再び訪れる朝(2)
この世の料理にも、ずいぶんと慣れた。ナイフとフォーク、つまり小さな包丁と楊枝を、間隔をあけて横に並べたようなものなのだが、ともかく、ナイフで皿の上の食材を自ら切り分け、フォークで口に運ぶという、この世での作法も、かなり板に付いてきたと思う。
それほどまでに長くこの世で俺は暮らしている。
今日の朝飯も、旨い、と、思う。昨晩、手をつけなかった料理を作り替えたと言うが、でもそれでも旨い、だが…主人の、俺への心遣いがありがたい。また申し訳なくも思う。旨いが味が解らない。旨い、のだが、素直に旨いと感じられない。いや決して料理が悪いのではない。
悪いのは、俺だ。俺なのだ。
俺は、俺が、情けない。あまり食が進まない。でも、他ならぬ俺の為に、気が進まなくとも食べねばならぬ。今日も、明日も、生きねばならぬ。生きて、そして。
そして、どうなるというのだろう。いや、今はそのことは考えまい。
少しずつ食事を口に運び、ゆっくりと咀嚼する。また口に運ぶ。咀嚼しながら、視線をあげ、主人の様子を伺う。
主人は、先ほどから、かまどにかけられた大鍋の様子を見続けている。そして、俺に背を向けたまま、
「なあ、あんた。」
珍しく、俺に話しかけてきた。そもそも、主人は、何かの用事があるとき以外は話しかけてこない。他の宿の者達もそうだ。
「宿屋の流儀としちゃあ、客に素性を聞くのは野暮ってもんでよ。金の払いがいいってことと面倒事をおこさねえってこと以外は気にするもんじゃねえ。またここに来る保証なんざねえから、いちいち気にかけてりゃきりがねえ。だがよ、あんたとはそれでも長い付き合いだ、それなりに情も沸くってもんだ。あの若造の頼みとはまた違うところでよ。」
若造、つまり俺がこの世に来た当初世話になっていた小隊長は、もともとは主の部下だったそうだ。当然、彼は若造と呼べるような歳ではないのだが。
「あんたが、かなりの手練れだってのもはじめから解ってる。若い頃の儂よりも強いだろう、でもよ。」
大鍋をかき混ぜていた棒から手を離し、俺を見る。その青い目。どことなく懐かしい目の色のように思えるのは…目の色は違えど、あのときの殿と同じような。
「あんたも同じ人間だろ。髪の色も、目も、身体つきも儂らとは全然違う。そりゃ初めてあんたをみた時は儂だって驚いたさ、あんたみたいな人間、今まで見たことなかったからよ。
でもよ、同じ人間じゃねえか。昨日のあんたは、とても見ちゃいられねえ、今だってそうだ。
なあ、いっぺん、儂に話してみねえか? あんたの腹のなかに溜めてるもんを、よ。」
目の前の男に、話をしたところで、何も解決しない。そう、話したところで、どうなるものでもない。だが。
「それがあんただけの問題だとしてもだ、それでも一人だけで抱え込まなくていいんじゃねえか?」
そんなことは、俺も、もちろん主人も解っている。でも、誰かに話すことで気が楽になることもある、だから儂に話してみないか。主人は俺にそう言っているのだ。
「今日は船も出ちまったから新しい客も来ねえだろうし、息子夫婦も買い出しで昼過ぎまで帰って来ねえ。残った客は、あんただけだ。ここには儂とあんたの二人しかいねえ。飯食い終わってからでいいからよ、あんたの話、聞かせてくれねえか。」
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