07

「紅、おまえは警備員をここから離れた場所に連れて行け」


 爆薬庫の外。

 それぞれの任務の最終確認。


「え?あたしは中で導火線を外まで引くんじゃ?」


「見張りが増えてるんだ。裏にも警備員がいる」


「だって、それじゃヘキの負担が大きいじゃない」


「大丈夫」


「……」


 今夜で最後。

 あたしたちの、こんな生活も終わる。

 一条家とは、絶縁になってしまうけど。

 それでも…もう悪夢でしかない自分と別れる事が出来る。



「よし、行くぞ」


 二人が目出し帽を被って走って行った。


 あたしは麻酔の塗りこんである針を持つと、確かに…情報より五人も増えてた警備員全員を眠らせて、車で少し離れたコンテナに運んだ。


 …いつもなら、殺してる。

 だけど今回は…支持に背いた。



「……?」


 突然、海から明りが照らされて、船が入って来た。


「…あれって…」


 一条の船だ。


 あたしは倉庫に駆け込む。

 中に入ると、そこにも眠った警備員がたくさんいて、ロクがその人たちを車に乗せていた。

 …どうしてこんなに警備員が?



コウ?」


「一条の船が来たわ」


「一条の船が!?」


 ロクは慌ててヘキのいる階段に向かって。


ヘキ、逃げろ!」


 大きな声で叫んだ。


「何だ?」


「一条の船が来た!」


「何!?」


 二人の慌て方は尋常じゃなくて。

 あたしは初めて見る二人の動揺に眉をしかめた。


「どういうこと?」


「いいから、来い」


 ロクは警備員を乗せた車に乗り込むと、裏口のドアをやぶって通りに出た。


コウ、このまま車に乗って逃げろ」


「待って、どういうことなの?ロクは?」


「いいから」


 あたしに運転を促したロクは、車から飛び出すと倉庫に向かって駆け出した。


ロク!」


 いったいどうなってるの…?

 それに…この尋常じゃない警備員の数…何があったの?


 あたしは、車を安全な所まで運んで、倉庫へ走。

 すると…遠目から見ても、それが尋常じゃないことがわかった。

 メキシコで、あたしたちに武器を提供してくれてた仲間たちの船が、ヘキたちに銃を向けてる。


 どうして?

 あたしが飛び出そうとした瞬間。


「銃を捨てろ!」


 一斉に、仲間たちはライトで照らされた。


「……」


 あたしは途方に暮れて、その光景を見た。

 高津さんが銃をかまえて、仲間たちを見据えてる。

 それも、おびただしい数の人間を後ろに連れて。


 だけど、こんな修羅場はいくつもくぐりぬけてる連中ばかり。

 すぐに銃撃戦が始まった。

 あたしは海に飛び込んで、銃撃戦の死角から倉庫に入る。


 ロクが…ヘキが…



 階段を上ってると、銃を持って倒れてる男がいた。

 …イタリアで会ったことがある…

 その銃を手にすると、あたしは階段を駆け上がった。


 どうして?

 どうして、仲間なのに…



コウ!?」


 ロクヘキが、あたしを見て声を上げた。


「どうして帰ってきたんだ!」


「だって、あたしだけ逃げるなんて!」


「ばか!俺たちは、おまえさえ無事なら…」


 二人はあたしを抱きしめて。


「おまえさえ無事なら良かったのに…」


 声を詰まらせた。


「どうしてこんなことになったの?まだ、仕事も終わってないのに」


「…手、なんだよ」


「手?」


 ヘキが、静かに話し始めた。


「俺たちには、たくさんの兄弟がいたろ?」


「うん…」


 一夫多妻だとか言って、母親の違う兄弟が、ごまんといた。


「でも、二十歳を前に、みんないなくなってた」


「……」


 大好きだった姉も、兄も。

 二十歳を前にローマに行くとか、ハワイで暮らすとか言って、いなくなっていた。


「俺たちを使えるのは、二十歳までだって決めてたんだ」


「使える?」


「人間凶器だよ。ずっと囲いの中で暮らしてた俺たちも、外に出て色んな事を知って行く内に、いずれは理不尽な事に気付く。そうなると、消される」


「そんな、親子なのに!?」


「……」


 緑と碧は何か言いたそうだったけど。

 もう、話してはいられなくなった。


「伏せろ」


 聞き慣れたはずの銃の音を、初めて怖いと思ってしまった。


コウ、合図をしたら逃げろ。外に警察がいる」


「警察?」


「おまえの彼氏、二階堂ってヤクザを装ってる特別組織の人間だったよ」


「……え…?」


 ロクが、あたしの背中を押す。


「早く!走れ!」


 銃の音を聞きながら、あたしは走る。


 ロクヘキ…無事でいて!


紅緒べにおちゃん!」


 階段の下で、高津さんがあたしを抱きとめてくれて。


「まだ上にロクヘキがいるの!」


 あたしは声を上げて助けを求めた。


 今までで一番人間らしいあたしかもしれない。

 あたしが殺してしまった人の家族も、こんな想いだったのかな…



「外に出て」


 高津さんは、あたしの背中を押すと、階段を駆け上がった。


「万里!」


「その子を頼む!」


 何が何だかわからない。


「離して!」


「駄目だ!危ない!」


 引き留められた腕を離せないまま、あたしは倉庫の中を呆然と見つめるしかない。

 なぜ…動かないの?

 あたしの身体、いつもなら…こんな拘束、すぐに解いて走っていけるのに…


 涙が溢れて視界がかすむ。

 遠くなる意識の中で、高津さんがロクヘキをつれて階段を降りてくるのが見えた。


ロクヘキ…!」


 あたしは、二人に駆け寄って抱きつく。


「……」


 あたしが今までやってきたことは…なんて…なんて酷い事だったんだろう…

 そんな言葉じゃ済まされないほどの、残虐さ。

 そんなことを…誇りに思っていたなんて…



「万里、上に何人ぐらいいる?」


「ざっと40はいるな。銃も種類持ってるから、迂闊には近寄れない」


「本部に連絡して、ヘリを要請しよう」


「裏口と船は押さえたな?」


「ああ」


「あの」


 高津さんたちのやりとりに、ふいにヘキが口をはさむ。


「?」


「あの人たちは、俺とロクの仲間なんです」


「…ヘキ?」


「この女は、俺たちとは関係ありません。どこかへ、連れてってください」


「な、何言ってんの!?ヘキ!?」


「俺たちは責任をとります」


ロクヘキ!」


「待て!うわっ!」


 ロクヘキは、煙幕をたたきつけると。

 激しい煙の中、見えなくなってしまった。


 そして…


ヘキ!」


 二階から、まるで爆発したように鳴り響く銃声。


ロク!」


 そのあと…


「逃げろ!」


 ロクの大声と共に……。



 * * *



「…気が付いた?」


「………ここは?」


「病院」


「…あたし…」


「大丈夫。どこもケガはないよ」


「………」


「何?」


「あなたは…誰?」

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