叔父story

「……あの少年が、そうなのか」

いつもの席に座り、過去の作品達を眺めた。愛されているクマとは違って、作っても作っても、意味のない人形達。

私は今も本当のことが言えないまま、いつまで罪を背負っていくのだろうか。思い出すのはいつもあの時のことだ……。


アリスという少女を知ったのは、放浪していたときだった。

私の旅の目的とは、この世界のどこかに答えがあるのではないかと、正解を求め続けることだった。そんなものはあるはずなく、結局は逃げているだけだ。世界から、自分から。そう考えることにも飽きて、そろそろ命が尽きてもいいと思っていた頃に、捜索願いが出されていると、数人の男が私の元へ来た。私のことを知っている人間などもう残っていないと思っていたのに。

そのまま連れさられ、私の何番目かの兄だか弟だかの娘だという少女に会った。私には親を担う責任や資格も、覚悟もなかったのに、少女は迎え入れてくれた。それで私もここで過ごすことを決心し、彼女の仲間に会いに行った。

アリスが集めたらしい人達は凄かった。見た目もなかなか個性的だったが、一番は彼女への信頼だ。今思えば、あれは信頼というよりも信仰の方が近いだろう。

彼女が字も書けないと知ったときは驚いたが、それ以上に成長速度が凄まじかった。半年前はまさしく一から数字をなぞっていたのに、いつの間にか数ヶ国語が話せるようになっていた。

ただの置物だったチェス盤も、初めは人形遊びに使っていたのに、気がついたらここにいる人間全員に勝利していた。私も、ただの一度も勝てることはなかった。

生まれ持ったリーダー気質で、仲間内をまとめながら色々なことに手を出し始めた彼女は、ある日突然遊園地を作りたいと言い出した。可愛い夢だと思ったが、彼女の内に秘めていたものは私の想像を超えていた。


――自分の世界を表す遊園地を作りたい。こんな生活なんかつまらないでしょ? もっともっと毎日心動かされる、刺激的なことばかりな世界! 想像もつかない内に飲み込まれて、いつの間にか溺れているの……私の世界なら、皆も楽しめるはずでしょ? きっとびっくりするわ。今まで生きていたのがバカらしくなって、遊び続けるの。どうして今のままで満足していられるのかしら? 今までの歴史がそうだったから? 答えは簡単よ。知らないだけなの。だから教えてあげなくちゃ。良いのよ私は、そういう使命なんだから。とにかく私は……このまま退屈の中で、肉体が滅んでいくなんて、そんなの嫌よ。何の為に生まれたのか、分からないじゃないそんなの。


それから彼女は様々なパーティーに勝手に足を運ぶようになり、次々とパトロンを見つけてきた。路頭で迷っているような人物に声をかけ、自分を慕う最高に使い勝手の良い部下も揃えた。どんどん勢力が拡大していく中で、私は上手く行きすぎている状況に不安を覚えたが、彼女は留まることを知らない。

白衣をうきうきと翻し地下へ向かう彼女が何を作っているのか知った時、もうとっくに手に終える子供ではなくなっていたことに気がついた。

「貴方に会えば私のルーツが少しぐらい分かると思ったのに、役立たずね」

彼女がいつか私に言った事だ。この目的の為に呼び出しただけで、それが叶えられないと知った時、彼女から私への興味が失われた。

恐ろしくなり今すぐにでも離れたかったが、知らない土地で、彼女の財産に頼りっぱなしだった私が生きていけるとは思えない。

仕方なく私が落ち着ける場所を作ってほしいと言ってみると、小さなスペースだけ貰うことができた。そして私はここから出られなくなった。客に見つかることはないし、誰かが扉を叩いても絶対に開けない。

私は、彼女がおかしくなっていることを知っていた。あの子は酷く大人びた一方で、残酷なまでに子供なのだ。欲望には怖いほど忠実だ。このままだとどうなるのか薄々気づいていたが、私にできることなど何もない。

罪悪感と恐怖に飲み込まれそうになる中で、気を紛らわせる為に木ばかりを削り続けた。

外の様子が分からなくなって何日経っただろう。そんなことを思った時、初めて扉が叩かれた。覗き穴をつけておけば良かったと後悔しつつも、開ける気は更々なかった。

「おい、怪しいもんじゃねーぞー」

初めて聞く声だ。あまりにしつこいので凶器を構えて扉を数センチだけ開けると、意外な物が立っていた。

「なんだ、いるんじゃないか。早く開けろよな」

「……何しに来た」

久々に出した声は震えていた。

「そういう物騒なもんは降ろせよな。俺はあんたに会いに来たんだ。アリスとは関係ない」

「信じられるかそんなの。私はもうあの子とは関わりたくないんだ」

「だからあんたに頼みたいんだ。確かに俺はアリスのおかげでここにいるけどさ……。これは俺の友達を助ける為なんだ。俺の主人をな」

帰れと叫び、そいつの腕を掴んだ。あまりに柔らかく、つい顔を見つめてしまっていた。クマは抵抗する様子はなく、にこりと微笑んだ。

それを見た途端、私の体から力が抜けて、床に膝をついた。今までの思いが溢れ出し、懺悔する私を、彼は何も言わず最後まで聞いてくれた。

クマはあまり自分を責めるなよと背中をさすってから、自分のことを話し始めた。


――俺の主人である少年は、男の子にしては人形遊びばかりしていたから、両親からは少し心配されていた。もっと男の子らしいものを好きになってほしいということと、もう一つ。女の子用の人形を取り出すと、その場に置いて会話をする。教えてないような言葉まで話すものだから、まるで見えない相手と会話しているようで、心配だったという。

しかし隣で見ていた俺だから分かる。彼はおかしくなんかない。確かに会話していた、アリスと話していたんだ。

それが起こり始めたのがいつかということは、はっきり言うことができない。最初は彼自身も不思議そうにしていた。部屋の端っこに問いかけたり、廊下を何度か行ったり来たりして、段々と声が聞こえるようになったようだ。

朝起きるとぼうっとした様子で目を擦り、すぐに俺を持ち出して遊びにいく。アリスとは普通の話をしているのではなかった。頭の中までは見抜けないから分からないけど、夢の中で二人は会っていて、それの続きを現実世界でしているらしい。

彼は本当にアリスと出会っていたのだろうか? 交わることのない世界の二人。でも、事実なんだ。だってアリスも彼と話していたんだから。

やがて成長するとそんなことも無くなり、俺とも遊ばなくなった。仕方ないけど、これも彼の成長だ。そっと遠くから見守ることにした。俺を手放してからの彼は、アリスのことも忘れてしまったらしい。

そしてアリスも彼のことを忘れていた。彼女の方はまだ少し覚えていたから必死で思い出そうとしたけど、何かに邪魔でもされているかのように分からなくなってしまったらしい。

それからその夢を見ていた人物がもう一人いる。帽子屋は当時の二人には関わらなかったが、アリスの話を聞いている内に思い出した。その少年こそが、今のアリスが一番求めているものだ。

彼女が大々的に遊園地を作った目的の一つに、少年を探すことがあった。その目的通りに彼が見つかって、アリスは相当喜んだ。

今のアリスに少年を合わせたら、マズイことになる。どんな手を使ってでも彼を自分のものをするだろう。どんな形になっても。アリスの考えていることが分からないからこそ、恐ろしかった。

帽子屋はひとまず、アリスより先に少年に会わなければいけないと、俺のところに来た。

あの子はもう周りが見えていない、壊れかけなんだ。アリスの為なら何でもするあいつらにも、彼を渡すわけにはいかない。彼がこの場所に来る運命には抗えないだろう。彼女が絶対に連れてくるハズだ。

帽子屋にそう聞かされて、俺が彼を守ろうと誓った。

俺は彼のことを話し、アリスに気に入られると、この中では自由に動けるぐらいの地位に置かれた。

帽子屋と共に動くつもりだったけどあの男は単独行動が多くて、実際話せたのは最初に呼びに来た時ぐらいだった。そこで他の協力者も集めることにした。

自分一人では彼を保護できたとしても、ここから連れて帰るのはさすがにキツそうだ。そこで隠されていたというか、忘れ去られていた人物を見つけた。

「あんたは唯一マトモそうだったからな、協力してくれるか?」


私の家に、一匹のクマが増えた。

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