(1)

ロディーはぬいぐるみのくせに、普通にコーヒーを受け取って飲んでいた。

「それ、どうなってるんだ」

「まぁほとんど吸っちゃうんだけどさ、味は分かるぜ。ここに来てから感じられるようになったんだ」

「へぇ……凄いな」

「ふふーん、料理もできちゃうハイスペなクマさんなんだぜ。失敗は多いけどな……あの卵ってやつがさぁ、持つと潰れちゃって生意気だよな。その度に風呂に入らなくちゃだ」

「ははは……。そういえばロディーも、あのおじいさんもずっとここにいるんだよな? 遊びに来た客みたいにはなってないようだけど」

「ああ、俺たちは大丈夫だ。元々こっち側にいたようなものだし、アリスの毒に抗体ができているのかもしれないな。因みにそこのじいさんもアリスの叔父だから、免疫があるのかも」

「叔父?」

「マスターの家族!」

リリーが軽く飛び上がった。二人で何の害もなさそうなおじいさんを見つめる。勝手なイメージだけど、アリスの家族は奇抜でクレイジーな人間しかいないと思っていた。

「ん? ああ……そうみたいだね。彼女の残っている親戚は私一人しかいないらしい。と言っても彼女と会ったのは最近だから、ほとんど他人のようなものだけど」

「なんかあっちで振り撒かれてるっていう薬も、ここまでは届いてないんだろーな。あ、マスターは見てないから分からないだろうけど、アリスはテレビに出てた人じゃないんだ」

「姿は見てないけど、帽子屋って人に教えてもらったよ」

「帽子屋……アイツに会ったのか。よく分かんない奴だよなー。実は俺を呼んだのは帽子屋なんだけどさ、どうも信じていいのか分からないっていうか。肝心なことは話そうとしないんだ」

「……帽子屋が、ロディーを呼んだ?」

「そうそう。マスターがアリスに見つかったって」

車に乗せた時が初めてじゃなかったのか? もっと前から俺のことを……ロディーのことまで知っているなんて、どうなってるんだ。

もう少し詳しく聞きたかったけど、それ以上のことはなかったらしい。家から連れて来られて、改造されて、今の姿になって、俺に会ってる。それが今の現状だと。

それにしてもこうしてお腹を触って会話をしていると、昔に戻ったみたいだ。今は返事までしてくれるけど。

リリーが端っこから、小さくなって近づいて来た。まだどこか気まずいようだ。

「あの、ごめんなさい……貴方のこと勘違いしてたみたい」

「いや、お前は悪くないよ。アリスの命令を守ろうとしただけだもんな」

「まさか貴方のマスターがあの人じゃなかったなんて、思わなかったわ。それに私より色々と詳しいみたい……何も知らないのに、貴方にあんなことを……っ」

「だから何も間違ってないって。あのままだったら本当に一番大事な人を失うところだった。感謝してるぐらいだよ。頭を冷やしてくれてな。まぁ冷たさはよく分かんないんだけど。それに、そんなに強いなんて思わなかったよ。計算外だ」

「……ふふっ、当たり前よ! マスターのお気に入りだものっ」

いつもより多く羽をパタパタしている。犬の尻尾のようなものなんだろうか。

「ロディーはこれからどうするんだ?」

「……俺もマスターと一緒にいたいけど、このじいさんがいるからな。一人ぼっちにはしないって約束したんだ」

「そっか……」

「大丈夫だって! マスターが呼んだらすぐに駆けつける。それにこんなに強いお嬢さんもいるし無敵だよ、な?」

「はい、任せてください! 私が必ずお守りします」

「なぁ、ロディー……」

「名残惜しいけどさ、そろそろ行った方が良いんじゃないかな。アリスが今どうなってるのかは俺もよく分からないし。手遅れになる前に……後悔する前に」

「……分かった」

首元に抱きついた。顔は見せられない。今見たら、俺はここから立ち上がれなくなるだろう。既に震えている体を抱きしめているだけで限界なのに。

「マスター、必ずまた会えるからさ……っ! 俺はいつまでもずっと、ずっとマスターの親友だ。マスターの一番近くにいる、人形だよ」

「……ああ。世界で一番大事な人形……で、仲間だ。ずっと、大事にする。忘れてて、ごめんな」

「また会えただけで、嬉しい。本当に幸せだ……ありがとう。また遊んでくれて」

手を合わせると、ぽふんと音がした。目一杯抱きしめてから、別れを告げる。

大きさがどうであれ、何年経ってもロディーへの気持ちは変わらない。ふわふわで、可愛くて、暖かい、頼りになるクマだ。こんな体験ができるなら、ここに来て良かったのかもしれない。

おじいさんにもお礼を言って、見えなくなるまで手を振り返した。

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