(5)
「ちょっと工藤君、驚きすぎですよ。肩を叩いた程度で」
「い、いつからそこにいたんだ!」
「うーん。今ですかねぇ? ふふふ」
悪びれる様子もなく、勝手に空いた席に座っている。
「ええっと……それでなんだっけ」
「順番に回していけばって話でしたね。でも私としては同じ顔のが覚えやすいのでぇ……優し〜い君たちならやってくれるって信じてますよぉ? 特に私の補佐なんかは、同じ方でお願いしたいです」
「補佐って具体的には?」
「頼まれたものを私の変わりに届けてもらう、とかですかね……。どの仕事も別に忙しくありませんからちゃっちゃと! 話し合いしちゃってくださいね。cha-cha-cha~」
「……」
先程とは違うタイプの沈黙が流れた。
「追加でご褒美? っていうかそもそも全員にそんなのがあるとか言ってるけど、具体的には何なの?」
「はい。皆さんには既に多大なる感謝を送ることを約束されています。その内容はまだお教えできません。そうですねぇ……役員の方たちには、この生活が少しばかり有利、いや便利になるもの、ですかね。まぁマイナスにはなりませんよ。やって損は無いって奴ですね! 今なら特別に、この私とハグができる券なんかつけてあげても構いませんよぉ、きゃ〜っ」
何がそんなに楽しいのか、鼻歌まで歌っている。
結局折れた何名かがやることになり、この話し合いは終わった。俺は特に目立つことなく傍観していたけど……。
「んふふ今日は初日ですし、この辺にしますかね。あまり夜更かしするものじゃありませんよ〜。闇は人を狂わせますから……それではBonne nuit」
ぱちんと指を弾くと、何事も無かったかのように帰っていった。
時間は八時を過ぎていた。後の時間はそれぞれの部屋で過ごそうと解散する。温泉宿のような風呂を堪能し、心地良い怠気に包まれながらも、まだ興奮状態は続いていた。飲んだことはないけど、ほろ酔い気分のような……。
そのまま白い蛍光灯を見上げた。布団を並べてみたけど、ここで眠れるかは微妙だ。床は綺麗になっていたけど、寝そべるのは違和感がある。せっかくならこっちも、綺麗な宿みたいにしてくれれば良かったのに。
それにしても学校にお泊まりなんて、あまりにタイミングが出来過ぎている。なんだか正夢でも見た気分だ。でも実際体験すると、考えていたのよりも楽しめている。
平和な面子と布団の上でダラダラしていると、同室の篠宮がいないことに気がついた。
「あれ篠宮は?」
「えー、どこ行ったんだろ?」
「眠くなったら適当に戻んだろ」
「だなー」
「俺ちょっと散歩してくる」
散歩って別に見るとこないだろと、軽く笑われながら廊下に出た。
夜の学校を見たかったのもあるけど、篠宮が居る場所も気になった。今日一日で、今までを超える量を話したし、部屋も同じになった。
俺の中での篠宮という人物は、他の奴らとは一線を超えた何かが違う存在だ。遅かれ早かれ有名になりそうだとか、よく分からないけど凄いことをしてくれそう! みたいな、漠然としたミーハーな期待だけど……。そういう憧れを篠宮に対し感じていた。自分には敵わないと思う部分がありすぎるからだろうか。今なら女子が騒ぐ理由も分かる気がする。ただ顔が良いというだけではなく、不思議な魅力がある。大人っぽいというか、孤立ではなく、簡単に近寄ってはいけない雰囲気があって……変な言い方をすると、今を逃すともう会えないような、そんな儚さをどこかに感じる。あ、あいつこの世のものじゃないとかないよなぁ……。
そんな失礼なことを考えながら適当に歩いていると、淡い光が漏れていた。
「屋上か……」
チラッと中を覗いてみたら、人影が見えた。
「あ、篠宮」
振り返った顔は相変わらずクールだ。無表情。
「悪い、邪魔しちゃったか?」
「……大丈夫」
手すりのところに立っていたので、隣に並ぶ。
「何してたんだ?」
「気分だけでも、外に出たかったんだ」
上はシャッターに閉じられているものの、校庭にある少しの木や緑が見えるだけで、開放感が感じられた。その中で異様な雰囲気を醸し出している物体がある。
「あれ、何だ?」
校庭の隅には黒々しい鉄の、四角い何かが置いてある。
「気づかなかったか? あれは恐らく……見た目だけならトラッシュケースみたいだな」
「ゴミ箱ってことか?」
およそ横三メートル、縦一メートル、高さ五十センチぐらいの真っ黒い箱だ。あそこにゴミを入れたらそのまま焼却炉に行くのかもしれない。この空間では、外部に繋がる場所が無いし。
「何であんなところにあるんだろうな……」
「……さぁな」
そう答える篠宮の顔が、明るくないのに気づいた。
「他にも、何かあったか」
「別に何も……でも良い予感はしないな」
「どういうことだ?」
「ただの勘だ。気にしたなら悪かった」
「まぁ勘じゃなくても、このシャッターとゴミ箱、ジョーカーに関しては悪い予感しかしないな」
篠宮は小さく頷いて、体の方向を変えた。手すりに背を預ける姿勢になる。
「じゃあそろそろ戻るか。寝不足だと辛だろうし……でも、真面目に寝てる奴は少ないだろうなぁ」
「……」
「ん、どうした?」
「こんなに多くの人と、生活するのって初めてだから……よく分からなくて」
「今まで修学旅行とかどうしてたんだ?」
「……転校の関係で、行事にはほとんど参加してない」
「あーそっか。でも別に気にすることなんかないぞ。なんだかんだ言いながら、皆適当に過ごしてるからな。もし眠れなかったら部屋を変更してもいいし。でも篠宮が迷惑をかけることはなさそうだな。めちゃくちゃ姿勢良く寝てそう」
「なんだそれ……」
控えめに見せた笑顔に驚いた。普段笑わない奴が少し口角を上げてくれただけで、新鮮な景色に見える。
「ほらもう遅いし、帰るぞ」
「……帰る、か」
今度は先程のとは変わって、自嘲するような笑みになった。ただ不安なだけではないだろう。何かもっと、彼自身に深く関わってきそうな……一長一短でどうにかできるものではないと、今は言及しないことにした。これからの生活で、分かっていけたらいいと思う。
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