(1)

黒と赤のカーテンがぐるりと壁一面を飾り、不思議な形のライトが部屋を赤く照らしていた。教室とは思えない怪しい雰囲気を醸し出している。真っ赤なテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルの上に、白いプレートが置いてあった。一人一人名前が書いてあって、まるで予約席みたいだ。それぞれ自分の名前が書かれた場所に座った。

「それじゃ、君たちにはババ抜きを行ってもらいまーす」

「……ババ抜き?」

「そう私、ジョーカーを押し付け合うゲームですね! そのカードが自分の首を絞めるか、相手を傷つけることになるのか……ふふ。ババ抜きなら皆さんもご存知ですよね? 絵柄に関係なく、数字がペアになったら場に捨てて、最後にジョーカーを持っていた者の負け。簡単ですから手始めのゲームとしては申し分ないでしょう。本当はこの名前美しくないから変えたいんですけど、まぁいいです……。このクラスの生徒さんは三十一人なので、五人と六人グループに分けさせて頂きました」

正直トランプかよと思ったけど、室内の怪しい照明やらのせいで、無駄に緊張感が増している。

「運もありますが、今回は心理戦だということを意識して頂きたい。どれだけ相手を疑い欺き騙し合うか、ぜひ奮闘してみてください。いいでしょう? この先ババ抜きを本気でやる事なんか、あるかないか分からないのですから……。素直な方は目をつぶってしまうのも一つの手ではありますか。まぁそんな逃げ道、ここから先は通用しませんがねぇ……ふふふっ! さぁ、では始めましょうか。グループについてはこちらでランダムに決めたので、文句は聞きません。ディーラーは私が務めます」

ジャッとカードを取り出すと、それは流れるように手の上を滑っていく。昨日のマジックといい、腕は一流のようだ。無駄に凄い技を繰り広げて配られたカードは、通常のものより少し大きかった。

「では、たかがババ抜きと侮るなかれ。本気で行ってみてくださいね……start」



〔出席番号13番〕

俺はついてない……本当についてない。何で俺ばかりこんな目に合うんだ……。

隣を見て溜め息を吐いた。自分の隣にいるのは篠宮ハクだ。こいつが隣にいるだけで、心臓がヒュッとする。俺はこいつが苦手だ。何を考えているか全く分からない。

まぁ仕方ないか。ダメだったからって死ぬわけじゃないんだし、とりあえず俺のところにジョーカーはないし、様子を見ながら……。

「……えっ?」

カードを捨てて顔を上げる。そのとき篠宮は配られたカードには手をつけず、このグループ全員の顔を見ていた。なんでカードを触らないんだ? それにあの目を見ていると、何もかも見透かされているような気になる。

その隣で縮こまっている奴を見つけた。工藤も可哀想だ。篠宮からカードを引かれる方も、緊張するよなぁ。

そうして始まったゲームは、意外とすんなり回ってきた。まぁそうだよな。こんなトランプ小学生でもねえんだから、本気になるわけねぇよ。

まずは一週目だし、無難に真ん中よりちょっと右でも引いておくか。よし、ペアカードだ幸先いいぞ!

……残りカードもまぁまぁ減った。うん、順調だ。ははっ、なんだよ。雰囲気だけで、案外大した奴じゃないじゃん。

皆のカードが残り五枚辺りまで減った時だ。

「……っ」

なんだ? 空気が変わったような……。よく分からないけど何かが変わった気がして、テーブルを見回した。

「……あっ」

工藤泣きそうな顔してんじゃねーか。篠宮は隣で睨まれたカエルの様に縮こまっている工藤を、じっと見つめていた。

「ジョーカー、持ってるでしょ」

「えっ!」

「いいよ、こっち回して」

「え……どういうこと?」

「もう君のことは分かったから、俺に渡して」

「あ、あの……っ」

「……これ? それとも、こっち?」

余裕の表情を浮かべながら、一枚一枚に人差し指を当てて、工藤の顔を楽しむように眺めている。

なんだこいつ……。

「これだね」

一枚取った瞬間、工藤の安堵の表情からジョーカーを抜き取ったのだと確信した。そしてその目が今度は俺に注がれる。余裕の表情のまま、真ん中の一枚をスッと上に出した。

な、なんだこの……分かりやすい嫌がらせは。でもジョーカーはこの五枚の中に確実に含まれている。だとしてもわざわざ真ん中だけ上げるなんて、そんなことするキャラかよ! やべぇ分からない……裏をかいて普通のカード? いや裏の裏? で素直にジョーカー……? ああああ! ってまだ五枚あるんだ。何もあからさまに怪しい真ん中を選ぶ必要はない! 真ん中と見せかけて一番左の端!

「……」

「……良かった」

ジョーカーじゃなかった……。

ふと篠宮を見ると薄く笑った後、いつもの無表情に戻った。

「ははは!」

「……え?」

「お前分かりやす過ぎだろ。次の俺のことも、少しは考えとけよー」

隣の佐藤がニヤニヤしている。やばい……完全に篠宮に気を取られてた。でも今気づいたから大丈夫だろ、まだまだチャンスはある。

そしてまた一周して、篠宮からカードを引かなくてはいけなくなった。その瞳で見られていると思うと、体が硬直して動かなくなる。無駄に熱くなって汗もかいてるし……なんでババ抜き如きでこんなに緊張しなくちゃいけないんだ!

篠宮はスッと、また真ん中のカードを上げた。今度は真剣に目を合わせられる。まるで俺の思考を見抜こうとしているみたいだ。

「はい、どうぞ」

手が震える。でも大丈夫……四分の一だ。安全牌で真ん中の隣!

「……えっ」

「だから、俺のこともちょっとは考えろって。そんなんだとゲームにならねーじゃん。今のカード、ジョーカーだろ?」

「……っは? ちげえ、し」

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい! どうしよう……完全にバレてる。そうだ、こいつにも同じことしたらどうだ?

「ほ、ほら……ひけよ」

「ぶっははは! お前、本当っ馬鹿だな。今、俺もお前達のやりとり見てたんだぞ? その上でやるんだな? はは、手震えてるけど大丈夫かぁ? どうせ同じパターンなんだろ。少しは頭につかえよなー」

口ではそう言いながらも、本当は分かっていないはずだ。ジョーカー引けっ! 引け引け引け引け引け引け!

「お、ラッキー」

引いたのは左端。普通のカードだ。

「斎藤くん、君のことは大体分かったよ」

後ろで篠宮が呟いた。クソ、こいつら皆で俺をはめようとしてるのか? そうはいかない! たかがババ抜きでも、こんな奴に負けるのは嫌だ!

……佐藤が俺の最後のカードを引く番になった。この二枚の一つがジョーカーだ。

「これで最後だな。さてこっちか? それとも、これ……か。簡単だな!」

終わった。目の前のジョーカーが、まるで自分を嘲笑っているかのようで……。

「クソぉぉぉぉぉお!」

「フッ……楽勝なんだよ」

「おや、ここのチームはなかなか盛り上がったようですね。負けたのは斎藤くん。はいはい了解です。お疲れさまでした。他のテーブルのくれぐれも邪魔にならないように過ごしてくださいね」

「なんで……どうしてだ」

カードを取られるとき、もう表情では誤魔化せないと思って、目をつぶったのに……。

「斎藤くん、なんで君が負けたか教えてあげようか」

「……篠宮?」

「ちょっと……こっち」

テーブルを離れて、教室の後ろに連れて行かれた。

「あそこのテーブルを見て」

指差した方向は、まだ終わっていないギャラリーの沢山集まったテーブルだ。

「余裕がなかったのは分かるけど、君のカードがこっちに見えていたんだよ」

「えっ?」

「そこで、佐藤くんは工藤くんを見た。工藤くんは分かりやすいから……つい顔に出てしまったんだろうね」

「そんな……!」

「ほら、あのテーブル。後ろから見てると皆の緊張が伝わってくるでしょ。渡辺さんを見て。無意識だろうけど目が泳いでる上に、おそらくジョーカーがあるであろう左側の拳を強く握っている」

「あっ……」

「やっぱりジョーカーは左だったね」

「……本当だ」

「因みにさっきやったカードを一枚だけ上に出すやつ。あれも古典的な作戦だけど、意外と動揺したでしょ」

「ああ……」

「あれって何周か回してから効果が出るんだよ。まぁ引っかからない人もいるけどね……一回でも動揺させられたらラッキーぐらいの切り札。上に出したカードがジョーカーかそうでないかの二択に絞られるでしょ。だから確率的にそのカードを取る人は少なくなる。君みたいにね。因みに最初に出したのはジョーカーだった。その次にどこにいれるか。君はそのまま上のカードは取りそうになかったから、今までの流れを見て、左の次は右側を取るかなってそう単純だけど仕掛けてみたら、ビンゴだった。明らかに怪しい真ん中のカードと、端を避けた場所を選ぶ人は結構いるよ」

「そんなの……完全に読まれてんじゃん」

「まぁ君は特別分かりやすかっただけ。ま、それでもいいと思う。たかがゲームなんだし」

「えっ?」

「いや、なんでもない。じゃあ終わったみたいだから、もう行く」

「あ、ああ……」

アイツ、何なんだ……。

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