(2)

「何これ、ここに入れっての?」

道というか、穴だ。どこまで深いのか分からない。

「仕方ないわね。あたしが先に行くから、タケルちゃんはルリカちゃんを支えて来てちょうだい。今度はあたしが下でクッションになるわ」

頷いて、ルリカの手を握り直した。そっと片足だけ中に入れる。

「ルリカもう少しこっち……あ……あー! あああああ!」

バランスを崩して、一気に穴の中へ落ちてしまった。三人分の叫び声が響く。このままの勢いで落ちたらどうなるんだ。

「うわぁぁ死ぬううう……あれ?」

突然体がふわりと浮いた。それからはゆっくりと下降を始める。

「はぁ……良かったー。ルリカ大丈夫か?」

手はそのまま繋がれていた。良かった。離してはいなかったみたいだ。ルリカは反対側の手に何か持っていた。

「……懐中時計?」

随分古い物のようだけど、どこで見つけたのだろう。

「これがどうかしたか?」

「あげる」

「あげるって……ルリカのじゃないだろ。まぁいいや貰っておくよ」

ダメだったら後で返しておくか。どこに返せばいいのか分からないけど。

「なんで俺に?」

「んー……」

特に理由は無いみたいだ。

真っ暗だった空間にランプが現れた。その明かりによって見えた壁は英字が羅列してある。まるで大きな本の中みたいだ。

どのぐらい落ち続けてきただろうか、やっと底が見えてきた。

着地した床はピンクと白のダイヤ柄だった。ウサギの形の扉がある。

扉を開けると、また生垣があった。道は一直線だ。そこを進んでみると、突然終わりを迎えた。後ろを振り返ると迷路が広がっている。そうか、ここは迷路のゴールだ!

「やった! やっと迷路が終わった……」

「あんなところから繋がってるなんてねぇ。真面目に迷路やるよりは近道だけど」

小さな白い門を通ると芝生の道に出た。トランプの模様、それぞれの形に切り揃えられた木。そこに咲いている白バラは、赤いペンキでべっとりと塗られている。その近くに落ちているペンキ缶には、No bloodと書かれていた。

血ではないという意味か。なんでわざわざそんなこと書くんだよ……。

確か女王は赤が好きなのに、間違えて白バラを植えてしまったトランプ兵が、バラを赤に塗っているというシーンだ。白バラなんかを植えたことがバレたら首をハネられる。

目の前にそびえ立つどでかい城。ここがメインの場所だろうか。迷路の分を含めるとかなり広い敷地だ。

「ここに入るんですよね……」

開けるのを躊躇してしまう立派で重そうな扉。中はもっと凄いに違いない。

「ほら、突っ立てても始まんないわよ。さっきも城に行ったじゃないの」

「あれとはちょっと雰囲気が違うじゃないですか。……せーので開けましょうよ」

「分かったわ」

二人でそれぞれ、重そうな扉に手を掛ける。

「せーのっ!」

「……っ」

「りょうさん!」

「しょうがないじゃない! あたしだって緊張するわよ」

今度はゆっくり、恐る恐る二人で開けた。

「うわぁ……」

広いエントランスだ。クリスタルのような透き通る壁や床。真っ赤な絨毯は階段の先へと続いていた。キラキラ輝くシャンデリアや、装飾に目を奪われていた時だ。

「よし、この子がアリスだな!」

「連れて行くぞ!」

「はい!」

「ちょっと待て! 何なんだよお前ら」

突然どこからか現れた、やけに身長の小さい三人組はルリカを掴んでいる。小人のようだが、服にはトランプのマークが書かれていた。

「すまないがさらばだ!」

「おいっ!」

あっという間にルリカを背負って、どこかへ走り去ってしまった。

「なんか、次から次へと色々起こるわね」

「……追いましょうか」

階段を上がると、どでかいドアがあった。どどんと真っ赤なハートが主張している。良い予感は全くしなかったけど仕方なく開くと、中も広かった。裁判所のようだ。それにしては派手な飾りばかりだけど。

その中で、やけに大きな椅子に座っている人物がいた。吊り気味の大きな瞳に真っ赤なドレスを纏っている女性は、恐らく女王様だろう。

「よくここまで来たな。わらわは待っていたぞ」

思っていたより若い……いやルリカよりは上だろうけど、どうみてもまだ子供だ。小さいから余計椅子が大きく見える。

「あ、ルリカ!」

椅子の横に大きな鳥かごがあって、その中にルリカが閉じ込められていた。

「ルリカちゃん大丈夫?」

怖がっている様子はなかった。表情を変えないままこちらを見て、親指を立てる。

「ちょっと、あたしを無視するんじゃないわよ!」

「で、今度は何すればいいのかしら」

「うぅ……と、とにかくわらわはここの女王である! そこの少女には大罪の容疑があるので、こちらで捕らえさせてもらったぞ」

「大罪の容疑? 随分大袈裟だな」

コホンと咳払いをした。決まったセリフを言おうと意気込んだように見える。

「わらわの楽しみに取っておいたパイを盗んだのだ。大罪以外の何物でもあるまい!」

やっと謎解きの中心に来れたようだ。予想とは随分違ったけど。

「とりあえず他に容疑者が見つからなければ、そこの子供の首をハネてやるからね! お前たちが有力な証拠を持ってきたら考えてやってもいいぞ」

「じゃあ行きましょうかタケルちゃん」

「はい」

ちょっとちょっと! と呼び止める声が聞こえた。

「この子の首ハネちゃうかもしれないのよ! あんたも、もっと怖がりなさいよ!」

「……ん?」

「あー! もう!」

この女王様なら、ルリカじゃなくても怖がることはないだろう……。

城の中は、この裁判所のある二階までしか入れそうにない。一応全ての部屋を回ったけど、めぼしいものは何も見つけられなかった。一度外に出る。

「あとヒントって何が残ってましたっけ」

「そうね……芋虫は見てないわ」

その時ちょうど、キラキラと目の前に何かが横切った。

「あ、蝶だ」

「タケルちゃんあれよ!」

光る蝶を追いかけて迷路に戻ったのに、壁を乗り越えて飛んでいってしまった。

「えー、もしかしてハズレでした?」

「さぁ……この壁ってなんとかできるかしら」

触っても、さっきみたいに回転したりはしない。

「よし、タケルちゃん。乗り越えるわよ」

乗り越える? そう言うとりょうさんはしゃがみ、こちらに背中を向けた。

「え、何してるんですか」

「見れば分かるでしょ。早く乗りなさいよ」

「ええっ! いや無理無理無理無理です」

男とはいえりょうさんは細い。身長はこちらの方が……ま、まぁまぁちょっとだけ低いけど、それにしたって俺も立派な青年なのだ。背負えるとは思えない。

「大丈夫よ。ついでに迷路の道も見えないかしら」

「じゃ……無理だったらすぐ降りるから、言ってくださいよ」

「もーうビビリなんだからぁ」

恐る恐る乗り、りょうさんが立とうとした時だ。

「ぐぉっ」

今まで聞いたことない声が響いた。

「クッソー重い!」

「す、すいません……」

「いいから! 何か見えたっ?」

壁の上にはギリギリ手が届くぐらいだ。思ったよりも高いので、よじ登るのは無理そうだ。なんとか見える向こう側も、同じような緑しか見えない。トリックが仕掛けられていそうな場所も分からなかった。

「すいません……特に何もなさそうです」

「あー腰いてぇー」

「大丈夫ですか? ……すいません」

「はは、謝りすぎよ。あたしが乗れって言ったんだし、こんぐらい平気。それにしてもハズレかぁ」

「はい……やっぱりここの壁ですかね。もしかしたらボタンとかあったりしないかな」

わさわさと触っても、ただの葉だ。ぶつかったり、引っ張ってみても動かない。

「うーん……押しても引いてもダメな時ってどうすればいいんですか」

「なーんかその言葉、タケルちゃんが言うと……ふふ。そうねぇ、持ち上げちゃえばいいんじゃないかしら? まぁこの壁を自力で上げられるとは思えないけど……」

ゴゴゴゴ……と音が鳴った。

「あらぁ、びっくり」

下から上にスライドするように持ち上がった壁の先は、少し色が変わっていた。葉は真緑から黄緑へ。真っ直ぐに歩くと、ちょっとした広場が現れた。小さな噴水があるぐらいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る