肝に銘じたい

秋生しゅうせいが戦地で命を終えた後、誰もが知っている通り、日本はアメリカ軍による本土爆撃を受け、二度の原爆投下を経て、降伏した。


そこでどれほどの命が喪われたのか、今さら語るまでもないだろう。エリカを看取ってくれた人達にも、たくさんの犠牲が出たと思われる。


爆撃によって<神河内製作所>は跡形もなく焼け落ちたが、エリカを模した人形が安置されていた地下室は残り、しかし数年後に地権者によって更地にされた上で新しい家が建てられ、やがて地下室の存在も忘れ去られ、現在に至るということだ。


「私達は、そういう人達の命の延長線上に生きてるんだな……」


アオがあきらの頭を撫でながら言う。


「ええ、それを忘れちゃいけないと改めて思いました……」


さくらも、洸を見詰めながら応えた。


「人間は、理由さえあれば人間を殺せてしまう……そういう存在だ。その事実から目を背けて<異常者>だ<不良品>だと、『自分達は殺人者とは違う』と言ってるだけじゃ、たぶん、事件はなくならないだろうなと、私は改めて感じたよ……


都合の悪いもの、見たくないものを見ないようにしてしまうというのも人間のさがかもしれない。だが、それを理性によって<見たくないもの>と向き合うことができるのもまた、人間だと思う。


洸は人間ではないが、人間とメンタリティを共有することはできる。だからこそ、私は、この子に、<人を殺していい理由>、<人を殺さずにいられない理由>を与えたくない。


この子をこの世に送り出したのは私達でなくとも、この子の存在を受け入れたのは紛れもない私達だ。


私は、自らが行ったその選択に対し、責任を持ちたい。自身の選択に責任を持てる大人でありたい。この子が人間の社会で人間と折り合って生きていける手本となりたい」


そう語るアオに、さくらも続く。


「はい。私もそう思います。エリカさんと秋生さんがあんなに人として穏やかに生きていられたのは、その手本となった人達がすぐ身近にいたからだと思います。そうじゃなかったら、ウェアウルフである二人に人間に合わせて生きる理由なんてないと思いました。『この人達と一緒なら、人間として生きてもいい』と思わせる人達が、エリカさんと秋生さんのそばにはいたんです。


自分の身近な人にそう思わせる努力もせずに自分だけがいい気分になろうと、一方的に周囲を自分の都合に従えさせようとすれば、そこに軋轢が生まれます。それは最初は小さなものかもしれない。我慢できるものかもしれない。だけどその小さなものが積み重なると、他人に対して攻撃的にならずにいられなくなる。


それを忘れちゃいけないと、私も肝に銘じたいです」


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