結局一泊して、元日を迎えてから外に出た。今日も相変わらず寒いけど、気持ちのいい日だ。もう田舎へ帰る人はとっくに行っているのか、この日の電車も人がまばらだった。揺られながら、穏やかな世界が広がる窓の外を見つめる。こうして見ると変わったのは、ほんの一部だけのような気がした。

久々の家に帰ってきた。そんなに経ってないのに、意外とそう感じるものらしい。ポストを確認すると、たんまりと書物が入っていたので驚いた。

「年賀状か、忘れてた」

でも確認すると、父さん宛てのものばかりみたいだ。適当にごそっと掴み、部屋に入る。自分のは無いかと探していると、その中に質感の良い高級そうな、明らかに場違いな手紙が挟まっていた。

「……誰だろう?」

その青い封筒には金色で俺の名前が書かれていた。俺宛て? 全く思い当たる節がないけど、とりあえず封を開けてみる。中からは便箋よりは薄めの青に、金色で印刷された文字が綴られていた。


突然こんな手紙を送ってしまい、申し訳ありません。

今回のことは非常に稀というか、初めての試みですので、私自身困惑しております。驚きが隠せません。

しかし何でもやりかねない方なのです。というのも今回、特別に貴方にお会いしたいと、主人自らが申したのです。あの方は皆様から頂いたメッセージを拝見した際、貴方に興味を持ったと仰っております。

本来ならばご友人やご家族など、大切な方も一緒にお招きしたいところなのですが、主人が貴方一人にお話したいと申しておりまして……。

よろしければ特別なチケットを同封しておりますので、書いてある日時に来て頂けますでしょうか。交通費、チケット代、それ等以外もこちらで全額立て替えさせて頂きます。

勝手なお願いだと自省しておりますが、ぜひご検討願えないでしょうか。

誠意込めたおもてなしでお待ちしております。


追伸

日時の御予定が合わない場合、お電話頂ければと思います。

xxx-xxx-xxxx

〈遊園地支配人秘書 東海寺〉


中には銀色のチケットが一枚同封してあった。多少のことでは折れそうもない、しっかりとした紙だ。

そして日付は、明日の正午と記されていた。

これは本物なのか? 偽物にしてはよくできているけど、そんな手の込んだ意味のないイタズラを誰かがするとは思えない。しかし本物だとしたら、世界中から届いたメッセージに対して、ここまで丁寧な返事がくるだろうか。初めての試みとか言っているけど……いや、まぁ送ったからあり得なくはないんだけど。

一番の問題は、あの遊園地に行くのかどうかということだ。真実は未だ闇の中で、今なお人が消え続けているこの場所に、行かないと始まらないのは分かっている。でも行く日はまだ先だと思っていた。チケット代や交通費まで出してくれるという申し出は有難いけど、決心がつくまで時間がかかりそうだ。微かに手が震えていた。

怖い。あの中では一体何が起こっているんだ。佐々木も和田も、本当に無事なのか?

テレビの中で叫んでいた人達の声が蘇る。封筒を握りしめて床に手をついた。


今日でここに居られるのも最後かもしれない。そう思うと途端に、代わり映えのない景色が愛おしく見えた。こんな殺風景な自分の部屋でも、よく見ると一つ一つに思い出は詰まっている。

そして、やっぱり自分に行かないという選択肢はできなかった。

机を撫でて、たまたま目に入った便箋に手を伸ばす。

置き手紙か……。母さんがなんだか勘違いしてしまいそうだけど、もしものことを考えて、書くことにした。


――色々不満を言いながらも、この暮らしは好きだったんだと思う。飽き飽きする事もあったけど、何か一つが無くなってしまうと、もう前と同じにはなれないんだ。大事なものを取り返しに行ってくる。……一応言っておくと、今までありがとう。

この手紙が読まれないことを祈っておくよ。恥ずかしいし……。


とりあえず護身用に、小さめのナイフぐらいは持っていてもいいかな。後は軽く食べられるものと携帯、財布、チケットか。

準備がすぐに終わって、なんだか虚しくなってしまった。何か大事なものがなかったかと、机や引き出しや押し入れを探してみても、これといって持っていけるものが見つからない。そのときふと、ハンカチに包まれた時計に気がついた。入れっぱなしだったらしい。携帯が使えなくなったときに便利だと、そのまま鞄に入れておいた。

片付けや掃除をしているとなんだかんだ夕方になっていて、お腹が鳴った。最後の晩餐になるかも、なんてね。一人で呟いて少し笑ってしまった。それにふさわしいものでも今日は食べようかな。そう財布を持って出かけたけど、結局コンビニで済ませてしまった。

食べたらすることがなくなり、ついゴロゴロしてしまう。あれからずっと気を張っていたのかも知れない。ちょっと寝ようか……。


目を開けると星空が広がっていた。

ここはどこだろう。黄金に輝く何かの上に俺は寝ている。キラキラ眩しいこれは、円状になっているらしい。よく分からないけど、なんだか暖かくて心地良い……という映像を見せられていた。映像というより自分であることは確からしいのだけど、体が勝手に動かされていた。意識していない行動は誰かに乗っ取られているみたいで気持ち悪い。

顔を触ってみる。自分の意思も通じてるらしい。そこから横に動かすと金色の長い髪が見えた。引っ張ってみると確かにこの体から生えているようだ。これは誰だ? 俺じゃないよな……。

「うわっ!」

いきなり馬が頭の上を飛んできた。驚いていると馬はこちらに振り返り、乗っている女の子が笑った。

「もう危ないなぁ……気をつけなさい」

「えへへ、ごめんなさーいっ」

二人で笑い合っていた。この少女は誰だ? 親しい間柄なのか?

小さい手を差し出された。それを勝手に握り返していて、少女の柔らかい手のひらの感触がこちらに伝わってくる。なんとか止めようとしても、男は勝手に動いてしまう。

そのまま角が生えた白く美しい馬に跨り、少女と共に夜空を走り始めた。二人はとても楽しそうだ。

……俺は、俺は一体何をしているんだ?

すると突如、空に亀裂が入り込んだ。バラバラバラ……パズルを落としたみたいにどんどん世界が崩れていく。それに合わせて目の前の少女の顔も歪んでいった。

「あっ……」

気付いたらその亀裂の中に落とされていた。手を伸ばしても届かない。少女は笑っているだけ。

ああ……落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる……。

やがて世界は闇に包まれた。


「 ……っ!」

目を覚ますと、嫌な汗をかいていた。心臓が早い鼓動を刻んでいる。時計を見ると十時……変な時間に起きてしまった。

それにしても気分の悪い夢を見た。あの男は一体誰だったんだろう。……怖かった、止まることなく落ちていく体が。どこまでいっても消えない闇、それがずっとまとわりついてるようで終わりがなくて……それにあの少女、どこかで見たような気がする。

でも所詮夢は夢だ。考えてもしょうがない。あまり思い出したくなかったので、震える体を起こし立ち上がった。

「シャワーでも浴びよう……」

お湯が頭からポタポタと垂れてくる。そのとき思い出した。今の夢……この間頭に浮かんだ映像と同じじゃないか? 空を眺めていた時に見たあの続き? ああ、この映像のことを書いたから俺はきっと呼ばれたんだ……。もしかしてあの少女が関係しているのか? この映像を支配人は知っている?

謎が深まった。けれど全ては遊園地に秘密があるに違いない。俺が確かめるしかないんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る