(1)
うわぁ……と思わず声が出てしまう。
赤と混ざったどす黒い空の下には、ツルがびっしり巻きついた長方形の建物があった。その周りを囲むイバラは、来るものを拒んでいるかのようだ。
「あらぁ、もしかしてタケルちゃん怖いの?」
顔が引きつっていたのを見られていただろうか。ニヤニヤと笑うりょうさんに向き合う。
「こ、怖いっていうか……まさか初っ端からこんな雰囲気のとこに来るとは思ってなくて……あっ! ルリカが平気かなぁって! もし怖がるようだったらやめても……」
「ルリカちゃんなら大丈夫そうよ」
「え……」
下を見ると、不思議そうにこちらを見上げる瞳と合った。きょとんとしている。
「あー、ルリカが平気ならいいんだ。入りましょうか!」
半ばヤケになって、手を引っ張った。
中は更に暗かった。洞窟みたいな石造りの廊下が続いている。弱々しいロウソクがいくつか置いてあるだけの道を進んだ先には、他の客もいた。自分達だけでないと分かると少し安心する。
通路を右に曲がると、扉が現れた。ここが問題に出ていた少女の部屋だろうか。元がピンク色だとどうにか分かるぐらい色褪せている部屋は、円形になっていた。
ベッドと本棚と鏡台、物はあまり多くない。その一つ一つが少女の趣味なのか、可愛いらしいデザインだった。古いからなのか、あちこちが黒くなっている。綿が飛び出ているテディベアがベッドの上に乗っていた。まるで使われなくなってから、百年程経っているかのような演出だ。作り物だと分かっていると、よくできているなとしか思わないけど。
壁に一枚の肖像画が貼られていた。ドレスを着た女性の絵だ。口から上の部分が破れてしまっているので、顔は分からない。口元は微笑んでいた。
その部屋から続いている道に出ると、馬車があった。人が乗る部分に花が詰められている。綺麗だけど、これも一種のアートなのだろうか。芸術はよく分からない。
更に進むと、階段が現れた。上から光が漏れている。それ程長くはなさそうだ。
「あらぁ素敵!」
上には、りょうさんが喜ぶのも分かるような美しい光景が広がっていた。大きなお屋敷の庭といった感じで、一面にバラが咲いている。少し先には、ガラス張りの豪華なホールもあった。輝くシャンデリアの下で、音楽に合わせて鮮やかなドレスを着た女性達が踊っている。この人達もさっきの子供と同じで、初めからここにいるんだろう。
「さてと、謎解きを始めましょうか。うーんわくわくするわね」
ホールとは別に、更にでかい屋敷があった。恐らくここが本番だろう。
「この中から探索しますか」
こんな立派な建物を実際に見るのはもちろん初めてだ。ああまだ制服で良かった。ジャージなんか着てたら浮きまくっていただろう。
ガラス越しに踊っている人達を眺めてから、屋敷の扉に手をかけた。簡単にそれは開く。思っていた通り、見事なエントランスが現れた。あちこちにある装飾品も豪華だ。
「やーん素敵ぃ。こんなところ住めたら幸せでしょうねぇ。みんなお姫様になれるわ」
「好きそうですね、こういうの」
「ふふふ、ルリカちゃんもお好きでしょう? お洋服と、とっても似合っているしね」
ちょっと考えた素振りをしてから、コクンと頷いた。その時、ルリカの頭の先にある鏡が目に入る。
「……えっ」
何かが映った気がした。手を離して、鏡の前に駆け寄る。
「どうしたのよタケルちゃん」
「い、今絶対なんか映りましたって! 女の人……髪の毛が茶色くて、ちょうどルリカみたいな青いドレス……」
「いやそれ、ルリカちゃんでしょ」
呆れたような二人の視線が突き刺さった。
「違いますよ、絶対大人でしたあれは!」
「今度見えたらまた教えて。まぁでも……それもアトラクションの一部なのかもしれないわよ」
「あ、なるほど」
ここはもう遊園地の中なんだ。演出だと思えば、どんなことが起きても不思議じゃない。
「どうせならドレスアップしてきたかったわぁ」
その場合どちらなんだろうと声に出さずに考えながら、近くにあったドアを開けた。
中はあまり広くない質素な部屋だった。使用人室だろうか。それが三つ続くと、次に開けた部屋はガラッと雰囲気が変わった。
赤い花柄の絨毯、大きな暖炉がドンと構えている。天蓋付きのベッドまであり、真ん中には女神像が置かれていた。
「ここがゲストルームなのかしら? それともお姫様のお部屋?」
こんなベッドを見たらやることは一つだ。ポスンッ! 体がふんわりと包み込まれるように沈んだ。
「おお、ふかふかだ」
ルリカの真似してベッドに寝転んでみる。
「いいなぁ……これ」
ここに泊まりたい。アトラクションの一部に使うだけならもったいない。ホテルのスイートルーム級だろう、多分。まぁ謎解きに来る人がここを訪れるだろうから、実際泊まるには落ち着かなさそうだけど。これだけ広い遊園地なら、宿泊施設もかなり豪華そうだ。
「……これ」
もふもふと手触りのいいクッションをいじっていると、何かを差し出してきた。
「なんだこれ……箱?」
「下にあった」
ベッドの下を覗いて気がついたらしい。重厚感のある鉄製のものだ。開けて中から出てきたものを見て、つい落としてしまった。
「うわぁっ!」
「ちょっと何してるのよ……ってやだ!」
毛布の上に落ちたから、箱と中身は壊れていない。中から出てきたのは赤くぬめりとした肉? 何かの内蔵のようだ。
「気持ち悪……なんですかこれ!」
「さすがに本物じゃあないでしょ?」
「……白雪姫」
「えっ?」
ルリカはつまみ上げて箱に戻しながら、こちらを向いた。
「そうね、白雪姫の心臓だったかしら? それの代わりに、森にいた猪なんかの心臓を継母のところまで持っていくのよね」
白雪姫の話か……覚えていると思っていたけど、実際細かいところを話されるとよく分からないものだ。そりゃおとぎ話なんかこの年で読まないけどさ……。
「そういえばさっき鏡もあったわよね」
「……鏡のとこ持ってくの」
「そうね、ちょっとやってみましょうか」
さっきのところまで戻ってきた。鏡には自分達しか映っていない。パカッと開けて、中身を見せてみる。
「何も起こんないわね」
「……ですね」
この鏡じゃないのだろうか。まぁこれ自体間違っているのかもしれない。白雪姫の話は問題には出ていなかったし。仕方なく箱を持ちながら探索を再開させる。順番に部屋を回ると、随分奥まで来てしまった。
行き止まりかと思ったけど、なぜかそこにはカーテンがあった。試しに触れてみると、指先は何にも当たらない。もしかしてと開いてみると、まだ廊下が続いていた。
「あらっ! お手柄よタケルちゃん」
ぱんぱんと肩を叩かれながら一歩踏み出す。
「何の為のカーテンですかね。隠したいのか、そうじゃないのか微妙っていうか」
服を整えながら辺りを見渡すと、今までの場所とは違って、古く色褪せていた。床に敷かれていた絨毯もないし、壁紙もシミが残ったまま放置されている。
廊下に一つだけぽつんとある扉。中は地下で見た、あの少女の部屋と全く同じ内装だった。ただ違うのはその部屋だけ、最近作られたかのように綺麗だったことだ。廊下とのギャップが凄い。可愛らしいテディベアは毛がふわふわのまま、同じ位置に座っていた。
「うーん。どういう意味なのかしらこれ」
「……マッチ」
いつの間にか調べていたのか。鏡台の中には、マッチの箱が一つ入っていた。
「……これをどうするんだ?」
「あんまり考えたくないわね」
とりあえず箱から出してみた。
「俺、これやったことないです……」
「タケルちゃん火つけられないの? マッチぐらい使えなきゃ色々と困るわよ」
「いやー軽く試したことはあるんですけど、ちょっと怖いっていうか……何回擦っても全然上手くいかなくて」
任せなさいと、こちらから箱を取り上げ得意げに笑った。
「角度っていうかね、ちょっとコツがあんのよ。こういうのはっ」
ボウッとりょうさんの指先から火が現れた。顔に熱風を感じる。
「おお、うまい!」
「こんなので褒められても……って、きゃああああ!」
「えっ? ……うわぁぁ!」
突然部屋の中が暗くなったと思ったら、壁が赤に染まった。黒い影が部屋中を走り回り、様々な声が聞こえてくる。叫び声ばかりであまり聞き取れなかったけど、どうやら火事が起こっているみたいだ。水ー!とか火を消せとか叫んでいる。切り絵のような絵はバタバタと自分の周りを動き回り、こちらから触れることはできない。
ごうごうと燃える音の中で家具の色が変わった。本当に燃えてしまったみたいに真っ黒になっている。
そしてマッチの火が消えた瞬間、今の騒ぎが嘘のように静まった。音も影も消えている。
「はぁぁ……びっくりした。ルリカ大丈夫?」
トコトコ歩いて、ボロボロになったテディベアを持ってきた。
「これがどうした? ……あっ」
受け取った瞬間ゴトリと音がして、何かが落ちた。
「宝石?」
水色の宝石がテディベアの中から出てきた。
「これがあの問題のヒントのことかしら。確か七つの宝石」
「なるほど、この部屋は地下と同じにしろってことだったんだ」
お腹から綿が出ているテディベアを元の場所に戻す。少しだけ綿を詰めておいた。
廊下に戻って一息つく。思っていたより、刺激的なアトラクションなのかもしれない。
来る時に見逃していたけど、一カ所だけ壁の色が変わっていることに気がついた。
「あれ、ここ変じゃないですか?」
「本当ね……」
りょうさんがいきなり壁を破いた。それよりも驚いたのは、その場所から鏡が出てきたことだ。
キラキラ光る鏡を見ていると、今度は鏡の中が燃えだした。後ろを振り向いてみたけどそこは何も起きていない。やがて美しいけど、どこか冷たい印象を覚える女性が現れた。さっき見たルリカっぽい人とは違う。
『この世で一番美しいのは誰か――』
さっきの箱を開けて、目の前にかざしてみた。じろりと動いた瞳が、実際生きてるのではないかと思う程リアルだ。ニッコリと微笑むと、いつの間にか箱の中身が消えていた。
『感謝するぞ。これで正真正銘、私が一番だ……』
ポロッと鏡の中から出てきたのは紫の宝石。開いた箱に今までの宝石を入れてそこを去る。なんとなく勝手が分かってきたぞ。
元の位置まで戻ってきて、カーテンを開けたままにした方がいいのかと話していると、ふと視線を感じた。
「……あれ?」
気になったけど、勘違いだったのかもしれない。初めの鏡のこともあるし。
「ふふふ……」
歩き始めた頃に、後ろから笑い声が聞こえた気がした。
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