二幕


〔出席番号?番〕

次の朝。朝といっても太陽は見えないので、時計で判断するしかない。思ったより眠れなかったことに溜め息をついた。

はぁ……慣れない環境で、しかもクラスの奴らと一緒に生活するなんて……。以前のクラスだったら自殺してたかもしれない。そうじゃなくったって常にひきこもり予備軍だ。いつ幽霊になったって、気づかれない自信さえある。

でも唐突に始まったこの訳の分からないお泊まり会にも、希望があった。……篠宮クン! 篠宮クンがいるからだ!

別にそういう趣味ではない。男という個体ではなく、篠宮ハクという存在だけが特別なだけだ。誰にも頼らないで、馬鹿なあいつ等を寄せ付けない。それでいて自分に溺れている訳でもないし、反抗する訳でもなく、やることはキチンとこなしている。

ああ、格好良いなぁ……彼の良いところをあげたらキリがない。彼が転校してから、ずっと見ている。同じクラスになれて本当に幸せだ。彼から僕に視線を送られたことはないけど、それでもいいんだ。見ているだけで。それにこちらに振り向かれても、どう反応したらいいか分からない。

でもこれはチャンスだ。幸いうちのクラスしかいないらしいし、生活は自由時間がほとんど。どこかで偶然会う確率も相当あるし……一度ぐらい……お、おはようぐらいは言ってみようかな。

そう心に決めて、音を立てないように静かに起きた。

確か篠宮クンの部屋は僕から一つ開けた三組。もしかしたら彼の寝顔を見られるかもと期待して、足音を立てないようにしながら廊下に出る。

「……いた!」

僕と同じように、床で雑魚寝している。その一番端、窓側に彼の黒髪を発見! 隣の森下が篠宮クンの布団に少し腕が入っていたのには、はらわたが煮え繰り返そうだけど、今は寝顔を見れただけで満足だ。

か、可愛いなぁ……。

もっと見てたいけど、早い奴はそろそろ起き始めてしまうだろう。

若干よれたTシャツと寝顔を目にしっかり焼きつけ、早足でトイレに向かった。



朝、だろうか? いつの間にか電気がついていて、目が覚めた。

「うーん……ねみぃなー」

同室の奴らもポツポツと起き出して、目をこすっている。

「なんか眠いけど、寝れないなぁ」

ベッドと布団の差だろうか。昔は布団だったんだけど……久々に寝た布団の低さにびっくりしている。

篠宮はまだ寝てるのか。あいつ寝れなさそうとか言ってた気がするけど。横を見ると、規則正しい呼吸音が聞こえた。

簡単に布団を畳んで制服に着替えていると、横でのっそりと起き上がった。

「起きたか? おはよう」

「……う、ん」

焦点の合っていない目で、どこかを見ている。

「寝れたみたいだな」

「まぁ……」

「ほら布団畳んどいてやるから、顔洗ってこいよ」

「……ごめ……」

のろのろと立ち上がって、ぶつかるぞと言う前に机に当たっていた。

「……っいた、い……」

「お、おい大丈夫か」

んーと返事のつもりか、唸りながら机にぶつけたところをさすって出ていった。

「篠宮ってさ……」

振り返ると、同じタイミングで笑いが漏れた。

「近寄りがたいイメージあったけど、寝起きは可愛いな!」

「女子にいったらますますモテるんじゃないか? ギャップ萌えーとか言って」

「えっ、もしかして同室の俺らって恨まれてる?」

「あーそれはあるなー」

「うげぇ」

「篠宮があっちのデカい方のグループに入ってたら、今頃女子で溢れかえってるんじゃないかな」

「今思えば、確かに視線が痛かったかも……なんでこんな地味なとこに入れたんだって思われてんのかな」

「はは、今更かよー」

バンと音がして、扉が思い切り開かれた。

「さっきはすまなかった」

もう寝起きの可愛らしさは微塵も残っていなかった。触れたら凍りそうな程、冷たい顔を貼り付けている。そのまま勢いよくジャージを脱いだ。呆気にとられながらぼうっと見ていたら、つい言葉に出ていた。

「ほっそいな。内臓入ってるのか」

心配になるぐらい細い上に白い。昨日の幽霊疑惑がもくもくと浮上している。

「お前って本当、少女漫画のキャラクターみたいだよな」

「少女漫画って、読んだことあんのかよ」

「なんとなく分かるだろ」

「でも俺ああいうヤツの主人公って苦手。あそこまでゆるふわな女の子なんかいないだろ」

「そういう子がいたとしても、お前には興味持たないだろうから安心しろよ」

「えー、ひどくなーい?」

「……」

怪訝そうな顔を向けられたので、皆で目を逸らした。


体育館での朝食はバイキング形式に変わっていて、どこぞかのホテルより高くて美味しい(多分)朝飯を味わっていた。しばらくして入り口から現れた光景にギョッとする。

女子の大群というだけでも、なかなか怖気付くものだ。同じジャージとは思えない程、ごちゃごちゃキラキラしたものとか、見たことはあるが名前の知らないキャラクターのぬいぐるみなんかをつけていた。

しかし驚いたのはそこじゃない。確かにメイクばっちりの女子のほとんどがすっぴんで、誰が誰だか分からないのもショックだったけど……なぜか大半の女子が泣いた跡があり、まだ泣いている子もいて、それを隣の女子が慰めている。

「女子は大変だなぁ……」

「何があったんだろうな」

面白がる男子に、リーダー格の女子が視線で話しかけるなと睨んでいる。

「あれはドロドロしたもんがあるなぁ……ノリで色々暴露でもしたのかな」

「実はあんたの彼氏、あの子と浮気してるんだよーとか?」

「ひぇー近寄りたくねぇー」

「お前ら下世話な話好きだな……」

元々女子に気にもされてない方の俺たちは、空気に耐えかねて部屋に戻ってきた。

「もう一回寝るか?」

「それは何かもったいないような」

「あれ、篠宮どっか行くの?」

「図書室にでも、と……」

「ああ、行ってらっしゃーい」

篠宮が出て行くと、視線がこっちに向けられた。

「そういえばお前らいつから仲良くなったんだ? てか篠宮って何話すんだよ」

「いや俺もまだ掴めてないけど、思ってるよりは話しやすいぞ。確かに何話したら良いかは迷うけど」

「謎だらけだよ。プライベートなことが一個も見えてこない。趣味とかあんのかなー」

「……うーん。その内話してくれるようになるんじゃないか」

適当に校内をうろついていたら、漫画とか雑誌を見つけた。それを寝ながら読んだり、喋ったりしている間に時間が経っていた。この先はもっと暇が多くなりそうだけど、その時はジョーカーにテレビとかゲームをお願いしてみようかな。そんなのも用意してくれるのかな。


夕食の最中、ジョーカーがパンパンと手を鳴らした。

「皆さん食べ終わりましたら三階の特別室、元視聴覚室って所ですかね。そこに集まってください。ちょっとしたゲームタイムです。いいですか全員強制参加ですからね!」

暇を持て余していたから単純に楽しみだった。学校でやる行事はそこまで好きじゃないけど、ジョーカーの用意したものなら興味が湧く。先生の目を盗んで好き勝手しているような感覚だ。学校であるからこそ、いつもはできないようなことに惹かれるのかもしれない。

しかし本当に誰が何の為にこんな暮らしをさせているんだろう。まさかジョーカー一人が究極の学生好きとか、そういうことはあるまい。

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