04

「ね、たまには日曜日とか、休みの日に会わない?」


 あたしが提案すると、高津さんはキョトンとしたあと。


「日曜も仕事があるんだよ」


 って、目を細めた。


「なんだ…」


 思い切り唇を尖らせて、「つまんない」ってアピールする。


 いつも、こうやってダリアでお茶。

 そのあと、映画か公園。


 たまにはドライヴとかしたいなあ。

 高津さん、免許持ってるって言ってたし。


 今までの彼氏(製造目的での一条の男は別)は、ほとんど学生だったから貧乏の免許なしで。

 それに比べると、高津さんは頭もいいし…お金持ちかどうかはさだかじゃないけど、何だか感じいいの人だし。


 何より…結構あたしの好みだ。


 せっかくの「休暇」を楽しみたいのに。

 って…

 いつの間にか、高津さんは。

 あたしにとって「胡散臭い男」から「休暇を楽しませてくれる男」に変わっていた。



「…次の日曜なら、いいよ」


「え?」


「この日曜は仕事だけど、次の日曜は休みだから」


 あたしがうつむいてた顔をあげると。


「紅緒ちゃんが、よければね」


 って、高津さんは笑顔。

 呼び捨ててって言ってるのに、ちゃん付け。


「いい。空いてる」


 すねた唇が、一気になくなる。


「あ、じゃあ教えて?」


 あたしは、はずんだ声。


「何を」


「高津さんの電話番号」


「ぶふっ」


 高津さんは、飲んでたコーヒーを吹き出してしまった。


「やっ!もー…吹き出すようなこと?」


「いや、ごめん」


「だって、いつも「じゃ、次の水曜に」とか、そんな約束でしょ?突然キャンセルになった時困るじゃない」


「…じゃ、紅緒ちゃんのも教えてくれるわけだ」


「いいわよ」


 あたしは、カバンから手帳を出して電話番号を書く。


「はい」


 自分の番号を書いて渡した後。


「高津さんも書いて」


 手帳を渡す。

 すると、高津さんは頭をかきながら番号を書き始めた。


「携帯?」


「ああ」


「家のは?」


「実はね、独身寮にいるんだ」


「独身寮?派遣会社の?」


「ああ。ケダモノばかりの所だから、見せれないけど」


「実家は?」


「……」


 あたしの問いかけに、高津さんはふっと遠い目になって。


「遠く」


 って言った。

 遠く?

 そんな答えって、何?


 あたしが黙ってしまうと。


「そうだ。紅緒ちゃん、どこ行きたい?」


 高津さんは、遠い目を引っ込めて笑顔。


「え?」


「次の日曜」


「あー…ドライヴなんかいいな」


「ドライヴね…じゃ、地図しっかり見て研究しとくよ」


 高津さんは、優しい。

 あたしの「休暇」にピッタリ。


「そろそろ帰ろう」


 時計を見て高津さんが言った。


 あたしの頭の中は、ドライヴのことでいっぱい。

 初めてのデートっぽいデート。

 何着て行こう。


 ダリアを出ると、通りは帰宅ラッシュの真っ最中。

 あたしたちのちょっと前にいる親子。

 子供が何やら飛び出しそうな雰囲気。


 あーあー、母親、目ぇ離してる。

 あの子供、車道に出ちゃうな。


 あたしが、そう思った瞬間。


「危ない!」


 車の急ブレーキの音。

 高津さんが、子供を抱えて転がってる。


「高津さん!」


 あたしが駆け寄ると。


「ああ、大丈夫」


「昌弘ちゃん!」


 高津さんの腕の中の子供は、驚いた顔をしてたけど。

 母親の剣幕を見て泣き始めた。


「ケガは、ないみたいです」


 高津さんがそう言って子供を母親に渡すと。


「本当に、ありがとうございました」


 母親は、ペコペコ頭をさげた。


「お名前を聞かせてください」


「あ、いいえ、そんな」


「ぜひ…」


「いいえ、本当に。じゃ」


 高津さんは親子に手を挙げて、さっさと歩き始めてしまった。

 あたしは高津さんのあとを小走りについて行く。

 振り向くと、親子はまだ高津さんを見送ってる。


「…お礼ぐらいしてもらえばよかったのに」


 あたしがそう言うと。


「別に、お礼なんて…無事だったんだからいいじゃないか」


 肘の汚れをはたきながら、高津さんは言った。


「でも母親が悪いんじゃない。目を離すから。ああいう母親には、一度こんな事でもない限りわかんないのよ」


 あたしは本音を言ったまでなんだけど。

 高津さんは、ふっと立ち止まって。


「子供を心配しない親なんていないと思うけど?」


 真顔で言った。


「それに、子供っていうのは大人が予測できないような行動をとったりもするだろう?確かに子供の事故は親の不注意かもしれないけど、だからって親だけを責めるのはおかしいよ」


「……」


 何よ。

 何で、こんなにムキになるのよ。


 歩き始めた高津さんの背中を見つめながら。

 あたしの胸の中は、何だか…どうしようもない感情が渦巻いてた…



 * * *



「機嫌悪そうだな」


 ヘキがタバコを吸いながら、あたしの顔をのぞきこんだ。

 機嫌悪そう…?

 …うん。

 あたしは…機嫌が悪い。



「…ヘキ


「んあ?」


「あんた、自分の前に親子が歩いてたとするわよ」


「親子…ああ」


 ヘキは天井を見上げた。


「その子供が車道に飛び出そうとしてる。親は、子供に気付いてない。どうする?」


「子供が跳ねられる瞬間を見届ける」


「…だよね」


 あたしたちの考えでは、そうなる。

 他人の事は構うな。

 そう学んで来た。

 それが知らない人間相手ならなおさらだ。



「目離してる親が悪いんだ」


 ヘキは大きく煙を吐き出して。


「そんなことで機嫌悪いのか?」


 って首をすくめた。


 そんなこと…って。

 だって、高津さんは。

 あたしたちにとって『そんなこと』のために、車道に飛び出したのよ。

 そして、その子供を助けて、その挙句、よそ見してた親を責めるな。なんて言う。


 目を離してた親が悪い。

 一度でも痛い思いをしなきゃ分からない。

 そんなあたしの意見を、ピシャリと否定された。


 それが…すごく悔しかったし、腹が立ったけど…

 …少しだけ、高津さんの事、カッコいいとも思ってしまった。

 その感情が…何だか…

 …モヤモヤして、あたしを不機嫌にさせてる。



「あーあ…なんか、大きな仕事がしたいなー…」


 あたしは、伸びをする。


「大きな仕事?」


「そ。ちまちま人殺したりじゃなくて、バズーカみたいなのぶっぱなしたり、ダイナマイトをガーン…とか」


「おいおい、日本だぜ。夏休みに行ったメキシコの仕事とは違うんだ」


「…わかってる」


 妙に、イライラしてる。

 どうして?


「…あたし、お風呂入る」


「ああ」


 髪の毛をほどいて、鏡の前に立つ。


 高津万里たかつまり…28歳…

 何をするにもさりげなくてスマートで…10歳年上だけど、話しが合わないなんて事はない。

 それは…あたしが18歳らしくないのか。

 高津さんの話題が豊富だからなのか…は、謎だけど。


 いつも優しいし、笑顔も…笑顔、いいよね…

 呼び捨てて欲しいのに、いつも『ちゃん』付けで、子供扱いされてる気分で…

 それがちょっとネックなんだけど。


 …でもあたし、もしかしたら…

 甘やかされたいのかな。


 最初は演技で可愛い子ぶって近寄ったけど、最近は高津さんに甘やかされるのが気持ちいいって思ってる気がする。

 だからなのか、演技…してる気がしないんだよね…

 自然に、可愛くなってる気がする…あたし。



「……」


 …高津さんは、あたしのこと…どう思ってるんだろ…


「はっ…」


 あたし…今、何考えた?


「やだ…」


 慌てて服を脱いでバスタブに飛び込む。

 頭をぶんぶんって振って。


「次の日曜まで、会うのやめよ…」


 独り言をつぶやいた。




 * * *



「あーあ…」


 大きく伸びをしながら、ため息。


 結局、いつもダリアでデートする水曜日の昨日。

 あたしは学校を休んだ。

 でも…電話もしてくれない。

 あたしも、しない。



 今日は、本当にだるくて早退。

 明後日…約束の日曜。

 本当にドライヴ行くのかな…


 つまんなさそうに公園を歩いてると。


「まりぃーっ」


 子供の声。

 続いて。


「待ちなさいっ。海くんっ」


 …この声…


 あたしは、慌てて隠れる。

 高津さんだ。



「つかまえたー」


「きゃはははっ」


 ほ…


 本当に子守してる!!

 しかも、スーツで!?


 どうしよう…これって仕事中だよね。

 出て行っていいものなのかな…


 あたしが、あれこれ考えてると。


「万里君」


 女の声。


「ごめんね、子守させちゃって」


「いいですよ」


 声の主を見ると、そこには…綺麗な女の人。


「ね、万里君」


「はい?」


「いつも…ありがとう」


「…何ですか?急に」


「あたし、迷惑ばかりかけちゃってるけど…いつか、ちゃんと恩返しるから」


「私は恩返しがしてほしくて、そばにいるわけじゃないですから」


「でも…」


「じゃあ、約束してください」


「え?」


「自然体でいるって。無理して笑われると、私も辛いです」


「万里君…」


「それと、そんなに気を使われるとお腹によくないですよ?それでなくても、今みんなバタバタして落ち着かないでしょう?」


「…でも…あたし、甘えてばかりで…」


「いいんです。もっと甘えてください」


「…ありがと…」



 ……


 何?

 何何何?

 何だか、いい雰囲気じゃないの。


『万里君』、だって?

 あたしなんて、まだ『高津さん』って呼んでるのに!!

 男の子を抱えた高津さんと、その姿を笑顔で見てる妊婦。


 高津さんの、あの笑顔…

 あたしの時と違う…!!



 二人を見てると、イライラのパワーがますます上がって。

 足早に家に帰ったあたしは、日曜日のドライヴのために…まずは美容院に行った。

 そこで髪の毛をツヤツヤにしてもらって、服とバッグと靴を買いに行った。


 高津さんの隣にいて似合うような、高津さんが連れて歩いて自慢って思えるような。

 そんな女を演出してやる。

 そして…あたしから捨ててやるんだ。


 そんな意気込みで…

 あたしは、日曜日を待った。




*喫煙シーンがありますが、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません

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