命令通りに

その砲撃は、もちろんさくらにとっても至近弾だった。思わず頭を抱え体を竦ませたが、しかし衝撃も爆風も感じない。まるで映画館の中でスクリーンの間近で見ていたかのような感じだった。


けれど、さくら以外にとってそれは紛れもない現実だった。爆風が過ぎ去った後、半径十数メートルにわたって木々がなぎ倒され、地面には大きな穴が開いていた。


倒れた木々と一緒に直前までは生きた人間だったであろう<もの>が倒れている。その多くが、すでに人の形をしていなかった。撤退途中の兵士達だった。ほぼ直撃だったのだろう。


続けて、少し離れたところにもまた砲弾が降り注ぎ、同じように爆発する。


容赦のない砲撃だった。密林に潜んだ日本軍兵士達を殲滅する確固たる意志が込められているのが伝わってくる。


それは数分にわたって続き、ようやく<嵐>と表現するにもとてつもなさすぎる爆風と衝撃波の渦がやんだ後、そこに広がっていたのは、木も岩も土もいっしょくたに巨大なミキサーにかけた上で乱雑に放り出したかのような、ついさっきまでとはとても同じ場所とは思えないほどに一変してしまった景色だった。


「……」


およそ生きているものなどいないと思われたその光景を、さくらは呆然と見詰めた。


秋生しゅうせいさん……』


秋生の死を直感し、両手で顔を覆う。


だが、その時―――――


「!?」


さくらは微かな気配を感じて、思わずそちらに視線を向けた。すると、何かが動いている。泥の塊のような、<何か>……


いや、違う。


「秋生さん……!?」


思わず声を上げたさくらの視線の先でよろよろと立ちあがったのは、確かに秋生だった。もはや泥なのか血なのかも分からないもので全身が汚れていたものの、確かに秋生だとさくらには分かった。


「……」


周囲をゆっくりと見回し、途方もない地獄そのものの光景を確かめた秋生の体から力が抜けるのが分かった。自分が守ろうとした人間達が誰一人助からなかったのを察してしまったのだろう。うなだれ、唇を噛み締める彼の姿があった。


しばらくそうした後、秋生はゆっくりと歩き出した。片足を引きずりながら、それでも確実に。


自分は生き残ったのだから、とにかく命令通りに撤退しなければいけない。生き延びて、傷を癒し、そしてまた戦うのだ。人間を守る為に。


「秋生さん……!」


さくらは思わずそう声を上げたが、けれど彼には届かない。


這いずるように歩く彼の後についていくしかできなかった。


そうして密林の中を何十分か歩いた時、


「Freeze!! トマレ!!」


「!?」


叩きつけるかのような圧声が、さくらの体を竦ませたのだった。


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