少女の涙

気分を変えようと、初めのバラ園へ戻ってきた。中へ入るとバラだけでなく、様々な花を育てているようだった。どれも傷一つついていない、芸術品のように美しい花だ。

ルリカはこんなところに実際住んでいても違和感がない。どこから来たお嬢様なんだろうか。

「バラってこんなに大きかったっけ……」

特にバラがメインなのか、凄く迫力がある。一輪一輪が主役のように大きく育っていた。

その中で一際輝いているものがあった。気になって触れてみると、その花ビラの隙間から宝石が見つかった。ピンク色の花から出てきた、可愛いらしい色の宝石だ。

「今回は何もしなくても出てきたな」

こういう宝探し要素もあるのかもしれない。

宝石を持って戻ると、二人は猫足の白いテーブルがある場所にいた。その上にはティーカップと、沢山のデザートが置かれている。お茶会一式が完璧に揃っていた。

「……何してるんですか」

いつの間に二人で、こんなに優雅に過ごしていたのだろうか。まぁ似合ってるし、いいけど。場違いと分かっていながら、隣に座った。

「ふふ、さっきカッコいい人達が来て、是非どうぞっていうから休んでたのよ」

「……はぁ」

慣れた手つきでケーキを切り取ってくれた。

「ああ、サンキュ……。それよりさっき宝石見つけましたよ」

「まぁ可愛いピンク色ね」

「バラの中から出てきたんですよ」

ルリカは小さい指で、光に透かしたりしている。宝石の目利きもできるのか?

「ルリカちゃんにぴったりね」

「宝石も好きなんですか?」

「そうよぉ、タケルちゃんもここって時にはジュエリーを贈るべきよ。嫌いな子なんていないんだから」

「この年でも……ですか?」

「まぁ、あんた達にはちょっと早いかもしれないけど……女の子は大人に見られたいものだしね」

「へぇ……」

りょうさんは特にそういうところに敏感というか、詳しいのかもしれない。実際の経験なのか、単に趣味か……。でも黙って宝石を眺めている姿は背景も合わさって、送る側の方が似合っていた。キラキラな効果音が聞こえてきそうな……女性がこんな男性からプレゼントを貰いたいランキングで殿堂入りしそう。

「あらどうしたの?」

視線に気づいたのか、ティーカップを置いてこちらを見た。

「い、いや……その宝石似合ってますね」

「やだータケルちゃんったら。うまいんだからもう!」

どういう意味で捉えられたのか微妙なところだけど、本人が嬉しそうなのでまぁいいか。

「っぶぉ!」

横を向くとルリカが持っていた宝石を舐めだしたので、びっくりして咳き込んでしまった。

「何してんだそれは食べられな……あれ?」

よく見ると宝石の先には白いスティックがつけられていた。あのお菓子屋で貰ったやつか。なぜここまで精巧に作ったのだろう。

「これはキャンディー」

「……ったく、紛らわしいな」

一つもらった飴を見つめて溜め息を吐く。そんな様子にルリカは笑っていた。

「ああ……優雅な午後って感じ。時間は分かんないけどね」

いつの間にか演奏者達も中庭に来て、生演奏を始めていた。

「遊園地ってよりは、旅行に来たって感じですね」

今のところ遊園地といえばのあるあるで出てきそうな、ジェットコースターや観覧車は目にしていない。

「どこかにあると思うわよ。ここって凄く広いんでしょう? まだまだこんなの一部分なのよ」

「あれ……そういえば俺たちっていつまでここにいるんでしょう?」

んーと唸った後、こてっと首を傾げた。

「そうねぇ……ま、いいんじゃないかしら。今のところ不自由はなさそうだし。お金を取られることもなければ、何か命令をされている訳でもないのよ」

「それは……そうですけど」

そのとき演奏が一際盛り上がった。大きな音にビクッと驚いてしまう。

「とりあえずはコレ解いてみましょ。進んでいく内に分かるかもしれないわ」

「じゃあそろそろ移動しますか」

ケーキを平らげて、再び屋敷の中に戻る。今度は上の階の探索だ。

「ふーん。タケルちゃんここって別塔もあるらしいわよ」

エレベーターの中で、再び端末を見せられた。

この敷地だけで一体幾らかかっているのだろうか。この昔のホテルで使われていたような内装そのままのエレベーターなんて、逆にお金がかかりそうだ。

「端と端に塔が二つあって、橋で繋がってるらしいわね。その橋の下がさっきの部屋とかがある場所。その更に下が、最初に入ってきた地下室みたいね」

最上階に、その別塔へ行ける橋があるようだ。チンと軽やかな鐘の音を合図に扉が開いた。

最上階は音がほとんど聞こえてこない、静かなところだった。シンプルな造りで、特に部屋もない。目の前には二つを繋ぐ長い橋への入り口。後ろには小さな空間があった。そこは螺旋階段になっていて、上にだけ進めるらしい。橋は後回しにして、こちらから行くことにした。

幅が狭いので、気をつけながら石壁の塔を登っていく。時折切り取られた隙間から光が入るので、中は明るい。

「ここにも一つ部屋があるわね」

思っていたより早く終わりが来た。そこは真っ白な空間が広がっていて、窓からは爽やかな青色の空が見えた。

金色のドアノブを開くと柔らかい風が吹く。そこは子供部屋のようだった。奥にある大きな窓は半分ほど開いて、カーテンが揺れている。部屋の中にある家具は白で統一されていた。ピアノとベッド、棚には可愛らしい人形が飾られている。床には何冊か積み上げられた絵本があった。

窓の側には手作りなのか、少し不恰好な人形があった。金髪に白いワンピースを着た女の子と、同じく金色の髪に白い服を着た男の子が、寄り添うようにして横たわっている。手のひらより少し大きいぐらいの人形だ。

「あっ……中に何か入ってる」

背中には不自然に固いものがある。服の中から取り出してみると、出てきたのは真珠だった。

「……パール? あの形じゃない宝石も置いてあるんですかね?」

ダミーか? それにしては美しく輝きを放っている。

「綺麗ね。一応持っておけば? 後で役に立つかもしれないわよ」

そうですねと返事しようとした時、ピアノの音が部屋に響いた。ルリカが弾いているのはきらきら星だ。

「へぇ、上手いじゃない。ピアノのお稽古もしてそうよね、ルリカちゃんは」

演奏が終わったのか、椅子から降りると、ガチャリと音が鳴った。ピアノの蓋の部分が開いて小さな小箱が見つる。開けてみると、透明の宝石が出てきた。少し白がかった色にも見える。

「あれ、だったらさっきのはやっぱり違うんじゃ……」

とりあえず箱にしまうと、またルリカはピアノの前に座った。

「……えっ?」

ジャンッと力強い音が流れた。そんな力がどこにあるのか、先程のとは比べ物にならないぐらい難易度が上がった曲を弾きだした。音楽には詳しくないけど、どこかで聴いたことのある曲だ。

――白昼夢

その時、不意に誰かの声が聞こえた気がした。でも二人ともこちらを見ている様子はない。

なんだろう……こんなに真っ白な空間にいると、不思議な気分になってくるな……天国にでも来たみたいな……。

「ルリカちゃんすごーい!」

りょうさんが拍手する音で現実に戻された。

「……っ」

今、うまく言えないけどこの世界に引き込まれたみたいな……そんな感じがした。

「その曲素敵だけど、聞いたことないわね」

「……え?」

「あら、有名な曲だったかしら」

「いや、分かりませんけど……」

りょうさんは知らない曲か。まぁそんなこともあるだろう。ぼーっとする頭を何とか動かしながら、もう一つの塔へ向かった。

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