言われなくても

秋生しゅうせいの命の終着点を見届けたからか、さくらはその後、エリカや秋生に関する夢は見なくなった。ただ、あきらは相変わらずエリカの姿が見えてるようだ。


秋生から繋がる命を授かった洸がそうやってエリカと一緒に遊べるのだから、それを恐れて何か対処しなければいけないとは、さくらは思わなかった。


いずれはエリカの姿が見えなくなるかもしれないけれど、それもきっと必要なことなのだろう。


そんなことをさくらが思っている間にも、エンディミオンは温室を作り上げていた。黙々と。ただ黙々と。


さくらから資金を貰って日が暮れてから二駅離れた花屋まで苗を買いに行ってそれをプランターなどに植え替えるのだ。


彼のそんな姿は、最初からは思いもよらなかった。


ただ、考えてみると、彼はミハエルを見張るためにいつも公園の木に上ったりもしてたが、それは彼にとってはその方が落ち着くからだったというのが今なら分かる。


彼は植物のことが実は好きだったのだ。


「…まあ、植物は俺を襲ったりしないからな……」


とは、さくらにポツリと漏らした言葉である。


これまでは一つ所に留まることもなかったので植物を育てたりということもなかったのだが、少なくともさくらが生きている間は彼女のそばに留まることになるだろう。


となれば、その間くらいは植物の世話もできる。


するとエンディミオンは、何かと理由をつけてさくらと一緒には行動しなくなった。と言うか、さくらの護衛にかこつけてミハエルを監視していたのをしなくなったと言った方がいいだろうか。


昼間は一人自宅の一階の彼の部屋で寝て、日が傾くと起きてきて温室をいじる。


そのパターンができつつあった。


そして、温室で花をいじってる時の彼は、とても穏やかな表情をしていた。


もはやさくらと出逢ったばかりの頃の彼の険しい表情がそこからは想像できないくらいに。


「ただいま」


仕事を終えて、寝ている洸を抱いて家に帰ったさくらは、玄関の温室で作業をしていたエンディミオンに声を掛けた。


「ああ…おかえり……」


必ずしも愛想は良くないものの、その声にも刺々しさは薄れていた。


するとさくらが、すっと顔を寄せて、彼の唇に自身の唇を重ねる。


不意を突かれた形になったエンディミオンは、


「…な……!?」


と慌てた様子を見せた。それまでの彼では考えられない反応だった。


「愛してるよ、エンディミオン……私とずっと一緒にいてください」


これまでずっと大切に育んできた気持ちを、さくらが告げた。


それを前にして、エンディミオンは、


「……言われなくても、そのつもりだ……」


と、少し憮然とした様子で、しかしどこか照れくさそうに応えたのだった。


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