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それからやはり、これといって特別なことは無い日常だったけど、例の遊園地のサイトが更新される度に騒がれるようになった。ここのところ大きいニュースも無かったし、騒ぐのは当然かもしれないけど、年末だからか更に勢いが加速されている気がする。ただでさえ浮かれ気分で慌ただしいのに、世間のイベント大好き風習は呆れるぐらいだ。とか言いつつ自分も久しぶりにサイトを開いてみると、確かに色々と更新されていた。

一番目立つところに、貴方の行きたい世界、アイデアを募集中! と書かれていた。

『夢や想像上の世界など、貴方だけの魔法の場所を私に教えて。その中で私が気になったものを一緒に再現しましょう。貴方の夢をお待ちしています』

再現ねぇ……泡を掴むようにほとんど空虚なものを作れるのか。それにいくら夢でも素晴らしい世界を見ているなら、自分は今こんな風になっていない。よく分からないから、見えないからここに期待してるんじゃないのか。アニメや漫画、ゲームの世界への憧れは多少なりともあるけど、それは求められているのとは違うだろう。

それ以外となると、困ってしまった。一からアイデアを考えるのは苦手だ。夢の世界だとか、そんな子供みたいなことを考える時間はいつの間にか無くなっていた。無理矢理に捨ててきたのかもしれない。社会を生きる上ではあまり必要じゃないから。

というかこの人? 人達? は他人からの意見も貰うのか? 私の世界とか何とか言ってなかったっけ……。

良く分からないけど、一旦閉じて他のページに移った。そこには何やら、イメージ映像と書かれたものがあった。早速クリックして、動画を待つ。

黒い背景にパイプオルガンのような音の、明るいのか怖いのか何とも言えない不思議な曲が流れ始めた。この間の薄暗い舞台とは打って変わって、煌びやかなサーカスが登場する。

自分を迎えるように、代わる代わる様々な衣装を着た人達が現れた。迫力のある動物達は、まるですぐそこにいるかのような錯覚に陥る。

火を噴く黄金色のライオン、美しくもゾッとする笑みを浮かべた蛇を巻きつける女、玉乗りのゾウをクマが輪投げをしながら通り過ぎる。星空の下で行われる空中ブランコは、妖精のように軽々と飛び上がった。恐怖を感じさせないその様子は、本当に羽が生えているかのようだ。

いつの間にか現れた仮面の男がこちらに向かってきた。指を鳴らすと、彼の手の中へ全てが吸い込まれていった。

それを合図に、悲しげな曲に切り替わる。舞台の上で男が力尽きたように座っていた。全く動かない彼の右手が、不自然にピンと上がる。肘から下はオモチャのようにゆらりと揺れた。見えない糸をつい探してしまう。彼は本当に人形ではないだろうか。こんな動き人間にできるはずがない。彼はぎこちなく踊り始めた。

これはこの前のピエロと同じ人だろう。仮面に描かれた模様、笑顔と涙が逆さまに半分こ。アンバランスな動きに、笑顔だけが不自然に浮き出ていた。仮面の中が少し見える。青色の瞳がこちらを見つめ、誘うように細くなった。

突然ハサミで糸が切られてしまったかのように、男は膝から崩れ落ちる。舞台上を覆う煙が濃くなり、男も消えてしまった。

映像にノイズが走る。古い映写機がカタカタと音を立てて、セピア色の壁に景色を映し出す。

可愛らしいオルゴールに変わり、童話の世界のような街を、影絵の子供達が行進をしながら歩いていた。その先頭にいるのは笛を吹いた男だ。人形や動物までも、その行進を追いかける。

夜も昼も朝もぐちゃぐちゃに混ざって、あっちの太陽がこっちの月を見て笑った。子供達の笑い声が大きくなり、ノイズに混ざっていく。

全て消えた中で、またしても現れたのは仮面の男だった。上から華麗に舞い降りると、指を鳴らしてカーテンを閉じる。今の影絵は紙芝居の中の出来事という風に。

こちらを呼んで、口に人差し指を立てた。

――I'll see you in my dreams.


音楽が止まり、映像が終わった。一分ぐらいの映像なのに、やけに長く感じた。携帯を持ったまま止まっていた手や腕には、寒さだけが原因でない鳥肌が立っている。

今のは何だろう。具体的な物や情報はなかったのに、理想としている世界がなんとなく感じ取れた。ふとこんな話を思い出す。

圧倒的な美しさを持ったバラがあった。棘があることが分かっていてもどうしても手に入れたい、掴みたい衝動は抑えられない。ただの花よりも、棘がある方がずっとずっと美しい。その棘で傷ついた私の血を養分とできるのならば、この身を喜んで捧げよう……前に誰かから聞いた気がする。最近読んだ本だっけ。

まぁいいや。そんなことより興味が沸いてしまった。衝動的に応募ページを開き、拙い語彙であれこれ行きたい理由を考えて送信した。そこでふと我に帰る。

映像なんてどうにでも作れるじゃないか。所詮二次元の存在でしかないんだ。求めているのはもっと、奥底から燃えられるような……あまり期待するのはやめよう。今までだって散々騙されてきたんだ。どんなに面白いものがあったって、その後の自分の生活は続く。自分が飽きてしまえば、それは意味を成さなくなる。

少し萎えて、何気なく空を見上げた。紫がかった空には星が少し出ている。絵で誰かが書いたような淡い世界にそのまま吸い込まれ、溶けてしまいたい。空、飛べたらな……。

「えっ……」

いきなり出てきたあまりにメルヘンな考えに恥ずかしくなる。小さい子じゃあるまいし、遊園地という場所に感化されすぎだ!

帰ろうと思ってベンチを立った瞬間、立ちくらみした。揺れる視界の中で、脳裏に映像が浮かび始める。

星が瞬く空を、白い翼が生えたペガサスが飛んでいた。それに自分は乗っていて、羽からは銀色の星が溢れ出している。向こう側の、丸い黄金色の月の上に座った少女がこちらを呼んだ。その顔を見ようとした瞬間、フッと途切れてしまった。

「今のは……」

何だろう。怖くはない。それどころか、どこか心地良く懐かしいような……ふわふわとしたまま思い出そうとするけど、少女の顔はぼやけていて分からない。

手が勝手に動くように再びサイトを開き、今の映像を忘れてはいけない気がして、一心不乱に文字を打った。

書き終わると頭はスッキリしていて、もうほとんど映像は残っていなかった。きっと幼い頃に見た絵本とか何かだろう。そういえば宇宙を舞台にしたアニメなんかを、昔よく見ていた気がする。

今度こそベンチから立ち上がり、携帯をポケットに入れた。

空は雲が晴れ、月が顔を覗かせていた。

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