ歩いて……」

「とりあえず左も行ってみます?」

無言で頷いた二人を見て、左側に入った。そして出た場所は……やっぱりこの幹の前だった。

「あれぇ、どうなってるんですか」

「やだー、早速迷っちゃったのかしら」

ルリカも不思議そうな顔で首を傾げている。

「なーんか狐につままれたみたいね」

「……これ欲しいの?」

突然喋りだしたかと思えば、空中に向かって飴を差し出していた。

「ルリカ……そこに誰かいるのか?」

「ちょ、ちょっと……やめてよ。あたし達には見えないお友達とか」

――猫は飴を食べないよ。

「い、今何か聞こえ……」

「や、やめてタケルちゃんまで」

「うわっ! 肩が急におも……い?」

――少年には見えないのかにゃあ?

ずしりと重みを感じる肩に恐る恐る手を伸ばす。このふわふわで暖かい感触は……水色の毛?

「う、うわっ猫! ……猫?」

水色の鮮やかな毛並みはピンク色に染まっていく。目の前にニヤけた猫が現れた。その大きさはルリカより少し大きいぐらいだ。

「お手」

「俺は犬じゃないよ」

「にゃんこ」

「そうそう、にゃんこ」

普通に喋って動いている。ルリカには懐いているみたいだ。

「にゃんこ、クッキー」

「ふふ、ありがとう。お気持ちだけ受け取っておくよ。俺はこの通り、ダイエット中だし」

ポンっと膨らんだお腹を撫でた。

「少年は痩せた方がいいと思うかにゃ?」

「いや、猫はそれぐらいぽっちゃりでいいと思うぞ」

「でも俺はこのぐらい細くもなれるんだ」

ニヤッと笑うと、ズオオオオと体を細くして、天井まで延びていった。異様だと分かっていながらも、ついぼうっと眺めてしまう。

「っていうか何よこのネコ!」

――あ、君達っていうか。お嬢さんに免じて道案内でもしてあげようかなって。優しい俺がね。

突然消えたと思ったら、頭の上を漂っていた。リラックスしたポーズで。

「道案内?」

「右でも左でもないなら、もう道はないのかにゃあ? ないなら作ればいい。上下? 右左斜め……? 答えは真っ直ぐ!」

猫が尻尾を何度か振ると、ギギギと音が鳴り、幹の真ん中に穴が空いた。

「あら! 凄いじゃなーい」

――でもここから先はもっと難解だよ。ちゃんとアリスを守ってあげてね、少年……。

猫はスッとどこかへ消えていった。今の言葉は、俺に言ったのか?


隙間を進むと、今度は青空が広がっていた。暗い森で滅入ってた気分が晴れそうな爽やかさだ。ハート型の雲も可愛らしく浮かんでいる。

しかし目の前を見て、またげんなりした。薔薇の生垣で作られた壁が続いている。ここは迷路か。

「あれ、進んでます? これ」

案の定予感は当たり、行っても行っても緑の壁にぶち当たる。

「どこ歩いても同じような景色ね。ヒントがないと辛いわ」

そのときハラリと服の中から、いつの間にか入り込んだであろうカードが一枚落ちた。

「……あっ!」

「どうしたの、タケルちゃん」

「これもしかしてカードを拾っておいて、来た道に置いておけば!」

あの大量のトランプはこの為にあったのか?

「あぁーヘンゼルとグレーテル的なね。確かに、同じ道に行くことはなくなるわ。でもそんなことに初めから気づくなんてキツイわよ」

試しにトランプを床に置いてみる。道の端っこに力なく置かれたカードは、その用途としては微妙だ。

「ここ広いから途中でトランプがなくなっちゃうかもしれないわね。風に飛ばされたりもするかも」

「まぁ、もう戻れないですしね……しょうがないです」

ちょっと休みましょうと、行き止まりになった壁に触れた時だった。急に壁が動いて、グイッと引っ張られる。

「うわぁぁぁあ!」

どこかに落ちたみたいだ。顔を上げると、薄暗い場所が見える。ここは森か? 初めに入ったところとは違う。随分リアルに作られている。

「あれ……」

まさか、俺一人だけこんなところに来ちゃった? もう戻れないかもしれない。確かめようと、もう一度壁に触れた。

「ちょっとータケルちゃん? 大丈夫?」

向こう側から、声が聞こえる。

「えっ……」

「あっ」

バタバタと音がして、一瞬呼吸が止まった。

「……っ」

「ごめんごめん! だってそんなとこに突っ立ってると思わないじゃない」

壁の前にいた俺は、なだれ込むように落ちてきた二人に潰された。

「ほら、大丈夫? 怪我はないみたいね。……で、ここはどこかしら」

「はい……二人とも軽いんで平気です」

ルリカがそっと背中をさすってくれた。

「嫌味っぽいこと言わないの。うーん森の中みたいね。随分雰囲気が違うけど」

「隠し扉があるとは思いませんでした。完全な盲点です」

「回転扉だったわね。あんなの見ただけじゃ分かんないわ……あ、だから一向に進まなかったのかしら」

「こういう仕掛けを見つけないと迷路は抜け出せない……面倒ですね。ほぼ運ゲーだ」

今まで気づかなかったけど、目を凝らすと、葉の隙間から光が漏れている場所があった。覗いてみると、うっすらと影が見える。

「誰かいますよ……」

ゆっくり近寄ると、話し声が聞こえてきた。

「……そろそろ戻った方がいいんじゃないですか」

「マァ大丈夫だってぇー。アイツらいるしぃー、俺らの仕事そんなねーじゃんか」

あの二人は……。

「どこかで聞いたことある声よね」

「そうですね確か……」

ガサッと葉をかき分けて中に入ると、そこには長いテーブルに大量のポットやティーカップ、カラフルなケーキ、それらがごちゃごちゃに並べ……いや落ちていた。下に何枚か割れた皿もある。

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