(2)
それからずっと遊園地前から中継が入ったけど、変わった様子はなかった。門の前にちらほら人が見に来るだけで、その向こうは何の動きもない。
そうして訪れたオープン日、あの事件でさらに有名になってしまったからか、かなりの人数がそこに集まっていた。一目でも話題の場所を見ておきたいのだろう。
オープンの時間は九時だった。この前より一時間早い。一足早いカウントダウンに、夜通し起きていた人も多かったようだ。もしかしたら元旦より盛り上がるかもしれない。確かに俺もいつもより時計を見たりと、そわそわしていた。遊園地側があの騒ぎの後、どう出てくるか気になるし。
サイトにはオープニングセレモニーをやるとだけ更新されていた。
いよいよあと五分だ。何か変わるのだろうか。本当にこの中はあの映像を越えるような、そんな世界が広がっているのだろうか?
一分前に差し掛かると、初めて中から人が現れた。黒いタキシードに仮面というなんとも怪しい感じの男がぞろぞろと、横一直線に並んだ。
三十秒前にして、並んでいる客からカウントダウンが始まる。
30、29……6、5、4、3、2……。
大きな音と共に花火が打ち上げられた。そして今まで覆っていた黒い布が両側から引っ張られるようにして、一気に剥ぎ取られる。現れた銀色の丸いドームに花火が反射して虹色に光っていた。その場にいた人達はうっとりとした顔で、それを見つめている。
花火が続く中で仮面の男達が後ろを向き、一斉に膝をついた。同じように仮面をつけた演奏者が入り口の付近に集まり、優雅な曲を奏で始める。
そうして入り口から登場したのは、漆黒の馬車だった。馬も真っ黒だが、豪華な装飾をつけている。一人の男が真っ赤な絨毯を敷いて一本の道を作った。そこをゆっくり馬車は移動する。
近くまで来ると、中身は全て金で作られているのが見えた。目が痛くなりそうなほど輝いている。
他の男より派手な仮面をつけた、少しお腹がどっぷりした男が馬車に近づき、扉を開けた。そこから真っ赤な、目を引くドレスに身を包んだ女性が現れる。顔は同じように仮面をつけているが、周りに比べて一番豪華だ。彼女は優雅に手を引かれながら馬車を降り、その少し太めの男と共に華麗にお辞儀をした。
「Ladies and gentlemen! 今宵は私達のパーティーへようこそ!」
よく通る声で男が叫ぶと、会場は歓声に包まれた。男は隣の女とアイコンタクトを交わすと、マイクを渡した。女はドレスに似合う真っ赤な口紅を引いた唇を開き、高らかに手を掲げた。
「ようこそ皆様。このような素晴らしい日にお集まり頂いて、どうもありがとう」
透き通る甘い声からは、年齢が掴めない。仮面の覆っていない部分の肌を見る限りは若そうに見えるけど。
「私の、夢の世界……ついに実現する事ができた。皆様もぜひお連れしたいと思い、この場所を作ったのです。一度入ればきっと楽しんで頂けるハズ……」
少しカタコトな日本語だ。やはり彼女は違う国から来たらしい。にっこりと、仮面越しでも伝わる美貌を見せびらかすように笑うと、マイクを男に戻した。
「このお方は遊園地の代表者、オーナー様でございます。我々のご主人様であるこの方に、今から始まりのスイッチを押して頂きましょう!」
いかにもスイッチという赤いボタンがついた物を、側近の男から彼女はとても嬉しそうに受け取った。
「この場に祝福を!」
そう叫ぶと、辺り一面がライトアップされた。光のアートが背景一面に広がる。この時点で既に、今まで見てきたイルミネーションの域を超えていた。盛り上がる観衆を前に、彼女はこう続ける。
「これはただの余興……中には比べ物にならないぐらい素晴らしい物が沢山あります。楽しみにしててね。あと、いくつか私達からお願いがあります」
彼女の顔が少し歪んだ。
「まず一つめね。前にあったけど、この遊園地はそんじょそこらのことでは壊れませんので、そんな無駄なこと考えないで。二つめ、あなた達の家族や大切な人が帰ってこないと、そういうあなた達はここに来てみなさい。私達は彼らに危害を与えたり、拘束なんてもってのほか。でも彼らがちゃんと生きているかは分からないかも。なーんてね、ふふっ」
無垢な少女のようにくすくすと笑い、また代表者の顔に戻った。
「ま、それはおいといて……中では一切のカメラ、録画の禁止よ? ま、そんなことしてる暇ないと思うけど。みんなの心に留めておいてね。色々注意しなきゃいけないことはあるけど、中には優秀な警備ちゃん達がいるから問題ナシね。それから九時にオープンして、十時にクローズド! それ以外は絶対に開かないわ。後はそうね……順番に急がないで入って。必ずチケットがないと入れないから。中は広いわ。どうかお譲り合いの心をお持ちになって? それじゃ、オープンしましょうか。showtimeの始まりってやつね。良い夢を……」
彼女は手を振りながら中に戻った。ゲートの中は誰もいなくなる。
少しの沈黙の後、あれだけ頑丈だった門が重たい音を響かせて、人々を受け入れ始めた。思った通りというか、結局一斉に飛び出して波のように中に入っていく。この前と同じように、入れない者も時折現れた。これほどの場所なら随分ハイテクな機械でも備わっているのだろう。
テレビを消して、少し寝ようと思い部屋に向かった。布団に寝転がってさっきの映像を思い出していると、いつの間にか寝落ちていたらしい。もう昼になっていた。お腹が空いたと起きたタイミングでノックが響き、母が顔を覗かせる。
「寝てた? あ、そうそうおばあちゃんがね、一旦落ち着いて、しばらくは大丈夫そうだから帰っても平気よ」
「そうなの?」
「長期入院にはなるけど、すぐに容体が変わったりはしないらしいの。手術がうまくいったのね。おばあちゃんあんまり起きれないけど、あんたのことは分かってたみたいよ。顔色が良くなったように思う。私はもう少しこっちに残るけど……家のことよろしくね」
うんと適当に相槌を打っておく。一度帰ろう。あいつらのことも自分で調べたいし、何かできることがあるかもしれない。そう決めてご飯ができていないかと下へ降りる……前にまたあの部屋が気になった。帰る前にもう一度、押し入れの中を見ておこう。
相変わらず懐かしさが詰まったそこを片づけながら漁っていると、金色の懐中時計を見つけた。
「あれ? こんなものあったっけ」
この間は気づかなかったのだろうか。細かい装飾が施された美しいデザインに惹かれてしまう。よく見ると小さくAの文字が刻まれていた。これ貰っても大丈夫かな……。
爺さんに確認すると昔、婆さんがプレゼントしてくれたものだそうだ。
「そんな大事なものなら貰えないよ」
「わしが持っていても使わないし、若者が遠慮するものじゃないぞ。ハハッ今度はわしからお前へのプレゼントだな!」
笑いながら豪快に酒を飲み干した。相変わらず元気な人だ。お礼を言って、傷付かないようにハンカチで包んで、鞄に入れた。
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