戦場
さくらは、エリカと
そして場面は飛び、秋生が出征する日。
「では行ってまいります。姉さん」
「うん……」
もうほとんど声も出せないらしいエリカに向かって、秋生はピシッと敬礼を捧げ、家を出ていった。
その後には、家政婦と、近所の主婦が交代でエリカの面倒を見てくれることになっていたようだ。
「エリカちゃん…秋生さんが帰ってくるまで頑張ろうね」
「……」
人の良さそうな主婦が声を掛けるものの、エリカの顔にはもうはっきりと<死相>が浮かび上がっていた。声を掛けた主婦も、長くないことは察した上で、せめてものということでそう言っただけなのが表情から分かる。
これが、二人の今生の別れになるということを……
それから一週間後、部隊に合流した秋生が出した手紙が届く前に、エリカは眠るように静かに息を引き取った。
「エリカ……」
「エリカちゃん……」
一緒に鬼ごっこをした遊んだ近所の子供達や、その親族らに見守られてエリカは旅立った。
『エリカさん……』
さくらもその場に立ち会い、手で顔を覆って泣いた。
翌日、さくらは戦場の真っ只中にいた。いかにも熱帯のジャングルといった風情の密林だ。
そこは濃密な死が立ち込める、まさに地獄としか言いようのない場所だった。
もちろんこれまでにも何度も資料などには目を通してきて知識としては知っていた。しかし資料は資料でしかないことを思い知らされる。
それでも、おそらく今見ているものもある意味では映像のようなものでしかないだろう。
なにしろすでに起こったことを見ているだけなのだから。
なのに……
すでに人の形をしていない遺体なども散らばる光景は、さくらの精神を強くえぐった。
その中でも秋生は戦っていた。
銃を構え、淡々と。だがその時、
「神河内! 撤退だ!」
ジャングルの中から声をかけられた。泥だらけではあるが、秋生には誰か分かったらしい。
「少尉!? 自分が
「分かった! 頼む!」
こんな時にも秋生は他人の命を優先した。
少尉と呼ばれた人物は、ぐったりとなった兵士をかかえていた。その後ろを、ボロキレのような包帯で顔を覆った兵士達が続く。
兵士達を見送った秋生がタタタンと銃を放つと、それに応えるように銃声が返ってくる。
秋生は自分に引きつけようとしてか、さらに銃を放った。
しかし今度は応射がない。その隙に撤退を急ぐ。
「神河内! お前も急げ!」
「自分は大丈夫です!」
だがその時、
「!?」
秋生の耳に届いた音があった。瞬間、全身の毛穴が開く感覚があり、ぞわりと何かが背筋を走り抜ける。
それとほぼ同時にすさまじい衝撃が秋生の体を吹き飛ばす。
砲撃だった。それも艦砲射撃だ。
『死…!?』
いくらウェアウルフといえども、直撃を受ければひとたまりもないものだった。
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