(1)
橋からは下のバラ園が見える。上から見るのも綺麗だ。長い橋を渡って、反対側の塔まで歩く。そこはさっきの塔とは逆で、真っ暗な闇が広がっていた。今度は下にしか行けないらしい。
「ちょ、さっきと様子が違いすぎませんか」
「右が白なら、左は黒ってわけね」
「下が灰色」
「あら上手いこというじゃない、ふふ」
意を決して螺旋階段に足を踏み入れる。ロウソクが壁についているけど、明るくはない。何とか下が見えるレベルだ。ロウソクは近づいても熱くなく、風が吹いても消えない不思議なものだった。
一つ部屋があった。冷たさを感じる鉄製の扉だ。開くと、中も真っ暗だった。部屋の大きさは同じぐらいだけど、その内装は全く違う。
一番最初に目に入ったものは、人形だった。大きさは人間サイズだけど、作り物に決まってる。
銀色の髪の毛がこちらの足元まで広がっていた。その髪の主は鎖で上から吊され、手首だけ顔の横に持ち上げられている。膝をついて、ぐったりと力の入っていない様子だ。首も下がっているので、顔は見えない。
レースが沢山使われた、白いドレスを着ている。端末で部屋を照らすと、壁には鉄のイバラが巻き付いていた。
「なんですかこれ……」
少し後ろに下がる。
「タケルちゃんってホラー系ダメなんでしょ」
「そ、そんなことありませんよ……」
二人を前に押し出して、後ろから部屋を覗く。あれは人形だよな? 動かないよな?
「なさっけないわねぇー」
ツンツンと後ろから服を引っ張られた。
「なんだよルリカ……急に」
「ん?」
二人は俺の前にいる。どうやって後ろから引っ張ったんだ。
「……っ」
ここは……あ、アトラクションなんだ! 嘘なんだから……で、でもそんなの関係ない! リアルだし! 作り物でも嫌なものは嫌だ!
「あー俺、さっきの階段にもしかしたら見落としたものがあるかもしれないから、見てこよっかなー」
「一人でいる方が怖くない?」
「……うっ」
確かにその通りだ。でも部屋の中はもう見たくない。不気味すぎる。
「あ、出てきた」
ついルリカの声で顔を上げてしまった。
「ひげぇっ!」
目の前には白い、足の無い少女が浮いていた……よく見れば長いドレスで足が隠れているだけみたいだ。でも体の色が半透明なので、人外である事には変わりがない。
「……ふふふ」
思ったよりも全然可愛い少女が現れたので、恐怖心は薄れていた。
「……なんだ。こんなもんですかー。いや、あれですよ。急に出てくるから怖いのであって、ちゃんと出てきてくれれば怖くなんてないんですよー。所詮子供向けだなぁ」
「タケルちゃん……」
少女はまだ繋がれている自分? の上に浮いて、両手を祈るように握りしめている。その顔は悲しそうだ。
「私は呪いによって眠らされていたの……起きたらウェディングドレスを着せられていて。何も、何も覚えていないのにいきなり結婚しろだなんて……それからずっとここに閉じ込められているのよ」
彼女は移動して、ぐったりしている少女の頬に手を添えた。
「この子は私の分身みたいなもの。心も鎖で繋がれているの……私はこの肉体とはもう分裂してしまったから、助けてあげることはできない――お願い、この子の呪いを解いてあげて」
「何をしたらいいんだ?」
「地下にもう一つ部屋がある。七つの宝石を正しい場所に戻してあげてほしいの……そうしたらきっとこの子も私も、思い出せるハズよ」
「七個か、あと三つだな」
「どこにあるかは教えてくれないのよね」
「私もここから出られないから分からないの……ごめんなさい」
やっとチュートリアル? いや問題の要部分に来れたみたいだ。
この先も問題文だけの、ノーヒントというスタイルが続いていくのかもしれない。思ったより色んなところを回っていかないと、謎は解けないのかも。まぁ今は順調ぽいけど。
少女に見送られて、下の階へと降りる。他の客達があの部屋に行ったのかは分からないけど、すれ違うことはなかった。これだけ広いし、散らばっているのかもしれない。
「あら? あの部屋、電気が漏れてるわね」
暗い廊下にある客室から影が伸びていた。外から覗くと、ヒゲを生やした男が向かい合わせに座っている。二人とも中世のような、随分古い格好をしていた。
「それで、満足いく結果だったのか?」
「ええ、ええ。そりゃあもう……ふふふ」
「足がつかないようにしたんだろうな?」
「もちろんで御座います。それにしても、あんなに保険金がかけてあるとは。しかもお嬢さんはショックで記憶を無くしてるときてる」
「ハハハ……まるで悪魔が微笑んだかのように上手くいっているな」
「後は適当に披露宴でもして、部屋に閉じ込めておけば完成ですよ」
「さすがだよ。君に頼んで良かった」
「いいえ、また是非とも私めを頼りください」
「ハハハ……ハハハハッ」
「ハハハハッ!」
まさに悪代官と……みたいな会話が繰り広げられていた。聞いているのもあまり気分が良くないから、さっさと去ろう。この物語の真相は大体分かったし……。
「タケルちゃん危ない!」
「えっ?」
いきなり叫んだりょうさんの方に向こうとする前に、腕を強く引かれた。何が起きたか分からなくてさっきの二人組の方を見てみると、辺りはまた火に包まれていた。今度は熱さも感じるし、二人の悲鳴もリアルだ。
「……どうして」
部屋の片隅にさっきの女の子がいた。しかしその姿はすぐに消えてしまう。見間違いか? いや確かにいた。でもあそこからは出られないと言っていたのに……。
「あぁーびっくりしたわぁ。いきなり燃え出したのよ。タケルちゃん怪我は?」
「おかげさまで」
火よりも、りょうさんの力が強いことの方が驚きだ。
部屋の中が静まってから中に入ると、宝石が床に落ちていた。
「あれ、二つも」
炎のような力強い赤色の宝石、もう一つは真っ黒だ。あの人達の心を表しているのかもしれない。
「残りは何色でしょうか」
「あと行っていないのは……でもあたし、宝石よりあの子方が気になってきちゃったわ」
「そうですね……」
色々回ってみたけど、特にそれらしいものは見つからなかった。迷った時は戻ってみるのも手だ。
「あら、さっきこんなのあったかしら」
少女のところへ行く途中に、鉄でできたイバラが塞いでいる扉があった。少女に会った部屋と関係がありそうだ。
「どうすれば開くのか、分からないですね」
「……王子様」
「えっ?」
「そうね。眠り姫は王子様が魔女と戦って、茨を切り裂いて、お姫様を助けるのよ。だから……ね?」
「ね、じゃないですよ! だったらりょうさんだっていいじゃないですか。
「ダメよあたしは……王子様って柄じゃないもの。どちらかというと守られたい派だしねー」
「……いや! 理由になってませんよ。それに姫ってさっきの子の事ですよね? ああー可哀想だなぁ。頼りになる人がいてくれたらいいのに……ほら、ほっとけなくなったでしょ!」
「自分が追いつめられると急に饒舌になるわよねぇ……とにかく、いくらあたしでもこんな鉄の塊をぶっ壊すなんて無理よ。リームーよ!」
「……じゃあ先に宝石探しましょうよ。力の問題じゃないと思います」
「そうね、謎解きに力業なんてタブーだわ。でも眠り姫が待っていたら、起こすのはタケルちゃんの役割よ」
眠り姫を起こす方法……それって。
「えっ……あ、いや……あの」
二人がにやにや笑っている。からかわれただけか? まだ会ったばかりなのに、既に俺への扱いが定まっている気がする。まぁ気を使われるよりはマシだけど。
廊下にあったランタンを持って進む。照らせる部分が狭いので、少し先までしか見えない。
ルリカは怖くないのだろうか。まだ何が怖いのか理解できてないとか? お化け屋敷を笑って進む女子って……あれ、思ったより悪くないかも……でもそういう時に空気読むのは重要であって……って俺は親か! 何を余計な心配を……。
「……ちゃん……てば!」
「わっ!」
金色の剣が顔の前に突きつけられていた。ルリカの小さな手に握られている。
「あ、危ないなぁ……こんなものどこで見つけて……えっ? どこだここ!」
「ぼうっとしすぎなのよ。あんたが呪いにかかっちゃっても知らないわよ? その場合お姫様が起こしに来るのかしら……それともやっぱり王子様?」
「からかわないでくださいって。ん、なんだこれ硬貨?」
足下には大量の金貨と宝石、装飾のついた剣などが落ちていた。海賊が奪ってきたお宝みたいだ。あまり広くない部屋だけど、この量の財宝はそれなりの価値になるんだろう。
「……あった!」
その小さい手には他とは輝きが違う、今まで集めたのと同じ大きさの宝石が握られていた。
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