六幕
全員ジャージに着替え校庭に集合! という朝からテンションの高いアナウンスで起こされた。文句を言いながらも校庭に出る。思えばこんな風に外に出ることはなかった。運動部はあちこちでボールを飛ばしたりしているけど。
「運動でもさせるつもりか?」
「えー体育とかやだー」
確かに体は鈍りがちだ。自主的に動こうとする奴は少ない。特に俺たちみたいな文化部タイプは。
上を見上げると、相変わらずシャッターが空を覆っていた。何度見ても凄い光景だ。隠すにしても、もっとやり方がありそうなものだけど……校舎丸ごと包むにはこれが良かったのだろうか。
「おっはよーございます!」
ガシャガシャと音を鳴らして近づいてきた。補助役の二人を引き連れて、ダンボール箱を抱えている。それを覗き込むと、銀色のアクセサリーのようなものが入っていた。よく見ると、蛍光色の線が付いている。
「じゃ、君にモデルになってもらいましょ」
近くにいた男子生徒一人を掴み、皆の中心へ持ってきた。
「まず輪っかになってるコレは、腕につけてください」
「……何も起こらないぞ?」
「ああ、ちょっと待ってください。それは、今は何の意味も持たないんですよ。ただの奇抜な装飾品ですね。近未来に憧れちゃったのかな? 的な。はい、ではもっと憧れてそうなゴーグル、こちらもつけちゃいましょう!」
結構大きなゴーグルだ。視界に入る部分は薄い黄色。
最後に水鉄砲のような、ちいさなピストルを取り出した。子供のおもちゃみたいだ。試しに撃ってみても、何のアクションもない。
「この三つを、しっかりつけてくださいね。では準備できた方から、あちらをご覧あれー!」
ジョーカーがパチンと指を鳴らすと、一部から歓声が上がった。急いでゴーグルをつけてそちらを見ると、何も無かったはずのただの校庭に、映画のセットのような世界が広がっていた。廃墟のビルがびっしり並んでいる。
「ゴーグル越しに見ないと、ただの校庭のまんまです。最新技術ってやつですね。凄いでしょう? まぁお察しの通り、次のゲームはこれです。初めは練習も兼ねて、好きなように動いてみてください」
アニメやゲームの世界みたいだ。撃ち合いのゲームはあまりやったことないけど、自分自身を動かせるなんて、気分が上がる。
「皆さーん、こっちですよー!」
頭上に現れた大きいビジョンに、ジョーカーが映っていた。中継先と繋いでいるようなノリで、いつの間にかインカムマイクまでつけている。
「実況と解説担当のジョーカーです。どうもどうも。選手たちのコンディションは非常に良いみたいですねぇ。うんうん。ま、とりあえずチュートリアルから始めましょうか。あ、これ久しぶりだ! ジョーカー先生のバカでも分かる優しい説明タイムー。はい腕の輪っか、上側をなぞってみて下さい。半周ぐらい指で触れると、電源が入ります」
ピッと電子音が鳴りると、空中に画面が飛び出した。大きな数字が真ん中に、端にハートが並んでいる。
「そのハートは君たちのライフです。とりあえず最初は10個。右上の小さい数字は残り時間。左のは後で説明します。そして真ん中の大きな『60』という数字は……」
「うわっ!」
ピッと音が鳴った生徒の数字が動いている。どこからか突然撃たれたようだ。60から59、58と減っている。
「ハートが一個減りましたね。一度撃たれると、60秒間動けなくなってしまいます。それのカウントダウンですね。ちなみに止まっている間は撃つことも、その人に向かって撃つこともできません」
またパチンと鳴らすとカウントダウンは止まり、数字が戻った。
「ここまで大丈夫ですか? どんどんいきますよ。次は撃たれた時……早く動きたいですよね? その時自分以外の誰かから腕に向かって、直接このピストル型の機械を打ち込んでもらいます。そのときに撃った人のライフは1つ減ってしまいますが、止まっていた人はすぐに動けるようになります」
腕輪をよく見ると、銃の先がぴったりハマる場所があった。
「10回撃たれてハートが0になった時、ゲームオーバーになります。が、誰かのハート3つを引き換えに、その人はライフ1で復活することができます。ハートを分け与えるのは3つ以上持った人じゃないとできません。ま、こんなのゲーム脳の君たちには余裕ですかね」
フンと鼻で笑った。このルールとかも自分で考えたのかな。
「では次は攻撃について話していきましょう。これは体のどこでも構いません。場所によって点数が変わることもありません。当たれば1ポイント。何度でも撃つことはできますが、そうです。撃たれた相手は動けなくなるので、1回以上攻撃するのは無駄なのです。それからヒットした回数が減ることはありません。左上に表示されているのがこれです。この数で競い合うのです! 単純に多い人が勝ちとなります。誰が誰を撃ったかは、画面を横にスライドすると分かるようになっています。確認できるのは自分のだけですよ。……大体こんなもんですかね。まぁ私は上から全部見ていますから、何かあったらお知らせしまーす。んじゃ、とりあえず遊んでみましょー! よーい、どん!」
様子見なのか、皆腕輪や銃をいじっている。
「うわっすげえ!」
前の方で誰かがジャンプしていた。その体はビルの二階ぐらいまで浮く。
「……あ、言い忘れてました。そこでは身体能力が抜群に上がってるんで、気をつけてくださいねー。凄く早く走れたり、高くジャンプできるんですけど、暴力は禁止ですよ。人を殴ろうとしたりすると、アラーム鳴っちゃいますからねぇ。その時点で失格です。注意してください。攻撃は銃のみ! 肝に命じてねー」
試しに早めに歩いてみると、すっと前に動いた。かなり速い、動く歩道に乗った感じだ。そのまま軽く飛んでみると、フワッと体が浮いた……が慣れずに、そのまま落ちてしまう。
「痛い……」
要領を得るまでに時間がかかりそうだ。でも結構楽しい……。
銃を誰もいない方向に向けて撃つと、赤色の光線が出ていた。SF映画みたいだ。
楽しくなって適当に撃っていると、何かが凄い速さで駆けてくる音が聞こえた。振り返る前にガバッと掴まれる。体が宙に浮かんでいた。
「……えっ! な、なんだ?」
誰かの脇に抱えられている。腕一本でどこかに運ばれていた。まるで物扱いだ。上に下に右に左に動く景色の中でどうにか顔を確認しようと、体を捻る。
「篠宮!」
何も言わず、表情も変えず、淡々と建物の上を軽やかなジャンプで進んでいる。目的の建物があったのか、突然止まると、器用に足を動かして窓を突き破った。その狭いスペースに、体を潜り込ませる。アクション映画?
ボロボロだけど一応機能しているカーテンを閉めて、二畳分ぐらいの場所に落とされた。建物の中も入れるなんて、どういう仕組みなのだろう。
「し、しのみや……? これは一体どういうことだ」
カーテンの外を確認すると、こちらに振り返った。汗一つかかずに、涼しい顔をしている。
「勝手に連れて来て悪かった。でもしばらく誰もここまで来ないと思うから」
機械をいじりながら、淡々と話している。その顔はいつもより冷たく感じた。話す前に戻ったみたいだ。
「逃げてきたのか?」
「まぁ、そういうことになる」
「ええっと……なんで俺を連れてきたのか、なんでそんなに慣れているのかを教えてほしいんだけど……」
「……俺には向いていたらしい。それよりも、少し話したいことがある」
聞くのが怖い。こんなに冷たい目をする奴だっけ……まるで違う人と話しているみたいだ。
「率直に聞くが、このクラスを裏でまとめているのは誰だと思う」
「……それは裏切り者ってことか? 分からないよ、そんなの」
「じゃあそうなりそうな人物は」
「そんなの分かったら苦労しないだろ! それに、本当にいるかも判明してないぞ。ジョーカーが自作自演で煽っているのかもしれないし」
「……検討違いかもしれない」
独り言のように言葉を吐いた。どういう意味だろう。
「篠宮、どうしたんだよ」
「今のところ疑われているのは俺とお前だ。俺はお前じゃないのを知っている。もちろん俺でもない……だからここで落とすわけにはいかないんだ」
「だとしても、お前に守ってもらう理由にはならないだろ? 確かに俺はゲームオーバーになりそうだけど……裏切り者じゃなさそうな奴なんて他にもいるじゃないか。なんで俺だけなのかが分からない。それに、俺が絶対に違うと証明できるだけの証拠はないはずだ」
「……とにかく終わるまでここにいてくれ。ある程度片付けたらまた来る。もしここに誰か来たら……とにかく気をつけてくれ。絶対にゲームオーバーになるなよ」
「あ……おい!」
止める間もなく、窓から飛び去った。一応窓を閉めて、その下に座る。
……少し頭を整理したい。いきなりどうしてこうなるんだ。ただのゲームのはずだろ。確かにゲームオーバーになれば、穴行きかもしれないけど、それはジョーカー次第だし。
今一番怪しいというか、変な奴はお前だと言いたいけど……篠宮の見ているところはもっと先な気がする。ただ裏切り者を探しているだけではないような……。俺のことを信用してくれているみたいだから、俺も信じたいけど……今の状態で信じきるのは難しい。まぁものすごーく正義感が強い人間だったって可能性もあるしね、見かけによらず。
壁に触れると、ひび割れたコンクリートの感触が伝わってきた。よく出来てる。ゴーグルに映し出しているだけかと思ったけど、建物は確実に存在していた。もしかして学校の一部に、知らないうちに入り込んでいるのかもしれない。
埃っぽい部屋の匂い、古くなった窓、それらの再現は完璧だった。どれも鮮明に感じられる。篠宮が窓を割ったということは、壊すことも可能だ。本当にどうなってるんだ。
もう少し遊んでいたかったけど、篠宮を裏切ることにも繋がりそうなので、大人しくすることにした。少しだけカーテンを開く。誰の気配もしない。静かだ。
耳をすますと、遠くの方で騒いでいる声がなんとなく聞こえてきた。篠宮がやってるのか。
落とすわけにはいかない。正義感が強いだけか、それとも……誰かにそう言われているのか。命令でも受けているかのような強い言葉だ。でもやっぱり態度がおかしかった。まるで追い詰められているような……。
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