(3)

十一時を回った頃、あの時と同じメンバーが揃っていた。既に消灯時間を過ぎているから廊下は暗い。手動で電気がつけられるらしいけど、ジョーカーに見つからないように懐中電灯で照らしていた。

「出てきたらすぐに取り押さえるぞ」

扉の前で体の大きい二人が待機する。こちらはロープやゴルフクラブなどを手に持つ。たまたま校内で見つけたものだ。

「じゃあ、行くぞ」

部屋をノックする。物音がしない。

「……あれ?」

もう一度叩こうとした時だった。

「……はぁい」

やけにダルそうな態度で、袖をぶらーんとさせながら扉を開けた。俺が面食らっている隙に他の人が飛びかかり、ジョーカーを拘束した。

「……え?」

緊張感走る中、本人だけはまだ何もなかったみたいな態度で口を開いた。

「……なんですかぁコレ」

「いくつか質問があるから答えろ」

「はぁ……全く、場所と時間と方法を選んでくださいよー。こっちにも予定ってもんが……」

「じゃあこんなのもう、終わらせればいいじゃないか」

その言葉を吐いた瞬間、空気が変わった。見たことのない鋭い目がこちらに突き刺る。

「……本当にお前達には呆れるよなぁ。いくらあの人の頼みとはいえ……ねぇ? しかもなんで俺の番なんだよ。他にいくらでも……あー違うか、俺にはこれしかねぇのか……ック……ハハハッ!」

これはジョーカーなのか? 口調や態度が、今までと全然違う。

「あーあー、とりあえずこの手離してくれない? 俺、他人に触れられんの嫌いなの。……そんなに許せないなら、俺から倒してみたらどうだ? ここ開ける為のスイッチとか、都合の良いもんがあるかもしれないぜ」

ハハハッと甲高く笑った。その目には言いようのない憎悪みたいなものが込められていて、怖じ気付きそうになる。

「お前は本当に、あのジョーカーなのか?」

「……あのジョーカーもこのジョーカーも俺は俺だけど。ま、起きるまでの辛抱か……長い長い暇潰しだ。仕方ねーから付き合ってやってもいいぜ」

姿が見えなくなったと思ったら、首を掴まれていた。壁に押さえつけられて、足は床から浮いている。見た目はそんなに強くなさそうなのに、どうして片手一本で持ち上げられるんだ。

「大丈夫か、森下!」

誰かが叩くと、金属音が響いた。

「な、なんだこれ……」

全員の視線はジョーカーの腕に向かっていた。皮膚が切れたそこからは青い液体が流れている。骨がある場所は銀色だ。

「あーあ、バレちった。ま、その内分かることだし、別に隠さなくちゃイケねえとも言われてないよな? やっぱりお前等の目はフシアナって奴? 見る目ねぇよ……だから俺はやめとけって言ったのに。そうだな、もう終わらせちゃわねぇ? なぁ! もういいだろ! いつまでこんなことすんだよ。俺はいつまでこんなことしなきゃいけないんだよ!」

俺たちに言ってる訳ではないみたいだ。上の方に視線を向けている。

「それ……痛くないのか」

「……はぁ? お前こそ痛くねーのかよ」

なぜか痛みは感じなかった。首を締められている感覚もない。浮いているような、明らかに人間ではないその力は、逆に動いてしまっているみたいだ。

そんな俺を一目睨んでから、舌打ちと共に落とした。

「……ックソ」

どうしたらいいのか分からずお互い黙っていると、突然どこからか激しい地鳴りのような音が響いた。それはこちらに近づいて来る。ガンッと思い切り誰かを殴る音がした。

「もーう! ダメじゃないですかー」

「えっ?」

「ジョーカーが、二人……?」

「……てめぇ」

「余計なことをべらべら喋って! ジョーカーの積み上げてきたイメージが台無し! 麗しのジョーカーちゃんは、そんなんじゃないですから! ぷんぷん!」

格好から背丈、声まで全く同じだ。それなのに性格だけ随分違かった。新しく来た方はもう一発殴った後、倒れ込んだもう一人を踏みつけた。

「やだぁ、もーう恥ずかしいなぁ……。君がそんなこと言うから、勘違いさせちゃったじゃーん。まぁどっちにしろ交代! 君はもう終わり用無しバイバイ! ……分かった?」

笑顔でガンガンと自分? を蹴っているジョーカーが怖いけど、確かに今までのと似ているのはこっちだ。

くるりと振り返ると、恥ずかしそうに頰を搔いた。

「皆さんのこと混乱させちゃいましたね……すみません。ジョーカー失態です。でも……そう! 失った信頼は、取り戻せば良いのです!」

……いや、このジョーカーも前の奴とは違う。何も言えずにいると、ボロボロになったもう一人を担ぎ上げた。

「とりあえずコイツは回収していきますねー」

「お……おい待て! 聞きたいことが」

「えぇ? ジョーカーちゃんに質問タイム? キャー恥ずかしー! 答えられる範囲じゃなきゃダメだからねー!」

「……えっと、とりあえずお前は何人……いや何体? いるんだ」

「うーんとねー。沢山っていうのが正しいかなぁー。だから皆が何回ぶっ壊そうとしても、何回でも生まれ変わってしまうんです……永久不滅ですね! やったぁ」

「それはやっぱりお前達が人間じゃないから?」

「森下くぅん……」

悲しそうな顔で名前を呟かれると、少し罪悪感がある。

「私達にだってちゃんと心はあるんですよ。……性格がちょっとずつ違うだけで。だからぶっ壊そうとしたり、無理やり言わせようとしたり、屋上から突き落とそうなんてされると……さすがにジョーカー的にはショックですぅ……」

そこまでしようとは思ってないけど……。

「じゃあ次……あの箱の中はどうなってる」

「それだけは言えないんですよねぇ……。まぁ先生から一つだけヒントをあげるとするならば……あの中がどうというより、あの場から繋ぐという方が正しい」

いきなり通常らしくなったジョーカーの態度に戸惑いつつも、重要そうな発言に耳を傾けた。

「皆さんは男の子ですからあまり詳しくはないと思いますが……不思議の国のアリスというお話。一回は聞いたことが御座いましょう。あれ最初はアリスちゃんが穴の中にドジって落っこちるところから始まるのですが、その先にあったもの……それは摩訶不思議なワンダーランドでした。だからと言って、この先がワンダーランドとは限らない。皆さん最初のジョーカーが言っていたでしょう? あれは君達がどうにかできるものじゃない。決めるのは我々なんです。だからただ身を委ねていればいい。パンドラの箱なんて言いましたが……私達は捻り潰してでも希望に変える。ふふ、さぁ君達も早くお休みになってください。明日はちょっとハードですよ?」

皆は呆気にとられているようで、口を閉ざしてしまった。

「……今まで入れ替わったジョーカーは何人だ」

「それは秘密です。全てを言ってしまったら、私にかまってくれなくなるじゃないですかー」

掴んだ腕はやっぱり硬くて、さっきの奴と同じ物でできているんだと分かった。

「……君はどこに行きたいのかな」

腕から外すように触れた手は温度が通っていない。すれ違いざまに呟き、そのまま扉の中へ入った。

ジョーカーを倒しても無駄。そもそも倒すことができない。少しずつ性格が違うから、教えてくれそうな奴に当たるまで待つ……といっても、相手は人間じゃないんだ。もう打つ手がない。

ここから出るには、代表者を選ぶしか方法がないのだろう。ただそれを決めるということは、一人以外全員の脱落を意味する。

初めから、希望なんてなかったんだ。俺たちの元にいるジョーカーは、幸運を与える存在じゃない。敗者を確実に苦しめる為のカードだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る