イバラ姫の呪われた城
カーテンの裏はそのまま外に繋がっていた。顔に風が触れる。ずっと室内にいたから気分がすっとした。
空の色は薄い水色から段々とオレンジになり、遠くの方は紫やピンクとグラーデションのようになっていて、本物のように見えるけど、作られた空間なのだと分かった。ゆっくりと流れて、色が移動していく。
辺り一面は霧がかかったように、全体的に白っぽくもやもやしていた。それがこの通りに並ぶ、煉瓦でできた店には似合っている。一軒一軒造りは似ているが、中身は違う商品が置いてあった。
ぼんやりとした淡いオレンジの街灯が間隔的に道を照らしていて、それが空の暗さも相まって、夕方のようだ。
「ちょっと思い描いていたのとは違ったわね」
確かに、既に想像していた遊園地の雰囲気ではなかった。近くにある店は山積みになった本や、オモチャのコウモリが窓から見えている。入り口にある骸骨や大きな杖が怪しい。普通に買い物をする為の店ではなく、これ自体も雰囲気作りの一つなのだろう。蜘蛛の巣が張ってるところもあるし。
少し歩くと、今まで見当たらなかった小さい子供が集まっていた。
「こんな子、いませんでしたよね?」
「そうねぇ。こんにちは」
手を振ったり話しかけてみたけど、反応がなかった。そっと肩に触れてみると、スッと煙のように消えてしまった。
「ど、どうなってるんですか?」
「これも演出なのかしら。リアルに見せる映像技術。結構凝ってるわね」
「あっ」
突然声を上げたルリカは子供の方をじっと見ていた。よく見ると、みんな手に様々なお菓子を持っている。
「もしかしてお菓子が欲しいのか?」
コクンと頷くと、そのまま手を離して駆け出した。
「ふふ、子供らしいところもあるんじゃない」
「そうですね」
追いかけると、大きな看板が目に入った。アメリカで古い時代に流行ったようなデザインのお店だ。キャンディーを持ったピエロの絵があるので、ここがお菓子屋で間違いないだろう。
「あらぁ結構可愛いじゃない?」
ドギツい色をしたチョコレートや、宝石のような飴、綿あめで作られた動物などが並んでいた。
「あれ、持ってきちゃったのか?」
タタタッとこちらに来たルリカは、両手いっぱいにお菓子を抱いている。
「……もらった」
「え、貰ったって誰に?」
「そういえばあたしたち財布持ってないじゃない!」
ウィーンと音がして、子供がデザインしたようなロボットが店の奥から現れた。お腹のところには、お店のロゴ入りエプロンをつけている。
「オ金ハ頂キマセン。全テ皆様ノモノ」
機械の声なのに、なぜか暖かく聞こえる。どこか懐かしい気分になった。
「ドウゾ」
手を伸ばすと、一つのお菓子を手に取った。それをそのままこっちに差し出す。
「ペロペロキャンディーか。見たことはあったけど、実際食べるのは初めてかもなぁ」
「あらタケルちゃん食べたことないの? 甘いし、量が多いのよねぇ。見た目は可愛いんだけど。あとそれ、ぐるぐるキャンディーじゃない?」
「えっ、ぐるぐるキャンディーなんて言いませんよ。確かにぐるってますけど」
「嘘、言うわよー」
「……そうですかね?」
「ふふっ、それよりここにあるもの全部タダってことなのかしら。本当に?」
「ドウゾドウゾ。モッテケドロボー」
ぐるりと腕を回す謎のジェスチャーでロボットが答えた。
「あら、太っ腹。ほらタケルちゃんも選んじゃなさいよ」
「じゃあお言葉に甘えて……」
懐かしさを感じる駄菓子から、見たことのない珍しいものまで揃っている。思っていたよりも盛り上がった末、いつの間にかポケットがぱんぱんになっていた。ルリカはポシェットの中にぎゅうぎゅうと詰め込んでいる。よく見ると、うさぎの形をしたチョコレートを既に半分食べていた。
――ピロリロリン。三人の板から同時に音が鳴った。端末を起動すると、画面に文字が現れる。
『どこへ行くか迷われている皆様へ。よろしければ謎を解きながら進んでみるのはいかがでしょう! 五つの問題を用意しました。住人達が皆様をお待ちしています。是非ご参加ください』
問題3
少女の涙 荊に囲まれし麗しの姫君
紡がれた先には毒より甘い狂喜
奥深くに潜む想いを眠りに閉じ込め
困惑の中で少女は歌い継げる
黒い願望 助けるには光が必要だ
7つの想いをあるべき場所へと戻せ
ヒント 涙の変わり
イバラ、眠り……これはあの童話をモチーフにしているんじゃないだろうか。確か百年間眠ってしまう姫の話だ。ただ問題だけだと、何をすればいいのかさっぱり分からない。
「あら、タケルちゃんのは違うのね」
「りょうさんのは何でした?」
あたしのはこれよと、見せられた画面を覗く。
問題4
荊の道を抜け 少女は混乱する
赤白赤白赤白――首が好きな女王様
あなたのパイは何味かしら?
ウサギと妙ちきりんな男が言っていた ついでに芋虫も
薔薇が赤に変わる前に女王様に差し出そう
ヒント ドードー鳥が産むモノ
「これは不思議の国のアリスよね。なんとなくこっちのが簡単そうかしら。問題っていうよりポエムみたいだけど」
「ルリカのはなんだった?」
覗いてみると、りょうさんのと同じ問題だった。
「とりあえずそれっぽいの探してみましょっか」
地図を開いてみると、姫と関係しそうな城はいくつかあった。でもどれがイバラの姫のヤツなのかは分からない。
「誰かに聞いてみようかしら? あら!」
待っててと走り出したりょうさんの背中を二人で見守る。その場で待っていると、苦笑いを浮かべている男性を満面の笑みで連れてきた。……ああ、イケメンだ。外国人だろうか。大きなシルクハットや、派手な服を着ているのに浮いていない。パフォーマンスをする人なのかな。一般の客でないことは確かだ。従業員に聞くというアイデアは良さそうだけど、反則技だなこれは。
「……君は」
男は困ったように笑っていたけど、こちら……恐らくルリカの方を見たのだろう。一瞬笑みを消した。何かを考えていたようだけど、目線を合わせる為に腰を曲げると、にこりと微笑んだ。
「まさか……いや、なんでもないよ。お嬢さんどうだい? 楽しんでるかな」
「ちょっとーあたしは無視なの?」
「ああ、ごめんね。それで、用は何だったっけ」
「この問題は恐らく、どこかのアトラクションのことを示していると思うんですけど、分かりますかね」
彼は知らなかったのか、端末の存在自体に驚いていた。ここの従業員じゃないのか?
「ふぅん……こんなことしてたのか、へぇ……。ああ、俺表舞台のことはあんまり詳しくなくて、お役に立てなくてごめんね。でもイバラ姫なら……確かここの城がそうだったと思うんだけど」
指差したのは割とここから近い場所だった。赤い空の下にある建物の周りには、黒い霧が漂っている。どう見ても不穏な雰囲気で、できれば近寄りたくない。
「ありがとお兄さん。助かっちゃったわ」
「いや、例には及ばないよレディー達。お嬢さん、怖かったらそこの王子様に助けてもらうといい」
ぱちりとウインクを返してきたイケメンは何を言っているのだろうか。あまりに顔が良いと、他の部分が残念になるのが流行ってるのか。……王子って。
そのままひらりと華麗に去っていった彼の言う通り、城に向かうことにした。
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